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5.穴だらけの作戦会議

 マリィの部屋を出たエナは、聞かされた計画を脳内で復唱してみる。


 その計画は、実に驚くべきものだった。


 ――と言うと何だか格好良いが、単に「ええええええええっ!」と、例の如く叫び声をあげたくなるような内容だった。そして実行してしまい、マリィには「ちょっ、静かに、静かにしなさい!」と怒られた。

 それにしても、とエナは思う。

 果たして成功するのだろうか、あの計画は。

(いえっ、絶対に成功させないと!)

 ぶんぶんと頭を振る。

 主の願いを叶えるのは自分の役目。そのために、マリィ付きとなったと言っても良い。

 何より、マリィの気持ちを聞いたあの日から、この恋を成就させてあげたいと思っていたのだから。


 むむむ、とメモ帳と睨めっこしていた彼女は、ある事を思い出した。

(そういえば、マリィ様はあの噂をご存じなのでしょうか)

 思い浮かぶのは、昨日偶然にも目撃してしまった一人の人物――。


 しかし、エナは自分の考えを否定した。昨日の様子からすると、マリィが知っているとは思えない。

(お耳に入れておいた方が良いですよね、やっぱり)

 所詮は噂。不確かな面もあるが、それでも火の無いところに煙は立たぬという。マリィの計画に直接関係するだけに、無視して良い問題ではないだろう。

 今日は計画を打ち明けるため、フリッツと二人で登下校すると言っていた。寄り道することはないから、マリィが学校から戻ってきたら、直ぐに伝えよう。

 エナはそう思って、今日みっちり指導してくれる予定の先輩、ミラダの元に向かった。


 * * *


 問.言い辛いことを言うとき、どうするか。


 答.勢いが大切。単刀直入に言ってみよう。


 というわけで、マリィは簡潔明瞭に、その件を話すことにした。時間をおいては決意が鈍りそうな気がしたので、早速登校中に切り出す。

 曰く、


「親しくなりたい方がいるの。協力して頂戴」


 その時のフリッツの様子といったら。

 マリィは、石像が目の前に現れたのかと思った。普段からさほど感情を表に出すタイプではないと思っていたが、目の前のそれを見て、案外そうでもないことを知った。つまり、今の彼はそれほどまでに――普段が感情豊かに思えるくらい、全ての感情が欠落していた。

 完全に固まってしまっていたのだ。



 呆けた顔をしたのも一瞬、フリッツはその意味を正確に把握するため、主の言葉を反芻する。


 親しくなりたい方ガいるの。――誰だ? 男か?

 協力して頂戴。――自分が? 何に?


 マリィに仕えるようになって、一か月。期間こそ短いが、彼女に対する忠誠は誰にも劣らない自信はある。

 マリィとは幼少期に何度か会ったことがある程度で、そう接点はなかった。父から話を聞いて、彼女の成長を知っていたくらいなものだ。それでも、話を聞くたびに、この年下の少女の成長を密かに喜んでいたことは確かである。

 フリッツ自身が末っ子だから、猶のことマリィが気にかかるのかもしれない。彼にとってマリィは、主というにはあまりに近く、妹というには少し遠い――そんな、存在だ。

 その、マリィが。


「フリッツ……?」

 心配そうな主の声に、フリッツははっとなった。思案のし過ぎで、いつの間にか難しい表情になっていることに、本人は気付いていない。

「その、親しくなりたい方、というのは?」

 出来れば聞きたくなかったが、そうもいくまい。

 案の定、主の口から語られるのは、フリッツの予想と違わぬものだった。

「王立学院の学生の方なの。入学式の日に、困っているところを助けて頂いて……改めてお礼を申し上げたいのよ。それで、その、親切な方だったから、これからも親しくさせて頂きたいと思って……。でも、お名前も存じ上げないし、いきなりお声をかけるのもどうかと思って……。だから、その、つまり」

