人違いだったそうです
・・・・・・・人違い
「・・・・・どういう・・」
流石に声が震える。
ようやく糸目さんの言っていることに納得ができたのにまた頭が付いて行かなくなった。
むしろ、理解したくない。
そんな私の内情を知ってか知らずか、糸目さんは青い顔をしてしどろもどろになりながら説明した。
「本来、今日これから亡くなる方はあなたと同じ「ヨシザワカオル」という方で高齢の男性だったんです。漢字は貴方と同じ「芳沢薫」で読みが違うんです」
糸目さんが事前にチェックしたのは名前だった。
あの時間のバスに乗っていた「ヨシザワカオル」という人物が事故によって不慮の死を遂げると知っていた糸目さんは、事故の被害者が運び込まれた病院で「ヨシザワカオル」を探した。
事故で気を失っている人には名前を呼ぶのが効果的だ。
糸目さんが探していたとき、看護婦さんが私の耳元で「ヨシザワさん」と何度か声をかけていてくれたらしい。
私の名前を読んで濁音が無いということに気付く人はまずいない。
そのために看護婦さんは読み間違えてしまったのだろう。
病院側は私の持ち物から名前を知ったらしい、と糸目さんは言った。
その声を聞いた糸目さんはやれやれ見つけた、と私の所に来た。
糸目さんもそれだけで私を「芳沢薫」と認めたわけではない。
看護婦のもっていたカルテを見て確認したという。
「それだけで確認したと?」
「いえ、それだけでは不十分なのでもう一つの方法をとって、間違いないと・・・」
「もう一つの方法って?」
「規則で言えないことになっています」
ようやく落ち着いてきたようでまた、事務的に頭を下げた。
目の前が真っ赤になった。
突然幽体離脱(仮)をして
突然死神が現れて
突然もうすぐ死ぬと宣言されたと思ったら
実は人違いでした、なんて
「・・・・その間違えた理由であるもう一つの方法を教えてください」
「ですから、規則で・・・」
「いいかげんにして下さい」
「は?」
「は?じゃないですよ。いきなり現れて死神だとか名乗るって私はこれから死ぬなんてさんざん言いきって。ようやく納得したと思ったら実は人違いでしただなんて・・・ふざけているんですか?」
突然声を荒げた私に糸目さんが動揺している。その証拠にわずかに目を見開き瞳が見えている。
「しかもその理由を聞いたら、他人が呼んでいたから、とかカルテに書いてあったから、とか適当だし、もう一つの理由は『規則』で言えない?こっちが明らかに被害こうむっているのに理由すら教えないとか本気で言っているんですか?だとしたらふざけるのもたいがいにして欲しいです」
それとも、と一息おいてから尚も言った。
「貴方が本当に死神だというのなら、死神にとって、私の命は適当な仕事で片づけられてしまうものなんですかね?・・・・・・というかむしろ貴方が本当に死神なのかも怪しいですね。実はこれは私の夢だったりして、それに貴方が生きた人間ではないことは分かりますが本当は悪魔だったりしてね」
久しぶりに嫌味と怒りを込めて相手にぶつけたら妙に疲れた。
肩で息をしていると糸目さんがじっと俯いている。
本当は夢ではないことは納得している。
だけど糸目さんについては本音だ。
彼は「日本霊界管理局死亡者管理課突発事故担当」という肩書きでよく死神と呼ばれると本人が言っていた。
とても嘘を言っているようには見えないし、恐らく嘘ではないのだろう。たとえ嘘だとしても、今の私にはこの糸目さんの言うことを信じるしかないのだ。
だからこそ、説明が無いのはあまりにも理不尽だと思った。
しばらく俯いていた糸目さんは顔を上げた。
「・・・・・そうですね。これではあまりにも貴方に失礼だ」
そう言うと糸目さんはさっき何度も確認していた手帳を取り出した。
「この手帳には今回の仕事内容がメモしてあります。ここには対象者の名前・事故の起こる時間・搬送される病院・死亡時間をメモしています」
広げられた手帳を見ると確かに「芳沢薫」という名前とそのほか細かな情報が書き込まれていた。
「これを頼りに対象者の元へ行きます。対象者かどうか確認するための一番確実な方法が対象者の記憶を覗くことです」
「記憶を覗くなんてできるんですか?」
「はい」
あまりにもはっきりと言い切った。
「これはもう信じていただくしかないのですが、貴方のある記憶を見たときに貴方が「カオル」と呼ばれていて、しかも「芳沢薫」と書いていたので間違いと判断しました」
なるほど、と納得しかかってから気付いた。
「・・・糸目さん。気になることがあるのですが・・・」
「何でしょう?」
もう一人の芳沢薫が女性ならまだわかる。だが、もう一人の「芳沢薫」さんは高齢の男性だという。
いくら名前が同じでも性別が違うし、歳も違うのならば間違える方がおかしい。
それに資料にしても性別や生年月日が書かれていないというのはおかしくないだろうか?いくらなんでもずさんすぎる。
指摘すると糸目さんは手帳をしまってからため息を一つついた。
そして
「すいません!実は顔写真とか入っていた資料どっかに置いてきちゃったみたいで、事前にメモ帳に書いておいた内容で仕事してました!ついでにさっき携帯で同僚に確認してもらってもう一人「芳沢薫」がいることが分かったんです!」
私は空中で土下座する人を初めて見た。
ていうか初めから携帯で確認してれば問題なかったのではないだろうか。
私はまぬけとしか言いようのない死神と出会ってしまった自分の運の悪さを呪った。
今回は薫がよくしゃべっています。