道程
④
車が走り始めてどれくらいたっただろう。
出発当初はなんとか何気ない会話を続けていた。
毎日の学校生活や、他の先生の、授業中にでてくる変な癖だとか。
購買のパンで何がおいしいだとか。
一美先生は時折笑顔を作ってくれて、僕はうれしい気持ちになった。
さっきまで雨に濡れながら泣いていたとは思えなかった。
でもそんな穏やかな空気がいつまでも続くわけがない。
学校でもそんな長時間先生と話したことがないのに、車の中、つまり密室で、僕はいつものような冷静な気持ちでいられるわけがなかった。すぐに無言の時間はやってくる。
僕の心臓の音だけが、二人の沈黙にやけにうるさく感じた。
それにしても、この車はどこへ向かっているのだろうか・・・?
なんで先生は泣いていたのか。
そう考えだして数分後、辺りはだんだん住宅街に入っていき、小さめのアパートや、マンションが視界を囲みはじめた。
キーキキー
車はどこかの駐車場で停まった。
「着いたよ。降りて。」
先生は車のエンジンを止めながら言った。
「え?・・・はい。」
僕はどこに来たのかわからないまま、とりあえず車を降りた。
しかし、こんな住宅街でなんとなく予想はついた。
そこまで遠くには来ていないはずだが、自分の見慣れた景色ではなかった。
すぐに辺りを見回す。
そこは3階建ての少しうす汚れたマンションの前だった。
築15年くらいだろうか。
以前は真っ白と思われた壁も、少し黒ずんで、築年数よりもすこし年季が入っているように感じる。
まだ中にも入っていないのに、何となく冷えそうな印象だった。
「こっち。」
先生は迷わず階段を上っていった。
僕も見失わないように後に続いた。3階建てなのだが、エレベーターは備えられておらず、狭いらせん階段を上っていった。
(308号室)
一番奥の角部屋だった。
その部屋の前で先生は、鞄から車の鍵とは別の、もう少し大きめな鍵を取り出しドアの鍵穴に入れた。
・・・ガチャ・・・
ドアが開く。
シトラス系の香水の匂い。それは今まで隣の運転席から若干漂っていたものと同じだった。
一美先生の匂いが溢れてきた。
そう。僕が連れて来られたのは先生の家だった。
「・・・入って。」
先生は困ったような、でも何か言ってほしいような表情で僕を招き入れた。
<次話に続く。>