 そこで区切り、マリィは軽く息を吸った。

「その方について、知りたいの」


 フリッツは、マリィのたどたどしい言葉を、静かに聞いていた。

 最近変な噂が飛び交っているだけに、今不用意な行動を起こすのは得策ではないと思う。しかも、よくよく話を聞けば、相手が三十三古書店の常連客とは。

 彼の名前までは覚えていなかったが、何度か店員と親しそうに話しているのを目撃したことがある。おそらく友人関係にあるのだろう。彼女に協力を求めれば、そこそこ情報は集まりそうだ。

(しかし、な……)

 その三十三古書店に、もう一人厄介な人物が、常連客として来ているのを知っている。昨日図らずも鉢合わせてしまい、僅かに動揺してしまった。現時点では、あまり関わらない方が無難だということは分かっているのに。

 このままいけば、面倒なことになるのは目に見えている。


 そこで、再びはっとした。気付けば、協力しようとしている自分がいる。

 いや、協力を請われた以上は力を貸さないわけはいかないし、無駄に反対するつもりもない。内心面白くないのは確かだが、マリィが望むことなら、何としてでも叶えなければと思う。

 一応、そうは思ってはいる。

(そのはずなんだが……)

 釈然としない気持ちのまま、学校に到着してしまった。

 いつものように、学校の中には入らない。マリィが正門を潜るのを見届けてから、フリッツはもと来た道を戻る。

 彼女の授業が終わるまでに、気持ちを整理する必要があった。


 * * *


 マリィ達が学校から家……というか王宮に戻ると、ミラダがさっそくやって来た。

 バルトン公爵が来ていて、姪であるマリィに会いたがっているとのこと。

「叔父様が? 直ぐに行くわ」

 丁度良い。何というタイミングの良さ。

 計画成功の確率がぐっと上がった気がして、マリィはうきうきと支度をする。

 この計画には、叔父の意向が何よりも重要になってくる。少し気が早いかもしれないが、今のうちから根回しをしていた方が良いだろう。


「フリッツ、例の件はお願いね。エナと相談して、上手くやって頂戴」

「承知しました」

 結局、フリッツは引き受けてしまった。

 半日かけて悩んだものの、他に選択肢はないと判断したのだ。仮に、その相手がロクでもない人間だったなら、そのときは相応の報いをしてやれば良い。当然相手に、だが。

 それよりも、当面の心配事は別にある。

 例えば、今現在とか。

(何事もなければ良いが、な……)

 彼にとって、バルトン公の来訪は、嫌な予感しかもたらさなかった。



 ヴィレム・バルトン公爵は現国王の同母弟だが、王位継承の見込みがなかったこともあり(兄弟が多すぎて)、早々に臣下に下り、バルトン家に婿に入った。そのバルトン家も元は王家の傍系なのだが――複雑過ぎて、マリィは全てを覚える気がしない。


「叔父様、ご無沙汰しております」

 いくら近しい親戚といえども、礼儀は忘れない。急いで着替えたドレスの裾を持ち、挨拶をする。

 叔父の屋敷に行くときには女学生風の服装でも良いのだが、さすがに王宮で対面するのに、あの恰好は不味い。今は、最近めっきり使用頻度の下がった簡素なドレスを身に着けていた。

「マリィ、久しいな。元気にしていたか」

 姪の顔を見た途端、ヴィレムは破顔した。

 母を同じくするだけあって、その顔は父とよく似ている。父よりも十三歳年下の叔父は、五十代半ばと、まだ若い。

「はい。叔父様もお変わりないようで、安心しました」

 ヴィレムの言葉に、マリィの表情も自然と柔らかいものになる。硬い喋りとは裏腹に、叔父はとても気さくな人だ。


 こうして会うのは、一か月ぶりくらいだった。入学してから一度、学校近くの屋敷に遊びに行ったきり。何かと忙しくて、足が遠退いていたのだ。なお、忙しかった理由については、絶対に叔父には言えない。


