きっかけ
人生時には思いがけない展開が一度はあるものです。そんな経験を大切に、忘れたい過去でもその時の自分は自分です。逃げずに胸に刻んで。
①
「もうこれで終わりだから。」
僕はその言葉がこの世にない言葉だと思いたかった。
わかってはいた。でももしかしたらこのまま・・・っていう気持ちもあった。ずっと続くかもしれないと考えていたのかもしれない。でも最初から何も始まっていなかったのかもしれない。頭では理解しても、まだ子供だった僕には自分の気持ちをどうしていいかわからなかった。
地元を去る前のまだ肌寒い3月だった。
②
今日も何気ない毎日が終わる。僕は何とか希望の大学に合格し、東京で一人暮らしすることが決まっていた。希望と言っても親が勧めてくれた大学だ。正直僕は文学部へ進みたかったが、就職難ということと、別に数学が苦手だとか化学ができないわけでもないので、理系である医療系の大学に行くことになった。学校の成績も特に悪いわけじゃないので、早々に推薦で進路はきまったのである。
「いいよなー。春樹はもう何にも心配いらないじゃん。もう学校来ないで遊んでろよ。」
翔太は赤本を嫌々解きながら僕に話しかける。
「いや、みんなが必死で勉強してるんだから俺もセンターまでは頑張るって。」
僕は私立大学が決まってはいたが、第一志望は国立の大学だった。だからクラスは一応国立を目指すクラスにいたのである。でも医療系の大学は偏差値が高く、判定も悪いものばかりだったので、先生と相談した結果推薦で決めてしまうことになったのである。
「次って授業数学だったよね。一美先生の授業だけが唯一の楽しみだよな。」
「そうだな。先生のために学校きてるもんだろ。笑」
一美先生は最近赴任してきた美人数学教師だ。みんなのアイドルである。
正直僕は惚れていた。
今まで彼女がいたことはあった。だがやはり学生の付き合いには限界がある。考え方も子供だ。僕はいつも考え方の相違で振られてばかりだった。でも別にそれでかまわなかった。ずっと一緒にいるなんて考えてもいないし、自分の経験になればいいな程度の付き合いだった。まぁ相手はどうかわからないが。
そして今は一美先生に惚れていた。年上という憧れもあったが、本当にタイプだった。
髪はサラサラのストレートで肩までかかり、身長は160センチ程度、スタイルもいい。そこらへんのモデルと比べても大差ないと思う。化粧が控え目なところもまた好きだった。話せば愛想がよく、明るい印象を受ける。
でも僕は先生の明るい顔の裏に、かすかに暗い影を感じていた。
「じゃあ今日はここまでにしようか。来週はこの問題からやるから忘れないでね。」
いつもの流れで授業は終わった。
「今日も一美先生はかわいかったな~。でも一美先生も近々結婚するって噂だろ?」
「え?そうなのか?」
僕は自分の声が裏がえったことに恥ずかしくなった。
「なんだ春樹知らないのかよ。っていうか驚きすぎだから。でも旦那さんは今関西の方にいるらしいぞ。」
「なんでお前そんなに詳しいんだよ。」
「昨日先生同士の立ち話を聞いてしまったのさ。そしたらそんなこと言ってた。」
「じゃあ先生辞めるのかな。」
「さぁ。俺らが卒業するときに一緒に卒業なんじゃねーか。」
翔太の話を聞いて僕は急に焦りだした。なんとかもっと関わりがほしかった。このままでは何もしないで先生と離れてしまう。結婚はどうしようもないが、気持ちくらい伝えたい。どうすればいいか・・・
③
今日の最後の授業が終わった。
「じゃあ春樹また明日なー。」
「おう。雨降ってるし気をつけろよ。」
翔太は雨の中、傘差し運転でチャリをとばして帰っていった。
「あ、ノート入れっぱなしか。」
僕は今日のノートを机の中に忘れたことに気づいた。
「ちょっと復習するし、取りに戻るか。」
そして走ってノートを取って戻ってくると、雨はいっそう強くなっていた。
「あーさっさと帰ってればよかったな。」
僕は隣の駅に住んでいて、学校から最寄の駅まで少し歩くのである。小さい折りたたみ傘しかないから濡れるのは目に見えていた。
「まぁしょうがないか。」
校庭を歩き始めて、学校関係者用の駐車場で雨にぬれている人影を見た。
よく目を凝らすと、肩までかかる長い髪・・・一美先生だった。よくは見えないが泣いているのだろうか?
「先生?」
僕は無意識に近づいていて、話かけていた。
「あ、ごめん。なんでもないから。ほんと気にしないでいいから。」
先生の声は驚きと恥ずかしさが入り混じった声だった。
「でも濡れますよ。早く車に乗った方が・・・」
僕は自分の折りたたみ傘で、できるだけ先生が濡れないようにいれてあげた。
「そうだよね。気遣わせちゃってごめんね。私なにしてんだろ。」
先生は笑みを浮かべたが、無理やりつくった笑顔しか見えなかった。
「先生ほんとはなんかあったんじゃないんですか?」
僕はその先生の表情を見て、やるせなくなって聞いてしまった。
「・・・」
先生はずっと下を向いている。僕はその濡れた小さな体を今すぐ抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
ちょっとして先生はもごもご口を開いた。
「なんでこんなとこ春樹君に見られちゃうかなー。」
先生は若干投げやりな口調で、でもしょうがなく白状する子供のような顔で言った。
僕の名前を知っていることに少し驚きはしたが、そんなことよりも僕はそんな子供のような顔を見て、やはり先生のことが好きだと思った。もっとこの人のことを知りたいと思った。
とのんきにそんなことを考えていたら、
「・・・車乗って。」
「・・・え?」
「早く乗って。」
「はい。」
僕の脳はこの急展開についていけなかった。
僕は先生の白いセダンの助手席に座った。わずかに残るシトラス系の香水の匂いが、先生をより身近に感じさせた。
僕は平静を装って聞いてみた。
「先生はなんで僕の名前を知ってるんですか?」
「なんでって、よくおしゃべりしてるじゃない。」
ああ。僕は後悔した。授業中の無駄話はやはり先生にはよく見えているのだった。
「すいません。」
「・・・あとは、よく見てたから。何か周りより少し大人びてて、よく考えてる子だなって。」
「・・・そうですかね。」
その発言をどうとらえたらいいのか僕はわからず、曖昧な返事しかできなかった。
「・・・前からちょっと気になってた。」
対向車とすれ違う時の雑音でかき消されそうになりながらも、はっきり聞こえた。
<次回に続く>
初めて小説書きました。何でもいいから意見を下さい。完結するまで気長に書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。