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3.王女殿下の視線の先には

 器用に手首を動かしてパタパタとはたきを振り、上の段から順番に埃を落としていく。

 商品を傷めないよう丁寧に、しかし素早く。簡単そうに見えて、意外と高度なスキルを必要とするのが、この作業だ。

 いい感じにスナップをきかせながら、リズミカルに作業を進めていると、扉の開く音がした。


「いらっ、……しゃいませ」


 不自然にならなかっただろうか。

 ユカコは、とっさに中断してしまった作業を再開させながら、その男性客を窺った。

(いつも、この時間帯……)

 大抵、平日の午後三時から四時に来てくれるお客さん。

 来店時間はばらばらだが、四時前には必ず店を出ていくので、何かの用事の前に立ち寄っているのかもしれない。


(何の仕事してる人なんだろ?)

 再びはたきを持つ手が止まっていると、目が合った。

「い、いらっしゃいませ」

 さっきよりは自然に言えたはず、と思い――でも待って。あんまり変わらないような気がする、と考え直す。


 意外と動揺しているらしかった。


(だって……ねぇ)

 男性客は軽く頷くと(会釈をしたようにも見えた)、再び立ち止まって、書物を手にした。

 その姿が、とても様になっている。

 俯き加減で分厚い書物の頁をめくる姿は、それだけで絵になると言って良い。

 長い指が洋紙に触れると、器用に一枚が捲られていく。規則的に頁を繰る音が、静かな店内に響いているが、それすらも劇の一幕のように感じられた。

 他の客には感じられないそれに、ユカコは完全に見惚れていた。

(何でこう、違いが出るのかな。同じ仕草なのに)

 他の客とは違うところといえば――。

(やっぱり顔? 雰囲気?)

 たぶん両方。

 十人中九人は確実に認めるほどの、抜群の容姿。アウストリツ王国においては一般的な茶髪よりも、若干濃い色の髪は、ユカコの持つ黒髪に近いぐらいだ。それが何だか、親近感が湧いて嬉しい。それに、歳もわりと近そうだし。

 雰囲気は決して温かいわけではないのに、かといって冷たくもない。少なくとも、これまでの行動――真剣に書物を捲る姿からは、彼の真面目さが垣間見えた。

 こんな人から食事に誘われて、断れる人なんているのだろうか。否、いない(断言!)。

 洗練された身のこなしといい、単なる「育ちの良い人」で片付けられない何かがあった。惹きつけられる、何かが。


 貴族や裕福な人たちには見慣れているが、目の前の人物はやっぱり違うと思う。

(でもまあ一言で表現すると、「格好いい」ってことなんだけど!)

 ユカコは不自然にならない程度に、その人物を目で追った。

 いわゆる、目の保養というやつである。


 日常的にユカコが接している異性といえば、家族である祖父以外には、幼馴染のダリオか、常連客のおじさま方。若年層の客は他にもいないことはないが、多くはない。しかも、こんなに素敵過ぎる人なんて、そうそういないのではないか。

 この客が、嫌でも頭にインプットされてしまうのは、仕方ないといえよう。そして、目で追ってしまうのも。


 だが残念なことに、実際に話をしたことは、ただの一度もない。話しかけられたことは勿論、こちらも「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」以外に、声を掛けたことがないのだ。

(下手に声かけて、専門的なこと聞かれても困るし……)

 自分はただの店番であり、値段のついた商品を、そのままの値段で売ることしかできない。何か聞かれたら、「すみません、店主が留守にしてまして……」と答えるのが常だった。


(ていうかお祖父ちゃん、ふらふらし過ぎ!)

 店主なんだから、もうちょっと店にいてくれても良いのに。

 ユカコは心の中で祖父に文句を言った。

 おかげさまで、毎日毎日店番ばかり。日々の変化がない。

 毎日店番をして。夕方になったら買い物に行って。あとは普通に家事をこなす。

(これじゃ、主婦よ。どう考えても……)

 彼氏もいないのに。出会いすらないのに。


 改めて突きつけられたその事実に、がくっとなる。

(そう、だから仕方ないの!! 少しはときめかないと、枯れちゃうでしょ!)

 そうだ。あたしは正しいんだ。誰に、この行為を責められようか。否、責められない(断言!)。

 こうして彼女は、視界に入るお客さんを目の保養として眺めることを、正当化した。



 店番といっても、はたきを振るぐらいしか出来ることがないので(商品を勝手に移動させたりなんかしたら祖父に怒られるのだ)、結構暇である。


 もうちょっとで四時になっちゃうな。そうするとあのお客さん帰っちゃうんだろうな。今日は何か買って行かないのかな。そうすれば間近で見られるんだけどな――なんてことを考えていたユカコは、新たな客に気が付かなかった。

「ユカコ?」

「わっ、ダリオ!」

 突然近距離で名前を呼ばれ、ユカコは声を上げる。が、直ぐに小声で文句を言った。

「もう、びっくりさせないでよ」

「え、ごめん。……けど、さっきからいたんだけど」

 「そうだっけ、視えてなかった」と酷いことを言ったユカコに、ダリオと呼ばれた少年は傷ついた顔をした。

「それ、酷くない?」

「仕方ないじゃない。本当にそうだったんだから。考え事してて気付かなかったんだから、許して」

「それなら、まあ……」

 ダリオは渋々といった風に納得し、店内をざっと眺めた。

「ソウベエさんは?」

「仕入……なのかなぁ。いつもの如く」

「そっか」

「急ぎ?」

「いや、急ぎじゃないよ。また来る」

 あっさり帰ろうとした幼馴染を、ユカコは呼び止めた。せっかく学校帰りに寄ってくれたのだから、このまま帰すのは悪い気がした。

「もう少ししたら帰ってくると思うんだけど……お茶でも飲んで待ってる?」

 こういうことは、実はよくある。ダリオはユカコの祖父ソウベエに用があることが多いのだが、当のソウベエがなかなか捉まらない。そこで、戻ってくるまで自宅の方で待っている、というパターンだ。

