《ふいうち無効》のMMO──なぜPKの前に肩を叩くのか
第一話 新人への洗礼
アルトがフィールドに出て三十分後、背後から肩を叩かれた。
振り返ると、赤いローブの男が立っていた。
「やあ」
それだけ言って、男は剣を抜いた。
アルトが「え?」と思った瞬間には、剣がもう振り下ろされていた。
──が、すり抜けた。
刃がアルトの肩を完全に通過して、空気を断ち切っただけで終わった。エフェクトすらない。
ただ、剣が実体を持たないかのように、アルトの体を通り抜けた。
「……なんですか今の」
「《ふいうち無効》ですよ」
男──ユーザー名《緋色のヴォルガン》──は特に驚いた様子もなく剣を引いた。
「認識していない攻撃は通らない。文字通りに」
「通らないって……幽霊みたいに?」
「そう表現する人もいます。ゲームシステム的には『攻撃が存在しなかった扱いになる』らしいですが」
ヴォルガンが今度は正面から剣を構えた。
「では改めて。斬ります」
振り下ろした剣は、今度はちゃんとアルトのHPを削った。
「あ、痛い」
「認識している攻撃は通る。そういうゲームです」
アルトはしばらく自分の肩を見た。
さっき剣がすり抜けた場所。傷一つない。
「……じゃあさっき肩を叩いたのは」
「あなたに私を認識させるためです。振り向いた時点で『背後に敵がいる』と知覚する。それで最初の一撃が通るようになる」
「声をかけるだけでも?」
「十分です。ただ声より接触のほうが確実なので」
ヴォルガンが再び剣を構えた。
「もう一斬り、いいですか」
「……どうぞ」
今度もHPが削れた。
アルトは草原に倒れながら、このゲームの基本をようやく理解しはじめた。
第二話 レーザーサイト教団
死亡ペナルティから復帰して二時間後、アルトは酒場の掲示板を眺めていた。
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「なんですかこれ」
隣のスツールにいた白髭の老人が、ジョッキを置いて答えた。
「《照準教》の人間だろう。流行っとるよ」
「……《照準教》」
「銃にレーザーサイトをつけて戦う連中じゃ。なんでかわかるか?」
アルトは少し考えた。
「……銃は速すぎて、撃たれても認識できないから?」
「そうじゃ」
老人はうまそうに一口飲んだ。
「銃で撃っても、弾は速すぎて知覚できん。認識できない攻撃はすり抜ける。だから普通に撃っても当たらんのじゃ」
「じゃあレーザーサイトをつけると──」
「狙われた場所に赤い点が当たる。『ここを撃たれる』と認識する。そこで初めて弾が通るようになる」
ヴォルガン──いつの間にか隣に座っていた──が引き取った。
「撃たれる場所を教えないと当たらない銃、というわけです」
「……撃たれる場所を教えたら避けられないんですか」
「弾は速いので。避けようと思って避けられるものではない」
「でも照準がずれた場所は?」
「すり抜けます」
アルトはジョッキを置いた。
「つまり、照準を信じないと撃たれないけど、信じると撃たれる」
「そうです」
「……相手を信じた人間だけが傷つくゲームですね」
「哲学的な言い方ですが、正確です」
第三話 《虚暗流》の台頭
翌週、アルトは噂を聞いた。
「《虚暗流》……?」
ギルドの受付嬢──マリアが、心底うんざりした顔でうなずいた。
「《ふいうち無効》は認識があって初めて機能します。裏を返すと──」
「認識しなければ、無効化できる」
「そこに目をつけたプレイヤーが出てきたんです」
マリアは書類を机に伏せた。
「自分から目隠しをして、『どこを攻撃されるか認識できない状態』で戦う。そうすると攻撃が無効化される」
「……目隠しで動けるんですか」
「練習するので」
「でも相手の位置もわからないですよね」
「ミニマップで大まかな方向はわかります。なので虚暗流は接近戦特化です。ミニマップを頼りに相手に近づいて、関節技を極める」
アルトは少し間を置いた。
「……目隠しをした人間が近づいてきて関節技をかけてくる、というのは」
「怖いですよ」
マリアはきっぱり言った。
「しかも音を立てずに動ける人が多くて。気づいたら腕が変な方向に曲がってる、ということが」
「対策は?」
「距離を取って遠距離攻撃、というのが最初は有効だったんですが」
マリアが顔をしかめた。
「《虚暗流》の上位者は耳栓もするので、音での認識も封じてくる。そうなると本当に何も認識していない人間が、ミニマップだけを頼りにこちらに向かってきて──」
「……やめてください」
「でも一番の対策は、シンプルです」
マリアが指を立てた。
「直接触れることです。体を掴まれた瞬間、嫌でも相手を知覚する。知覚した瞬間から《ふいうち無効》が無効になる。だから投げ技や関節技の打ち合いになる」
「目隠しした人間に自分から組み付きに行くってことですか?」
「えぇ──」
マリアは続けた。
「《虚暗流》の対策は《虚暗流》ってことです」
「……このゲーム、だんだん何かがおかしい気がしてきました」
「最初からおかしいですよ」
マリアは書類を戻した。