 ヴィレムは仕事で来たついでに、立ち寄ったとのことだった。これまでにも、何度かこうして寄ってくれたことがあるらしいが、マリィが帰宅していないことが多かったため、会えなかったという。

「自習とは感心ではないか。勉強は面白いか」

「ええ、とても。ですが、自分の知識の浅さを、日々実感いたしますわ」

「それでいい。学問とは、己との闘いでもある。自分で限界を設けていては、その高みに到達することは出来ん。己の無知を知ってこそ、新たな知見も得られよう」

「はい。お言葉、身に染みました。今後も精進いたします」


 いやいやいやいや。

 どの口が言うか。

 あまりに白々しい会話に、マリィは内心冷や汗ものだった。叔父のことが大好きなだけに、嘘をついていることが心苦しい。こんなことなら、自習と言わず、もっと別の用事を用意しておくんだった。本当の理由なんて、死んでも言えない。


 学校のことはあまり突っ込んでほしくないのだけれど(だってバレるから、色々と)……と思っていると、ヴィレムはにわかに話題を変えた。

「ところで、そろそろ私の後継についても考えねばならんと思ってな。兄上にもその件を申し上げてきたところだ」

「叔父様、それは」

 どうやって叔父に切り出そうかと考えていた矢先のことだった。まさか、向こうから言ってくれるとは。

 あまりのタイミングの良さに、もはや成功する予感しかしない。

 マリィは期待の眼差しをヴィレムに向けた。身を乗り出したいのを我慢して、次の言葉を待つ。


 しかし、次に叔父から発せられた言葉は、想像だにしないものだった。


「グランティシェク・チェガルという者を知っているか」


「………………え?」


(グ、グラン……な、何?)

 そんな長ったらしく覚えにくい名前の人なんて、知らない。

 だが、ただ一つ分かったことがあった。

(あの方ではないじゃないの!)

 「彼」の名前は知らないが、グランティシェク・チェガルでないことは分かる。何故なら昨日、グランティシェク・チェガル本人と思しき人物に会ったから。

(あの時、ぶつかってしまった方が?)


 「彼」を追いかけているときに、偶然会った人。エナは、チェガル子爵の息子と言っていた。顔までは覚えていないが、貴族Aといった感じだったように思う。だから印象に残らなかったのか。

 「彼」の名前がグランティシェク・チェガルで、昨日会った「チェガル子爵の息子」が「彼」の兄だという、マリィのためだけに存在するような奇跡が起こらない限り、事態の好転は見込めなかった。

(そんなこと、起こらないのでしょうけれど)

 それでも一縷の望みにかけて、恐る恐る、叔父に問う。

「どのような方なのですか」

「チェガル子爵は知っていよう。彼の息子で、今年で二十五になると言っていたか。あの、王立学院を首席で卒業したほどの逸材だ。優秀であることは間違いないが、何より勤勉家でな。現状に満足せず、常に己を高めるため――」


 ほら、やっぱり。

 小説でもあるまいし、そんな奇跡が起こるはずもない。

 ――いや。昨日一足先に、そのグラン某に出会ってしまったことは、小説っぽい展開かもしれないが、別にそんなことは求めていない。


 叔父の評価(途中から聞いていないが)は、延々と続く。よほど、彼のことがお気に召しているらしい。既に、息子自慢をする親のようだ。


「――そういうわけでな。今は難しい立場にあるが、私としてはむしろ好機だと考えている。彼の能力を考えると、このまま放っておいて良い人物ではないからな。

 いやマリィにはもっと早くに言っておくつもりだったのだが……遅くなってすまなかった。近いうちに、彼と引き合わせよう。きっとマリィも気に入るはずだ」

 満足げに頷く叔父。その、滅多に見られない表情に、マリィは我に返った。

 知らないうちに、話が打ち切られようとしていた。しかも、何だかよからぬ方向へ進んでいるような。

 引き合わせる? 何のために? ――想像したくない。

 途中まで良い感じにいっていたはずだが……いつ、どこで、こうなった。


 引きつった笑顔で叔父を見送りながら、マリィは一刻も早くエナを見付けねばと思っていた。


 * * *


「貴女知っていたの!?」

「いえ、その……」

 叔父との一幕の後。詳細を一から十まで丁寧にエナに聞かせると、驚くほどエナの反応は普通だった。つまり、「ええええええええっ!」とはならず、むしろマリィがその事実を知ってしまったことに驚いているようだった。