「良いの? じゃあ、そうする」

「分かった。なら上がって待ってて。……お客さん引いたらすぐ行くから」

 店舗と自宅を繋ぐ扉に視線を向けて、ダリオを促した。勝手知ったる幼馴染の家に、ダリオは迷うことなく進んでいった。



 静かに閉じた書籍を元の位置に戻し、目の保養は去っていこうとする。

「ありがとうごさいました」

 何もお買い上げ頂いてないけど。

(でも)

 ふふっとユカコは笑う。

 いいんだ。そんなこと。

 だって、目の保養なんだから。


(さてと、一旦閉めてお茶入れたげないと、……って)

 扉が動いた。

 それは四時前の客(ユカコ命名)が帰るために開かれたのではなく、新たな客を告げるものだった。

「いらっしゃいませ」

 何というタイミングの悪さ。

 しかしそこは客商売。お客様は神様なのです!の精神で、ユカコはいつも以上に営業スマイルを浮かべた――が。


「注文していたものが入っているはずだが」

 ユカコの営業スマイルは、直ぐに本物の笑顔にチェンジされた。

 現れたのは常連客の一人だった。月に三、四回と頻繁に訪れ、しかもお金を落としてくれるので、しっかり覚えている。週に何度も訪れる時もあることから、更に記憶に残りやすい。


 ――というのは表向きの理由で、無論、それだけではない。


「あ、はい。えっと、チェガル様でしたね。はい、入ってますよ」

 取り置いていた商品を、カウンターから出す。前にある書物を探していたものの、一旦は見つからなかったのだ。ところが運の良いことに、たまたま祖父が大量に買い取った物のなかに、それが含まれていた。

 その時は、まだ買い取った物が店内に運ばれておらず、しかも店頭に出すにも時間がかかったため渡せなかった。そこで、「じゃあ後日またお越しください」となったわけだ。

「わざわざ来て頂いて、ありがとうございます」

「いや。こちらこそ、助かった。これを探していたんだ」


 『古代都市成立史論』


(難しそう……)

 それほど昔に出版されたものでもなさそうだが、ユカコには解読不可能に決まっている。

(そういえばこの人、最初に来た時は宰相様と一緒だったっけ)

 職業柄、人の顔を覚えるのは得意である。最初は、どうやら宰相であるヴィレム・バルトン公爵に連れてきて貰った、といった雰囲気だった。宰相様、ご紹介ありがとうございます。


(ん?)

 ふと店の出口に目を向けると、四時前の客がまだ残っているのが見えた。

 棚がこれでもかというほど並んだ店内は、非常に見通しが悪く狭い。いざ店を出ようとしたところに新たな客がやってきたため、彼はどこかの列に入って、接触を避けたのだろう。

 一瞬、視線を感じたが……。

(自意識過剰、自意識過剰)

 立ち止まってこちらを見ている、なんて。

 考え過ぎだ。たぶん。



 それにしても、今日は客層が随分と若返った日だ。

 チェガルの後ろ姿をたっぷりと眺め、ユカコは溜息を吐いた。

 彼の正確な年齢は知らないが、おそらく三十には届いていないと思われる。

(出来れば正面から凝視したかったぁ!)

 悔しい。この人の場合、それだけが残念でならない。


 彼は、少々特殊な客だった。

 特殊といっても、こちらから何もしなければ、なんてことはない。普通の客だ。しかし例えば、こちらが凝視するといった行動を取ったとしよう。その瞬間、コンマ一秒の速さで目が合うのだ。

 まるで、おまえの視線には気付いているぞ。何の用だ? ――とでも言うかのように。

 視線を察知するとか、怖すぎる。

 更には、あまり凝視しないようにして、でも、どんな人なのかなぁとか考えたとしよう。その瞬間、やはりコンマ一秒の速さで目が合うのだ。

 まるで、おまえの思考は分かっているぞ。はっきり言ったらどうだ? ――とでも言うかのように。

 思考を読むとか、怖すぎる。


 つまり、結論を述べると。


 一.正面から凝視すべからず。

 二.彼に関する思考をすべからず。


 以上を順守すれば、彼とは極めて良好な関係が築けるのである。


 なお、他意のない状態なら、多少は長時間向かい合っても大丈夫なようだ。接客時とか。

 どうやって、その有る無しを見分けているのか。是非ともご教授願いたい。


(数少ない目の保養なのに!!)

 四時前の客が頻繁に来てくれるようになるまでは、彼がナンバーワン・カスタマーだったのだ。

 せっかく、あんな恵まれた容姿に生まれてきたのに、絶対に損をしている。機会があれば、そのことを本人に指摘してあげたい。自分の営業スマイルではない笑顔に心を許してくれることはないのか!

 とは思うものの。

(そんな機会はきっと来ないんだろうなぁ)

 と思ったユカコだった。




ユカコの視点で三人を描いてみました(但し、妄想+偏見を含む)。


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