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《ふいうち無効》のMMO──なぜPKの前に肩を叩くのか

作者: 鯉ヶ滝
掲載日:2026/05/28

 第一話 新人への洗礼


 アルトがフィールドに出て三十分後、背後から肩を叩かれた。

 振り返ると、赤いローブの男が立っていた。


「やあ」


 それだけ言って、男は剣を抜いた。

 アルトが「え?」と思った瞬間には、剣がもう振り下ろされていた。


──が、すり抜けた。


 刃がアルトの肩を完全に通過して、空気を断ち切っただけで終わった。エフェクトすらない。

 ただ、剣が実体を持たないかのように、アルトの体を通り抜けた。


「……なんですか今の」


「《ふいうち無効》ですよ」


 男──ユーザー名《緋色のヴォルガン》──は特に驚いた様子もなく剣を引いた。


「認識していない攻撃は通らない。文字通りに」


「通らないって……幽霊みたいに?」


「そう表現する人もいます。ゲームシステム的には『攻撃が存在しなかった扱いになる』らしいですが」


 ヴォルガンが今度は正面から剣を構えた。


「では改めて。斬ります」


 振り下ろした剣は、今度はちゃんとアルトのHPを削った。


「あ、痛い」


「認識している攻撃は通る。そういうゲームです」


 アルトはしばらく自分の肩を見た。

 さっき剣がすり抜けた場所。傷一つない。


「……じゃあさっき肩を叩いたのは」


「あなたに私を認識させるためです。振り向いた時点で『背後に敵がいる』と知覚する。それで最初の一撃が通るようになる」


「声をかけるだけでも?」


「十分です。ただ声より接触のほうが確実なので」


 ヴォルガンが再び剣を構えた。


「もう一斬り、いいですか」


「……どうぞ」


 今度もHPが削れた。

 アルトは草原に倒れながら、このゲームの基本をようやく理解しはじめた。




第二話 レーザーサイト教団


 死亡ペナルティから復帰して二時間後、アルトは酒場の掲示板を眺めていた。


 【売買】小銃用レーザーポインター ×200個 要相談


「なんですかこれ」


 隣のスツールにいた白髭の老人が、ジョッキを置いて答えた。


「《照準教》の人間だろう。流行っとるよ」


「……《照準教》」


「銃にレーザーサイトをつけて戦う連中じゃ。なんでかわかるか?」


 アルトは少し考えた。


「……銃は速すぎて、撃たれても認識できないから?」


「そうじゃ」


 老人はうまそうに一口飲んだ。


「銃で撃っても、弾は速すぎて知覚できん。認識できない攻撃はすり抜ける。だから普通に撃っても当たらんのじゃ」


「じゃあレーザーサイトをつけると──」


「狙われた場所に赤い点が当たる。『ここを撃たれる』と認識する。そこで初めて弾が通るようになる」


 ヴォルガン──いつの間にか隣に座っていた──が引き取った。


「撃たれる場所を教えないと当たらない銃、というわけです」


「……撃たれる場所を教えたら避けられないんですか」


「弾は速いので。避けようと思って避けられるものではない」


「でも照準がずれた場所は?」


「すり抜けます」


 アルトはジョッキを置いた。


「つまり、照準を信じないと撃たれないけど、信じると撃たれる」


「そうです」


「……相手を信じた人間だけが傷つくゲームですね」


「哲学的な言い方ですが、正確です」




 第三話 《虚暗流》の台頭


 翌週、アルトは噂を聞いた。


「《虚暗流》……?」


 ギルドの受付嬢──マリアが、心底うんざりした顔でうなずいた。


「《ふいうち無効》は認識があって初めて機能します。裏を返すと──」


「認識しなければ、無効化できる」


「そこに目をつけたプレイヤーが出てきたんです」


 マリアは書類を机に伏せた。


「自分から目隠しをして、『どこを攻撃されるか認識できない状態』で戦う。そうすると攻撃が無効化される」


「……目隠しで動けるんですか」


「練習するので」


「でも相手の位置もわからないですよね」


「ミニマップで大まかな方向はわかります。なので虚暗流は接近戦特化です。ミニマップを頼りに相手に近づいて、関節技を極める」


 アルトは少し間を置いた。


「……目隠しをした人間が近づいてきて関節技をかけてくる、というのは」


「怖いですよ」


 マリアはきっぱり言った。


「しかも音を立てずに動ける人が多くて。気づいたら腕が変な方向に曲がってる、ということが」


「対策は?」


「距離を取って遠距離攻撃、というのが最初は有効だったんですが」


 マリアが顔をしかめた。


「《虚暗流》の上位者は耳栓もするので、音での認識も封じてくる。そうなると本当に何も認識していない人間が、ミニマップだけを頼りにこちらに向かってきて──」


「……やめてください」


「でも一番の対策は、シンプルです」


 マリアが指を立てた。


「直接触れることです。体を掴まれた瞬間、嫌でも相手を知覚する。知覚した瞬間から《ふいうち無効》が無効になる。だから投げ技や関節技の打ち合いになる」


「目隠しした人間に自分から組み付きに行くってことですか?」


「えぇ──」


 マリアは続けた。


「《虚暗流》の対策は《虚暗流》ってことです」


「……このゲーム、だんだん何かがおかしい気がしてきました」


「最初からおかしいですよ」


 マリアは書類を戻した。


「そのうち慣れます」




 第四話 魔法派の回答


 《虚暗流》への対策として、魔法使いたちが動いた。

 アルトが初めてそれを目撃したのは、公開決闘の観戦席だった。

