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死神の名前は糸目さん

私は自分が宙に浮いていることに気付いた。

なにせ自分の頭上に天井が迫っているし、足の裏は地面についておらず空中にあるのだ。

しかも私はベッドを上から見下ろしているのだ。

私はこんなにも背が高いはずがない。


私が見下ろすベッドには人が寝ていた。

ベッドに横たわっているのは頭に包帯を巻いた女。


人間誰しも自分の顔をじっくりと見たことのある人と言うのは少ないだろう。

私はナルシストではないし、普段自分の顔を目にするのは鏡とかに映ったときや自分の映った写真を見るときだけだ。


じっくりと観察してみると腕には点滴が刺され、いくつもの機器が身体につながれていて痛々しい。

口と鼻にはよくドラマで見かける人口呼吸器が付けられているがあの顔は間違いなく


私だ。


ベッドで傷だらけで寝ている自分と見下ろす自分。

これはひょっとして俗にいう。


「幽体離脱ってやつ?」

「近いけど少し違うんですよね」


独り言に返事があった。

ぎょっとして声のしたほうを見ると一人の男がいた。


背がひょろりと高く、190 cm近くあるようだ。しかし、鍛えてるわけではないようで筋肉質ではなく軟弱な印象を受ける。

20代後半位で背広を着て、きっちりとネクタイを結んでいる。

凡庸な顔立ちだが印象的なのはその目だ。

恐らく開いているのだろうが、開いているのか分からない位細い。

糸目とはこういう目のことを言うのだろうと妙に感心してしまった。

「・・・・誰?」

「申し遅れました。私こういうものです」

質問に対して丁寧に名刺を差し出された。

「・・・日本霊界管理局・死亡者管理課・突発事故担当・・・」

この時点で怪しさが満点だったがそれよりも名前が

「イトメ イチロウさん?」

「シキモクです!」


渡された名刺には『糸目一郎』と書かれていた。


「よく間違えられるのですが、『シキモク』ですので」

よろしくお願いします。と強めに言われた。

・・・・・それなら名刺に振り仮名ふっておけばいいのに。


糸目さんはこほん、と咳払いをしてから事務的に説明を始めた。

「日本霊界管理局というのは、日本における死後の世界を管理する機関です。死亡者管理課というのは、その名の通り死亡した人間の魂を管理する課です。普通、人は死ぬと自動的に霊界に来るのですが、自分の死を自覚してなかったり納得していなかったりすると霊界に来ないんですよ」

事故ですとか、自殺とかが多いですね、と糸目さんは苦笑した。

「ですので、そういった方々が迷わないように事故現場に我々のような職員が派遣されて、死亡予定者が亡くなったらすぐに霊界へご案内するんですよ」

「じゃあ、糸目さんは突発事故担当なんですか?」

「そうです」

「てことは私、死んだんですか?」

それにしてはベッドに寝ている自分は頬に赤みもあるし、息もしてるみたいだし、心電図も動いている。

「正式には、これから死ぬんです。酷なようですがきちんと事故の場合説明しないと皆さん納得して下さらないのでこうした形をとらせていただきました」

すみません、と糸目さんは頭を下げた。

「人は魂と霊体と意識と肉体から成り立っています。先ほどおっしゃられた『幽体離脱』というのは肉体から霊体だけかもしくは霊体と意識が一緒になって出て行った場合です」

霊体だけ抜けるときは『ドッペルゲンガー』とか言われることもあるみたいですね、まあ肉体の影みたいな物です、と糸目さんは口に手を当てた。

「今のあなたは意識と魂が外に出た状態です。霊体はまだあの体の中にあります。幽体離脱と決定的に違うことが、肉体と魂がつながっていないことです」


訳が分からなくなってきた。

私はオカルトには興味がないので糸目さんの説明の半分も分からない。


「すいません、もっと簡単にお願いします」

「つまり魂と肉体のつながりが、あなたにはもうないのです。そうなりますと、もう死ぬことは決定しています。肉体に霊体が残されていてれば短時間は生きていられますが。まあ、いわゆる『容体が急変』てやつで亡くなることになります」

「つまり、私は死ぬんですね」

「はい、そうなります」

そうか、死ぬのか。

頭と気持ちが付いていかない。

こんな風に自分の死を確認するとは思わなかった。


「お気の毒ですが、ご納得いただけましたか?」

「はい」


私が返事をすると糸目さんは驚いた顔をした。それでも目は開いてるのか分からないが代わりに口をぽかーんと開けていた。


「・・・・・随分あっさりしていらっしゃいますね。普通もっと取り乱したりするもんなんですが」

「結構取り乱してますよ。これでも」

「そうですか、ああでも良かった。納得して頂いて。でもそれならもう少ししてから切れば良かったかな?」


切る、とは何のことだろうか。

聞くと糸目さんはああ、と言って背広の内ポケットをあさった。


「魂と肉体を繋ぐ糸があるんです。こうしてきちんと説明するにはあなたの意識が必要ですので意識を外に出すのです。でも説明してから肉体に残っている魂と肉体を切り離そうとすると抵抗される方が多いので、先に肉体と魂を切り離すんです。霊体まで取り出すと肉体がもたないので霊体だけ残す規則になってるんですよ。」