「そのうち慣れます」
第四話 魔法派の回答
《虚暗流》への対策として、魔法使いたちが動いた。
アルトが初めてそれを目撃したのは、公開決闘の観戦席だった。
《虚暗流》の使い手──ゲンキチが目隠しをして立っている。
対するは魔法使いのフロスト。
「では──」
フロストが杖を構えて、氷の槍を放った。
秒速三センチほどの速度で。
ゆっくりゆっくり、白い槍がゲンキチに向かって進んでいく。
観客席が静まり返った。
「……何が起きてるんですか」
ヴォルガンに囁いた。
「魔法の速度を落としているんです」
ヴォルガンが囁き返した。
「普通の速さで氷槍を撃っても、目隠しをしたゲンキチには認識できない。認識できない攻撃はすり抜ける。だから──」
「ゆっくり近づけて、冷気で認識させる……」
「そうです。氷槍を近づけて冷たさを感じさせれば、『何か冷たいものが来ている』と認識する。認識した瞬間から攻撃が実体を持つ」
氷槍がゆっくりゲンキチの腕をかすった。
ゲンキチが「冷たっ」と言って体をひねった瞬間、体勢が崩れた。
そこに二本目が、今度は普通の速度で飛んできた。
ゲンキチが吹き飛んだ。
「一本目でほんの少し認識させて、二本目を当てる」
「二段構えです。火炎使いは、最初に小さい火の玉をゆっくり放って、熱さに気づいた瞬間を狙う。冷気使いは冷たい霧を漂わせてから本命を撃つ」
「……魔法をわざとゆっくり撃つ練習をしているんですか、みんな」
「魔法の速度制御は上位スキルです。このゲームでは割と重要な技術です」
アルトは観客席で頭を抱えた。
「普通に撃てばいいじゃないですか」
「目隠しした相手には無効化されます」
「……そうでした」
第五話 アルトの流儀
三ヶ月後、アルトは一つの癖を身につけていた。
戦闘中、自身の行動を声に出すのだ。
「右から斬ります」
──斬る。
「次、足元」
──薙ぐ。
「突きます」
──突く。
最初は独り言のつもりだった。
動作を言語化すると頭が整理される気がしたから。
だがある日、ヴォルガンに指摘された。
「気づいてますか? それ、かなり有効ですよ」
「え?」
「声に出すと、自分も相手も攻撃を認識する。《ふいうち無効》が無効化される。だから──」
ヴォルガンが続けた。
「宣言した攻撃は通る。全部通る。確実に」
アルトは少し考えた。
「……避けられますよね」
「避けられます。でも避けるには動かなければならない。動いた先をまた攻撃する」
「それも宣言すると?」
「宣言した上で追う。相手は逃げる。逃げた先を宣言して待つ。全部認識させた上で全部当てにいく」
ヴォルガンが腕を組んだ。
「普通の格闘ゲームなら読み合いです。でもこのゲームでは、宣言しない攻撃はすり抜ける可能性がある。宣言した攻撃は必ず実体を持つ。だから正直に全部言い続けるほうが、トータルで当たりやすい」
「……馬鹿正直が強い?」
「最終的には、そうなります」
アルトはしばらく自分の手を見た。
「なんか、こう……」
「納得いかない感じですか」
「いや、逆です。なんか、すごく真っ当な気がしてきた」
その日の夕方、アルトは決闘リストに名前を載せた。
対戦相手が現れた。《照準教》の中堅──オメガ。
ライフルを二丁携えている。
互いに向き合う。
オメガが銃を構えた。
レーザーサイトの赤い点が、アルトの胸に当たった。
アルトは剣を抜いた。
「突っ込みます」
走った。銃声。
弾がアルトの肩に当たった。
認識していたのでダメージを受けた。
痛い。でも足は止まらない。
「まだ行きます」
もう一発。脇腹。
またダメージを受けた。もっと痛い。
「右から斬ります」
届いた。
オメガが吹き飛んだ。
立ち上がったオメガが、銃を構え直しながら言った。
「……全部言いながら突っ込んでくる人間、初めて見たぜ」
「僕もこれが強いって最近知りました」
「痛くないのか」
「痛いです」
「なのに?」
「言い続ければ当たるので」
オメガがため息をついた。
レーザーサイトの赤い点がアルトの額に動いた。
アルトは剣を構え直した。
「頭、避けます」
「……読まれてるか」
「左から斬ります」
「ぐっ──」
当たった。
エピローグ
ゲームのパッチノート、バージョン3.7.1より──
【お知らせ】
一部プレイヤーによる戦闘中の「実況プレイ」が戦術として定着しつつあります。システム上の問題はありませんが、周辺地域への騒音に注意してください。なお《虚暗流》の目隠し・耳栓スタイルは引き続き合法とします。《照準教》のレーザーポインター8本の同時使用は光害として規制対象とします。低速火球および低速氷槍によるじわじわ攻撃については、現在ルール整備を検討中です。
アルトはパッチノートを読んでゲームにログインした。
ログインした瞬間、見知らぬプレイヤーから決闘申請が届いた。
受諾すると、相手は無言だった。
目隠しをして、耳栓をして、こちらにゆっくり歩いてくる。
アルトは剣を抜いた。
「行きます──!」
このゲームは本当に、おかしなところに来てしまったと思いながら。
でも不思議と、嫌いではなかった。




