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どこで間違えてしまったの

どうすればよかったのか――無能だと思われていた僕は、自分から全てを捨てた

作者: 白露 鶺鴒
掲載日:2026/04/28

 父が王となった。

 貴族達から挨拶を受ける様子を見ながら、自分がこの場にいる意味を考える。


 僕は王家の血筋でありながら、貴族としての義務を放棄した。

 婚約者と共に歩めない。

 その結論になったとき、自ら貴族として生きる道を閉ざした。

 後悔はしていない。自分の選んだ道。


 ふと視線を感じて末席に視線を送ると、かつての婚約者がいる。

 もう交わることはない。


 それでも――どうすればよかったのか、考えてしまう。

 僕が人生を狂わせてしまった最初の人だった。



 幼い頃から、家族の仲は良かった。

 忙しくても子ども達との時間を大切にする父と、優しくも厳しい母。

 真面目で優しく、一緒に遊んでくれる長兄と、体が弱くても頭が良くて何でも教えてくれる次兄。


 僕は愛されて育った。

 でも、周囲が優しい世界ではなかった。


 幼くても、立場が複雑であることは理解していた。

 笑顔で挨拶をする相手の中に、悪意をもつ人が多い。

 利用しようとする者ほど優しい笑顔で近づいてくる。


 僕も笑顔を絶やさず、感情を表に出さない。

 出来るだけ元気に子供っぽく振舞い、悪意に気付かないふりをする。


 それが、僕がすべきこと。

 忙しい父を煩わせないように。

 王家の血を持つからこそ、利用されないように。



 6歳になったとき。

 婚約の話が出た。長兄の婚約ではなく、体の弱い次兄に。

 その話をメイドから聞いたとき、「僕が行きたい」と我儘を言った。


「どうしてだい? 相手は4歳上のお姉さんだよ?」

「わかってるよ」

「ラズ。あなたは幼くても立場があるの。言葉には責任を持たなくてはだめなのよ」


 父と母は困ったように眉を上げながら、優しく説いた。

 両親は年齢が合わないから諦めさせようとするが、長兄を味方にして、必死に頼み込んだ。


 週の半分もベッドで過ごす次兄が、婿に行けば死んでしまう。

 絶対に駄目だと、自分が行くと父と母を困らせた。



「ヴァレリア・セルフィスです。どうぞよろしくお願いします」

「ラズライト・アズラフィールだよ。よろしく、ヴァレリア」


 可愛い子だった。強い決意を秘めた瞳を好きになった。


 だけど、嫌われたのはすぐにわかった。  

 大人たちはもっと巧妙に感情を隠す。

 悪意を隠して、利用しようと近づいてくる大人たちに比べ、ヴァレリアはとてもわかりやすかった。


 その隣にいる将来の補佐の目が濁っていた。

 内心を隠して利用するために近づいてくる大人のように。


 わかったことは、どちらも子どもである僕を認めない。

 だから、早く追い付かなくてはいけなかった。

 