 これは何を意味するのか、と考えて出た答えが――。

「知っていたのね」

「う……はい。申し訳ありません」


 一通りエナから事情を聴いたところによると、どうやら一部では既に噂になっているらしい。勿論、具体的にマリィの名前が出ているわけではないが、グラン某とやらが次期宰相と目されていること、バルトン家に養子に入るのではないかとみられていること、などが囁かれているとか。だが、王族に詳しい者――関係者がこの話を聞けば、彼らの頭にはマリィの存在が浮かび上がってくることだろう。

 すなわち、ほぼマリィの計画通りということだ。

 相手が違うだけで。


 マリィは頭を抱えた。相手が違うというのは、一番の問題である。

「それで、そのグラン……チェガル子爵のご子息は、貴女から見てどういう方なの」

 まずは相手のことを詳しく知りたい。対策を練るのはその後だ。

 しかし、エナは嬉々として情報提供してくれることはなく――ぴたと固まった。

「この国には、必要な方だと思います」

 何、その模範的解答。

 マリィは不満そうな顔をした。そんなことが聞きたいんじゃない。

「そうではなくて、お人柄はどうなの」

「えっ」

 分かり易い反応が出た。答え難いことを訊かれた、といった風に。

 そんなに酷い性格をしているのか。

 胡乱な目を向けられたことを悟ったエナは、慌てて続ける。

「いえ、その、真面目なお方だと、聞いています、はい」

 やっと聞かされた評価は、判断し辛いものだった。そもそも不真面目な人間を、叔父が気に入るとは思えない。

 しかしエナを問い詰めたところで、これ以上の答えが得られるとは思えなかった。

(要領を得ないわね。……こうなったら、自分で確かめるしかないじゃないの)

 そうだ。それが良い。

 こうして伝聞に頼るよりかは、自ら情報収集をした方が手っ取り早いに決まっている。


 決めた。


「エナ。貴女はフリッツと一緒に、あの方に関する情報を集めていらっしゃい。わたくしは、グラン某とやらを調べるわ」

 きっぱりと宣言したマリィに、エナは珍しく焦った様子を見せた。

「いえマリィ様それは」

「何か問題でもあるの?」

 しかし、決意表明の熱から未だ冷めぬマリィは、それに気付かない。どこに、そして何故反対の声が上げられているのか分からず、問題の所在を問うた。

(そう言われましても……!)

 理由なら、ある。言おうと思えば言える。ただ、言葉にするのは、少し憚られるだけで。

 悩んだ末に、結局彼女は曖昧な返答しか出来なかった。

「その、あまり、関わらない、方が……」

「何ですって?」

 エナの声は段々と小さくなっていき、良く聞こえない。聞き返したものの、結局、マリィが彼女の言葉を聞くことはなかった。

 失礼いたします、との声がして、ミラダが部屋に入って来たからだ。

「マリィ様。エナを少々お借りしたいのですが」

「え、ええ。どうぞ。こちらの用件は、もう済んだから」

 ミラダには、この計画を知られるわけにはいかない。彼女が必ずしも反対するとは限らないのだが、今はまだ大々的に活動するつもりはなかった。


 ミラダと一緒に、エナは退出していく。

 エナが言おうとしていたことが聞けなかったのが心残りだが、まあ何とかなるだろう。

(わたくしが、見極めてみせるわ)

 彼の、人となりを。

 そして、仮に叔父を騙して宰相位を手に入れようと企んでいるのであれば、絶対に阻止しなければいけない。

 この国と、自分の未来のために。



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