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実話事件の

作者: そら猫豆

 2010年 某月某日

 とある女が駅のトイレで刺殺された。

 犯人は若い女性で、殺されたのは老婆だった。

 事件当時、若い女は意味不明な言動を繰り返しており、精神虚弱あるいは統合失調症の線で操作は進んだ。

 女性の動機は今も不明のままだ。


「山くん、山くん」

 およそそんな事件とはかけ離れた世界に住む俺、山本光輝はこういっちゃ何だがどこにでもいるつまらない男だ。

 それを山くんというあだ名で呼ぶのは三津木凛という幼なじみである。

「みんなで今度事件現場に行ってみようって話してるんだけど」

 地元で事件がニュースで公開されて、早くもみんなその現場を見たがっていた。

「何にもないよ」

「そんなの行ってみないとわからないよ」

 正直言うと、興味半分で事件現場に行くなんて俺は嫌だ。

 だけど、学校の連中はどうしてかそういう道徳面には疎い。

 面白ければいい、そんな心の声を直に聞いているような気さえしてくる。

「凛は行きたいのか?」

「うーん、興味はないけど、友達が絶対来いっていうから」

 声の大きい者に巻かれる女子の習性はもはや属性といってもいいだろう。

 特に凛は友達を理由に行動することが多かった。

「なら、お前が仲間はずれにされないように見てないとな」

「やったあ」

 俺たちは何も知らずに事件現場へ行く約束をしてしまった。

 正直言って、俺はこの時から嫌な予感が拭えなかった。


 駅につくと、女子の集団が五人ほどいた。

 髪を少し染めて、ちゃらちゃらと光るストラップ、厚い化粧に長い爪。

「全然つまらなかったぁ~」

「何かもっとさあ、血とかあれば面白かったのにね~」

 不謹慎なことを言いながら、すれ違おうとする一行。

「あ、凛~。今頃来たの?」

 向こうはこちらに気がついたのか、口元に笑みを浮かべて話しかけてくる。

「う、うん、遅かったかな」

「遅い遅い、私ら先に見ちゃってたよ」

「ごめんね、じゃあもう今日はいいよね」

 何やら後ろの女が耳元で囁きだしている。

「そうだ、凛。今からもう一回行こうよ、そしたらさ、また別の発見があるかもしれないでしょ」

「え、遅れたのに、いいの?」

「いいの、いいの、私らの仲じゃん?」

 俺はやっぱり着いてきて良かったと思った。

 こいつらは凛のことを友達となんか思っていない。

 トイレの入り口に行くと少なからず人通りがあった。

 どうやっても俺は女子トイレには入れない。

 女子一団はどうやら中まで凛を誘うつもりらしい。

「凛、気をつけろよ」

「え、うん、大丈夫だよ」

「なにこいつ」

 手を引いている奴に気をつけろと本当は言いたかったのだが……。

 しばらくして、やはりというか案の定女子トイレが騒がしくなった。

 俺は凄く嫌だったが、出てきた中年の女性の一人に何かあったのかと尋ねると、

「中で女の子がトイレに閉じ込められてるのよ。注意しようと思ったら凄い睨まれたわ」

 などと言い出すので黙ってはいられなかった。

 中に用を足している女性が他にいないことを祈って、意を決して飛び込む。

「あ、きたきた」

 後ろの二人が俺を写メする音を鳴らす。

「ちゃんとムービーも撮っておきなよ」

 やっぱりこういうことなんだと俺は今更ながらに呆れた。

「もういいだろ、俺が学校でみんなの笑いものになれば満足だろ?」

「はっ、何? 自分の立場がわかってないみたいじゃない」

「そっちこそ、こんな公共の場でやるようなことか?」

 トイレ内の異常に女性が入ろうとしては去っていくのが気配で感じ取れた。

「土下座しなさいよ、そうすれば許してあげる」

「何を許すんだよ」

 そうこうしているうちに駅員が駆けつけてきて、全員職務室に連行された。

 凛を除く女子は皆、俺が勝手に入ってきたと供述していたが、しどろもどろな上に正直に話さないと警察に連れて行くという台詞が決め手となっていじめだという事が語られる。

 幸い、警察に通報はされなかったが、学校の方には連絡がされた。

 

「なあ、聞いたか? 昨日駅で――」

 この手の噂は風のごとく広まり、あの女子グループはリーダーを除いて全員休んだ。

 そのリーダー格だった女(中土絵美)は俺と言い争った奴でもあり、本来ならそいつが停学になって休みそうなものだが……。

「ねえ、山くん」

「なに」

「昨日はありがとね」

「その話はもういいよ、何もしてないし、あんなところで騒げばどの道駅員に助けられてただろ」

 不意に視界へと絵美が映る。

 何やら泣きはらしたような顔ですぐに伏せってしまった。

「そんなことないよ、山くんがいなかったら私どうしていいかわからなかったもん」

 そんな他愛のない話が三日も続いた。

 そして女子グループはあれから病欠として三日も休んでいた。

 流石におかしいとは思ったが、極めつけは四日後だった。

「えー、残念なことに田中さん、北条さん、新屋さんの三人は亡くなられました」

「は?」

 一度も三人の訃報が言い渡されたHR。

 冗談を疑ったが、全くそんな雰囲気はなく、皆心底驚いているようだった。

「せ、先生、何かの事故ですか?」

「いや、それが、病死らしい」

「何の病気ですか? 三人一緒に亡くなったんですよね?」

「先生にもその辺はよくわからん」

 しどろもどろに答える教師に皆は不安を覚えていた。

 がたりと席を立つ絵美は教室を飛び出していった。

 何か知っているのだろうと誰にでも予想がつく。

 何しろ三人は中土絵美のグループに属していたのだ。


 俺たちはその後、驚くべきものを目にした。

 絵美が教室から消えて二時間ほどした頃だった。

 突如、静寂の教室に顔面蒼白の絵美が現れて、奇声を発したのだ。

「ひゃしゃひゃしゃひゃしゃ」という米を磨ぐような人間の声にしては常軌を逸脱したおかしな奇声だった。

 手にはどこから持ってきたのか包丁が握られており、一瞬で教室はパニックになった。

 絵美の瞳はどこか宙を彷徨っていて、ここには見えない何かを捉えるかのようにおぼつかない足取りで教室へ乗り込んできたのだ。

「いやぁああーー!」

 唐突に吹き荒れた血潮は絵美の首から滴った。

 意味不明な言葉を発しながら絵美が床に倒れた。


 救急車で絵美は運ばれ、学校は一時休校となった。

 絵美の家庭事情の問題により、世間にこの事件は公表されず、入院先の病院で絵美は息を引き取った。

 そして、絵美の携帯から凛アテニムービーが送られてきた。

 それは絵美と俺が言い争っていたあの駅のトイレでの動画だった。

 何やらそこには光が写り込んでいた。

 俺の頭上に平面を象った光。

 

この物語は一部フィクションです。実在する人物、団体とは関係ありません。

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