 次兄は僕が頑張る気があるならと自分の家庭教師を譲ってくれた。


 優秀な教師たちから教えを受けることになった。

 必死に追いつこうと努力をした。


 それでも、4歳の差は大きい。

 彼女と同等に話が出来るようになるほど、僕は優秀ではなかった。



「ラズライト様。同じ視点ではすぐに追いつけないのであれば、違う視点から補えるようにしてはいかがでしょうか?」

「どういうこと?」

「同じ課題を出されたのでしょう? 同じ視点で提出すれば、あちらのお嬢様の方が良い出来になる。それなら、違う視点で考えればよいのです」


 彼女は堅実な領地経営できるように教育を施されている。

 けれど、領主はそれだけで順風満帆に上手くいくことはない。


 何か事があったとき、その領地だけでは対処ができないことの方が多いから、相互ほう助するための派閥が存在する。


 父は派閥を率いる長であり、その息子である自分が婿となるだけでも、他の派閥との関係は良好となるという。


「それが僕の価値?」

「さて、どうでしょうな? それを決めるのはこれからのラズライト様ですな」


 父上の子どもだから、何もしなくても価値がある。

 僕が求めているのはそんなものじゃない。

対等に、共に、領地を支え合いたい。


「あの領地のためでなくてもいいのですよ。今、この国に足りないものはなにか。どう、お考えですか?」

「足りないもの? 食料かな」

「おや、どうしてそう思われます? 昨夜の食事が足りなかったのですかな?」

「ちゃんと食べてるから! ただ、父上が継がなくて良かった理由に、帝国からの食料輸入があるって聞いた」

「おお、よく勉強しておりますな」


 教師は具体的に輸入が増えていること、どうしてそうなったのかを細かに説明してくれた。


 伯父が王となってから、帝国との関係が良好となり、輸入が増えた。逆に国内の生産性は下がっている。


 今は良くても、国同士のこと。互いの関係が変われば問題となる可能性があると説かれた。


「では、食料が足りないなら、どうすれば良いと思いますか?」

「それ、課題と関係ないでしょ?」

「おや? なぜでしょう? 国で食料が足りないのであれば、各領主には食料の自給率を上げてもらわなくてはなりません。これも、領地の問題の一つでしょう」


 婚約者の領地は主要な収益は農作物。手広くしているが、この地方独自という特産物や鉱山やらダンジョンやらの特殊な資源はない。


 安い品が入ってきたことで、婚約者の家では収入が徐々に下がっている。

 課題として改善策を出すのは間違ってないと諭された。


「むやみやたらに開拓しても、人手が増えるわけじゃないから、大変なだけだよね」

「その通りですな。農民が一人で世話できる田畑は限られております。土壌の悪い土地を開拓したところで、収入が増えることはありませんな」

「じゃあ、土壌をよくしよう」

「ふむ、面白い発想ですな。どのように良くしますかな?」

「う~ん……土魔法で! 魔力の強い土地では、魔物は強くなるって聞いた。魔力の強い土地なら、作物も大きくなる……それに、僕も、魔力は人より多いから、手伝える」


 教師に手伝ってもらい、自分の考えを纏めた課題を提出した。

 婚約者は呆れたようにため息をついて、話すことはないと立ち去った。


 その時、一緒にいた彼女の補佐の僕を嘲る様に嗤う、歪んだ表情。

 直感的に、あれは駄目だ。人の失敗を喜ぶ者は、敵を作る。そう感じた。


 父と婚約者の父には、それとなく伝えはした。


 だけど、父には難しい顔をされた。


 他家の教育や思想、使用人の扱いに対し、口出しをするのは越権行為にあたる。

 婚約は対等な契約であるからこそ、他家の内政に踏み込むことはできないと諭された。



「ラズ。上手くいかなかったか」

「兄上。うん、夢物語だってさ。まあ、子どもの思いつきだから、そう言われてもしょうがないかもしれないけど」


 言うだけでは、駄目だ。

 しっかりと、実現できるように、進めなくてはいけない。


 父に頼み、土魔法を使える魔導士を雇った。

 彼と共に、庭師に頼み、花を育てる。

 魔法で出した水と普通の水。魔力を込めた土と普通の土。


 それぞれの成長記録を付ける。


 翌年、その結果を父に見せた。

 父は頷き、より詳細な記録が取れるようにと人員を増やし、土地を用意してくれた。


 現地に赴き、自分でも開発に協力し、平民たちと接し、共に畑を作る。

 土壌改良をしながら、魔物が増えるなどの問題が起きたりもした。


 2年目、3年目と少しずつ改良が進み、成果が表れるようになった。

 その頃には婚約者は学園に入り、僕は伯爵領と王都を定期的に訪れるようになった。



 僕は課題の報告として、伯爵領に訪れて、彼女の父に報告をする。


「ラズお義兄様。お父様と何をお話したのですか?」

「うん? クラウディア、久しぶり。今、僕が携わってる研究についてだよ。ヴァレリアが学園を卒業したら、こっちの領でも実験を出来ないかと思ってね」

「お姉様、忙しくてこっちに戻ってきませんよ? 勝手にすると怒りません?」