 《虚暗流》の使い手──ゲンキチが目隠しをして立っている。

 対するは魔法使いのフロスト。


「では──」


 フロストが杖を構えて、氷の槍を放った。

 秒速三センチほどの速度で。

 ゆっくりゆっくり、白い槍がゲンキチに向かって進んでいく。

 観客席が静まり返った。


「……何が起きてるんですか」


 ヴォルガンに囁いた。


「魔法の速度を落としているんです」


 ヴォルガンが囁き返した。


「普通の速さで氷槍を撃っても、目隠しをしたゲンキチには認識できない。認識できない攻撃はすり抜ける。だから──」


「ゆっくり近づけて、冷気で認識させる……」


「そうです。氷槍を近づけて冷たさを感じさせれば、『何か冷たいものが来ている』と認識する。認識した瞬間から攻撃が実体を持つ」


 氷槍がゆっくりゲンキチの腕をかすった。

 ゲンキチが「冷たっ」と言って体をひねった瞬間、体勢が崩れた。


 そこに二本目が、今度は普通の速度で飛んできた。

 ゲンキチが吹き飛んだ。


「一本目でほんの少し認識させて、二本目を当てる」


「二段構えです。火炎使いは、最初に小さい火の玉をゆっくり放って、熱さに気づいた瞬間を狙う。冷気使いは冷たい霧を漂わせてから本命を撃つ」


「……魔法をわざとゆっくり撃つ練習をしているんですか、みんな」


「魔法の速度制御は上位スキルです。このゲームでは割と重要な技術です」


 アルトは観客席で頭を抱えた。


「普通に撃てばいいじゃないですか」


「目隠しした相手には無効化されます」


「……そうでした」




 第五話 アルトの流儀


 三ヶ月後、アルトは一つの癖を身につけていた。

 戦闘中、自身の行動を声に出すのだ。


「右から斬ります」


 ──斬る。


「次、足元」


 ──薙ぐ。


「突きます」


 ──突く。


 最初は独り言のつもりだった。

 動作を言語化すると頭が整理される気がしたから。

 だがある日、ヴォルガンに指摘された。


「気づいてますか? それ、かなり有効ですよ」


「え?」


「声に出すと、自分も相手も攻撃を認識する。《ふいうち無効》が無効化される。だから──」


 ヴォルガンが続けた。


「宣言した攻撃は通る。全部通る。確実に」


 アルトは少し考えた。


「……避けられますよね」


「避けられます。でも避けるには動かなければならない。動いた先をまた攻撃する」


「それも宣言すると?」


「宣言した上で追う。相手は逃げる。逃げた先を宣言して待つ。全部認識させた上で全部当てにいく」


 ヴォルガンが腕を組んだ。


「普通の格闘ゲームなら読み合いです。でもこのゲームでは、宣言しない攻撃はすり抜ける可能性がある。宣言した攻撃は必ず実体を持つ。だから正直に全部言い続けるほうが、トータルで当たりやすい」


「……馬鹿正直が強い?」


「最終的には、そうなります」


 アルトはしばらく自分の手を見た。


「なんか、こう……」


「納得いかない感じですか」


「いや、逆です。なんか、すごく真っ当な気がしてきた」


 その日の夕方、アルトは決闘リストに名前を載せた。

 対戦相手が現れた。《照準教》の中堅──オメガ。

 ライフルを二丁携えている。

 互いに向き合う。

 オメガが銃を構えた。

 レーザーサイトの赤い点が、アルトの胸に当たった。

 アルトは剣を抜いた。


「突っ込みます」


 走った。銃声。

 弾がアルトの肩に当たった。

 認識していたのでダメージを受けた。

 痛い。でも足は止まらない。


「まだ行きます」


 もう一発。脇腹。

 またダメージを受けた。もっと痛い。


「右から斬ります」


 届いた。

 オメガが吹き飛んだ。

 立ち上がったオメガが、銃を構え直しながら言った。


「……全部言いながら突っ込んでくる人間、初めて見たぜ」


「僕もこれが強いって最近知りました」


「痛くないのか」


「痛いです」


「なのに?」


「言い続ければ当たるので」


 オメガがため息をついた。

 レーザーサイトの赤い点がアルトの額に動いた。

 アルトは剣を構え直した。


「頭、避けます」


「……読まれてるか」


「左から斬ります」


「ぐっ──」


 当たった。




 エピローグ


 ゲームのパッチノート、バージョン3.7.1より──

 【お知らせ】

 一部プレイヤーによる戦闘中の「実況プレイ」が戦術として定着しつつあります。システム上の問題はありませんが、周辺地域への騒音に注意してください。なお《虚暗流》の目隠し・耳栓スタイルは引き続き合法とします。《照準教》のレーザーポインター8本の同時使用は光害として規制対象とします。低速火球および低速氷槍によるじわじわ攻撃については、現在ルール整備を検討中です。


 アルトはパッチノートを読んでゲームにログインした。

 ログインした瞬間、見知らぬプレイヤーから決闘申請が届いた。

 受諾すると、相手は無言だった。

 目隠しをして、耳栓をして、こちらにゆっくり歩いてくる。

 アルトは剣を抜いた。


「行きます──!」


 このゲームは本当に、おかしなところに来てしまったと思いながら。

 でも不思議と、嫌いではなかった。

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― 新着の感想 ―
《虚暗流》対策に《虚暗流》とありますが、あくまでも攻撃を認識しない為の目隠しであり《虚暗流》の攻撃は「触れた瞬間に認識するから有効」という特性の為、近接攻撃に《虚暗流》は無駄であるということを踏まえる…
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