死ぬ時間も決まっているので、結構細かい作業なんです。と糸目さんはため息をついた。

内ポケットにはなかったらしく今度は前ポケットをあさった。


「霊体と肉体だけで生きられる時間は決まっているので、死亡予定時間より前に魂と肉体を切り離して、説明して、納得して頂くと丁度死亡予定時間、というのが理想なんですよ」

ようやく探し物を見つけたらしく、糸目さんはポケットから何かを取り出した。


「納得していただくのに時間がかかるかと思いまして死亡予定時間の12時間前に魂を切り離して、こうして意識と魂の状態で説明させていただきました。因みにこれが魂と肉体の繋がりを切る道具です」

自慢気に広げた手には銀色のハサミがあった。

「左手の小指を見て下さい」

言われた通り左手に目を向けるとさっきは気づかなかったが小指の先から糸が伸びている。

途中で切られたその糸は静かにたなびいていた。

「ほら、あなたの肉体の小指にも糸があるでしょう?」

ベッドに横たわる私の小指からも糸が伸びていてやはり途中で切られていた。

一般人には見えませんよ、と糸目さんが言った。

「この糸が肉体と魂を繋ぐ糸なんです。これを切る事ができるのは我々のもつ、この道具だけなんですよ」


私の運命はこんな細い糸で決定されたのか。と思うと小指から伸びた糸が哀れに見えた。

人の運命をいとも簡単に断ち切るなんてまるで


「糸目さんは、死神なんですか?」

「ええ、そう呼ばれています」

あっさりと返した糸目さんを見るが、とても死神には見えない。


「まあ、通称ですがね。実際は公務員みたいなもんです。今ではハサミで十分ですが昔はもっと大きな道具じゃないと切れなかったそうですよ。今でも大きな鎌を使って死神のイメージっぽくしている方もいますがね」

そっちの方が良かったですかね、でもこれが一番楽なんで。と糸目さんはハサミをポケットにしまった。


「さて、思ったよりずっと早く納得していただいたことですし、サービスとしてあなたが会いたい人の所に連れて行ってあげますよ。相性が良ければ『虫の知らせ』としてあなたの事故に気付く人もいるかもしれませんし・・・」

「肉体には戻れないんですか?」

「先ほども申し上げましたが、繋がりが切れているので無理です。・・・・申し訳ありません」

「あなたが、私をこの状態にしなければ意識が戻ったということは・・・」

「ああ、それはありません。意識が戻る方にはまた別の方法で説明するので。あなたの場合死ぬまで意識が戻らない予定です」

「・・・・・・そう」


つくづく、私はドラマチックな運命しか用意されていなかったらしい。

できることなら、老衰で静かに死にたかった。

別に死神にも会いたくもなかった。


「死んだあとってどうなるんです?」

「それは言えません」

すいませんと、糸目さんは頭を下げた。

相変わらず事務的だが肩が緊張で硬くなっていた。


死後、霊界に行ってからどうなるのかはとても気になるが、その様子をみて聞いてはいけないことなのだろうと判断した。

無理を言うのも気の毒だ。



「・・・じゃあ、家を見に行きたいのですが」

糸目さんは頭を上げて明らかにほっとした顔をした。

やはり、聞いてはいけないことらしい。

「はい、では私が同行しますね」

すっと手を差し出された。

「迷ってしまうと大変なんで、必ず私に捕まっていてくださいね」

その言葉に自分の手を乗せるとグッと引っ張られた。


目の前に病院の窓が迫り、思わず目を閉じるが何の衝撃もなくすり抜けた。

目を開けると外の風景が広がっていた。

下を見ると足元には地面が無かった。

この病室は結構高い階にあったらしい。

びっくりして思わず糸目さんにしがみつくと、糸目さんは大丈夫、と肩を叩いた。

今にも落ちそうな錯覚に陥ったが、先ほど自分が浮いていたことを思い出してそっと糸目さんから離れてみた。

私が高所恐怖症でなくて良かった。

高所恐怖症だったら絶対にパニックになっていただろう。

慣れてくると意外と平気になる自分の順応性に呆れた。


「良かった。慣れたようですね、え~っと家はどちらでしたっけ?」

糸目さんは器用に片手で手帳を取り出した。

そして、言った。


「では家に行きましょうか、ヨシザワカオルさん」


「ヨシサワです。私はヨシサワカオルです」


良く間違えられるが『芳沢薫』の『芳沢』は濁らない。


糸目さんを見ると、


目を見開いて真っ青な顔で私を見つめていた。


『シキモク』って読みよりはありがちだと思うのだけど。

ていうかちゃんと瞳があったのか。


読んでくださってありがとうございます。

がんばります。

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