「彼女にも手紙で報告はしてるし、学園を卒業してからなら、時間もできるよ。爵位を継ぐ前に試せるように、先に準備が必要なんだ」


 彼女の妹達との接触も増えていく。特に、3つ下のクラウディアは兄と慕ってくれ、伯爵領に顔を出したときには少し話をする時間を取っていた。


「じゃあ、どうしてお父様は難しい顔をしていたんですか?」

「うん……この領地は良くなる。でも、いずれは他の領地にも伝わる技術だからね。先に始めるだけで、利益がずっと続くわけではないからかな」

「どうしてです? 我が家だけで独占すればいいのに」

「僕が発案したけど、結果を出せたのはアズラフィール公爵家の力だからね。派閥に還元する義務がある。それに――国は豊かになる」

「そう、なのですね。我が家は先に始める分リスクもあるのなら、難しいのでしょうね」

「そうだね」


 伯爵や伯爵夫人との関係も良好。


 僕と歳の近い次女や三女は派閥内の嫡男たちと婚約が決まっていた。

 僕自身も交流がある。彼らを交えた5人で茶会を開催することもあったが、僕の婚約者が参加することはなかった。


 そう、婚約者である彼女とだけ、全く会えず、関係が滞っていた。


 貴族の子女が13歳になったら、必ず学園に入る。卒業できない者は貴族として認められない。


 彼女が学園に入ってから、定期的に行われるはずの婚約者同士のお茶会は一度も開催されることはない。



 それでも時間は経過していく。

 順調に、多くの人が携わり、土壌改良が進んでいく。

 発案後、僕は報告を聞くだけで何も出来ないけれど、その場で働く人達は暖かく迎えてくれる。


 最近の様子を、試した結果を、嬉しそうに報告しれくれるだけで、僕も嬉しくなった。


 一方で、兄達から聞く彼女の学園生活は、危うい。

 派閥内のパーティーで顔を合わせる令嬢達からも、苦笑交じりに彼女の言動を聞く。彼女の言動に不快感を持つ人達が出ている。


 僕と彼女の不仲は、隠せないほどに広がっていた。



 13歳になる直前、次兄が倒れた。


 今までも何度か、危険な発作はあった。

 だけど、ここまで症状が重いのは初めてで、生死をさまよう状態が1週間も続いた。



「ラズ。大丈夫だよ、カイアは生きている」

「……うん、兄上……僕も、もう負担をかけないから……」


 漸く、症状が持ち直したことにホッとしながら、長兄と話す。


 病気の体で、学園に通う次兄。

 僕の我儘から始まった、すでに多くの人が関わる土壌改良の管理。僕には出来ないことを次兄が手伝ってくれていた。

 

 そのせいで、限界がきた。無理が祟った。


 青白い顔のまま、それでも一命をとりとめた次兄。

 意識が戻らない次兄を見ながら、長兄が優しく僕の頭を撫でた。


「もう、カイ兄上には無理せず、家にいてほしい。体調がいいときには好きに過ごして、ゆっくり養生して……長生きしてほしい」

「仕方のないことだ。ラズ……お前は優しい子だ。だがな、貴族としてはその甘さは足を引っ張る」

「兄上……」

「あの伯爵家ではカイアの病を軽減させる薬を用意し続けることは出来ない。カイアを早死にさせないために――俺はラズが婿に行くことに賛成した」

「うん……」


 政略結婚なら、政治的な結びつきだ。

 4つの歳の差もそこまでおかしい訳ではない。

 ただ、扱いに問題があった。伯爵家ではない、婚約者である彼女に問題がある。


「あの家である必要はない。女当主は王国の歴史の中でも少ない。今代は彼女だけだ。その箔付けのために我が家から婿を迎えるのを望んだのはあちらだ。確かに、お前の我儘が始まりだ。今、お前が手掛ける計画の成果が出たのも、我が家の資産と人脈があるからだ」

「……うん。だから、僕が……」

「わかるか? 子どもであっても、有言実行できるだけの力が我が家にある。それを理解できない家は相応しくない――お前は優しい子だ。だから、俺が言おう。婚約者を切り捨てて、家に残れ。カイアの死後、私を支える人が必要になる」

「兄上!!」


 いやいやと首をふるが、兄の手が僕の頬に触れ、視線を固定される。

 涙で視界がぼやける。それでも、真剣な兄の瞳に捕らわれる。


「お前の発案は軌道に乗る。爵位の一つ二つは手に入る。婿に行く必要はない」

「……駄目だよ。僕の道が開けたら、彼女の道が閉ざされる。……この国が良くなるためには、女当主が必要でしょ」

「もう遅い。あの女は、視野狭窄がひどい。能力は優秀かもしれない。でも、見えないものが多い――それは貴族として致命的だ。女当主が駄目だという見本になってしまった」

「……それでも、女当主が立った事実は残るよね……残すべきだよ、僕よりも」

「国のためか。ラズ、お前も彼女自身とは向き合っていなかったのではないか?」


 兄上の言葉に驚き、見上げる。

 困った子だというように兄は頭を撫でた。


「向き合って、いました」

「いいや。お前は他家への内政干渉をすべきではないと、踏み込まなかった」

「それは……王族として」

「お前は王族から貴族になるのではなかったのか?」


 兄の言葉に返す言葉がなかった。

 王族として一歩引いて、感情を出すべきではない。


 それは王族の考え方だ。

 貴族になる立場として、僕は誤ったのか?


「貴族にとって、家が、利権が大事だ。婚約関係にあれば、共同開発などが普通だ。なぜ、関わらせなかった?」

「あ、父上が……ヴァレリアも課題に共著してからだと」

「そうだ。互いに向き合っていない状態だったから、共同にさせなかった。いつでも切り捨てができるようにな」


 僕は兄上の言葉に俯くことしか出来なかった。

 家同士の絆を深め合うことができる機会だったのに。

 早く進めた方がいいと、勝手に動き出してはいけなかった。


 向き合うべきことから、目を背けていた。



 兄上に退席の挨拶をして、部屋に戻る。


「俺達が見極める側にまわらず、もっと積極的に手助けしてやればよかったんだがな。それでも、お前の価値を理解出来ぬ者に渡すわけにはいかない。すまない、ラズ」



 兄上達が学園に戻ると同時に僕は動いた。


 彼女と話さないといけない。

 僕が学園に入ってから、彼女と話すのでは遅すぎる。


 まず、伯爵に現状を話した。

 ずっと、課題の件と、土壌改良の件しか伝えなかった。


 だから、伯爵は知らなかった。

 僕が出した手紙は、基本的に彼女から返事がこないこと。

 僕が彼女の課題に対して出した意見も、彼女から僕の課題に対する意見を求めたときも、一切返事はない。

 茶会については、断りの手紙は来る。日程変更を申し出ても返事はない。


 伯爵は茶会が一切開催されていないことを知らなかった。僕が王都に向かっていることは知っていて、王都の屋敷からも報告がないから会っていると認識していた。


 不仲の噂は知っていたが、学園で接するようになれば変わると考えていたらしい。



 伯爵の協力により、彼女と数年ぶりに会うことが出来た。


 彼女の考えは、独りよがりだった。

 次期王である第一王子の覚えが目出度くすることが一番。会わないうちに、随分と極端な思想に染まっていた。


 彼女自身は、王弟派の派閥に属している自覚がなかった。

 彼女にとって、貴族の派閥という重い縛り、共同体がわかっていない。

 集団的自衛、一人で対応できないことを成すために、派閥という枠組が存在する。


 王弟派として、伯爵でありながら高い位置にある。いや、あった……だからこそ、派閥の恩恵がわかっていないのかもしれない。


 派閥替えをしたところで、出来上がっているところに入った新参者がどうなるか。

 利用されるだけで、助けを求めても、成果は乏しくなる。


「君は全てを一人でやるつもり?」

「当たり前でしょう。将来のための課題すらこなせない方に期待はしておりません」


 派閥に助けてもらうことを考えがないなら、確かに、僕との婚約はメリットはないのだろう。


 そして、僕の努力も、彼女には伝わっていなかった。

 課題を出していたことすら、彼女は認識していなかった。これも、違和感に対し踏み込まなかったせいか。


 僕の行動は、彼女が学園に入る前から変わっていないどころか、課題すら出さなくなったと思われている。

 

「そう。期待してないのはわかった。じゃあ、僕に希望することはある?」

「わたくしの身も心もあなたに捧げる気はありませんわ。必要なのはわたくしの血ですもの。あなたのような夢物語を語るようになっては困るので、教育にも口を出さないで欲しいですわね」


 婿として扱うことすらしない。

 それが、王弟の子に、派閥の長の子にすべき態度ではないと、彼女だけが理解できていない。



 もう、無理だ。

 こんな女と婚姻なんて、したくない。

 それでも、国のためには――。



 国――違う。僕も、駄目なんだ。

 彼女に寄り添わなかった。意見を交わさなかった。



 ああ。

 どうすれば、良かったのか。


 僕が彼女に関わることが無ければ、あの補佐は野心を持たなかったのか。

 従兄王子は、こんな風に彼女を歪めなかったのか。

 僕が――もっと、動いていれば……。

 

 感情を出してしまいそうになるのを、目を瞑って堪える。

 


「それが希望? 君は、自分が理解できる物差しでしか測らないよね」

「努力をしないあなたをどう測れというのです? 何もしないで構いませんわ。わたくしとあなたは気が合わないようです。ただ、口を出さないなら領地にて過ごすことは許します」


 僕の言葉は響かないのだろう。

 それでも、最後に伝える。


 自分だけの尺度ではなく、他の人の尺度があるのだと。

 自分だけではない。他人が存在し、助け合えるのだと。大勢が携わり、一つの事業が国を豊かにできる。それが国の成り立ちだと。


 初めて会ったとき、父や兄に似た責任感のある決意を秘めた彼女の瞳が好きになった。

 でも、今はその瞳は濁って見える。


 いつか、僕を認めてくれるのではないかと、願っていた。

 だけど、僕と彼女の溝は深かった。



「やっぱり、僕は甘いよね」

「それがお前の良さでもある」


 王都の屋敷に戻り、父の下へ向かった。

 どうするか、自分の道は自分で決めた。


「父上……家を出ます。僕が学園に行けば、彼女の世界が崩壊する。彼女を伯爵にするにはリスクがあっても……まだ、確定じゃない。変わることもできる……せめて、順風な学園生活を送ってほしい」

「お前の人生を犠牲にしてか?」

「僕が先に、彼女の人生を狂わせた。その責任を取る……取らせてほしい。彼女と婚姻は出来ない。僕の我儘。だから、貴族として生きることを選ばない」



 他の家でも爵位が余っていない三男は、運が良くない限り平民に落ちる。

 別に僕だけではない。

 僕は幼く、色々と足りなかった。

 

 貴族の三男や四男は騎士や文官……冒険者になる者もいる。

 自分の実力だけで生きる世界。


 僕は学園に行かない。だから、騎士も文官も無理だとわかっている。


「ラズ……お前が始めた土壌改良はどうするつもりだ?」

「家の力で出来たことだから、兄上達の功績に。できれば、協力してくれた魔導士の彼にも……還元してほしい。伯爵には、僕が提出した課題、経過報告は全て破棄してもらうことになってる」

「家を出て、当てはあるのか?」

「……開拓した土地の護衛として、知り合った冒険者達がいる。幸い、魔力量は貴族の中でも多いから、冒険者として伸し上がれるとお墨付きをもらってる」


 父はぎゅっと目を瞑った。

 数秒後、深く、息を吐いた。


「家を出た瞬間に、お前は存在しなかったことになる」

「うん、それでいい。父上、今までありがとうございました」


 一瞬だけ、父の顔が崩れた。

 だけど、そのまま頭を下げたあと、背を向けた。

 部屋を出る僕の背中に、父が何か告げた。


 

「確かに、自分の家を守り、障害があれば切捨ててでも家を存続させる貴族の姿は、お前には向かない。だがな、家に固執せず、国のために働くことが出来る。自分の周囲を慈しみ、切り捨てることなく、国を想うことが出来るお前は――正しく、王族であるのだがな」


 聞き取ることは出来なかったけれど、それでも父は家を出るという我儘を言った僕でも愛してくれていると感じることができた。


 母にも挨拶をして、兄達には手紙を書いた。

 そして、翌日の朝、家を出た。もう戻らないことを内に秘めて。



「ラズライト様。本日、お約束はなかったはずですが」


 家を出て、まず、王都にある伯爵家を訪れた。

 これだけは、やっておかないといけない。


 じっとこちらを見る瞳は無機質だ。

 彼は僕が3年以上、茶会の時間をずっと待ちぼうけにされている状況を知りながらも、報告をしなかった。


「確認したいことがあってね」 

「なんでしょう?」

「手紙の返事が届かないのだけど、僕が出した手紙は彼女に渡っている?」

「お嬢様への手紙は、全てローランが取りに来て、お嬢様に渡しております。お嬢様はこちらの屋敷には全く顔をお出しになりません」


 いつも彼女と共にいる補佐。

 彼が手紙を管理していると聞き、あからさまに息を吐いてみせる。


「彼は君の甥だ、信頼しているのだろう。成すべきことをしているなら問題にはならない。だけど、君は僕が出した手紙の内容を知っていた」


 待ちぼうけである僕を気遣って、毎回ではないけれど、彼が相手をしてくれたこともあった。


 その時の話題として、彼女に報告していた手紙の内容を出すことが何度かあった。

 課題であったり、土壌改良の進捗だったり、手紙の内容を話題にする。


 僕が彼女に茶会の日程を彼女に決めるように促す手紙も当然見ているだろう。

 それでも、全く動かなかった。


「彼女が自分宛ての手紙に対し、内容を確認するように指示をしているなら問題はない。ただ、彼女は一切、僕の手紙の内容を把握していなかった」

「は? お嬢様が見ていない?」

「彼女自身が手紙を読んでいないことも含め、手紙について、君や補佐に処理をまかせていたのなら、責任は彼女にある。信頼できる使用人であるか、見極めるのは主の仕事だ」


 執事の顔色が変わった。

 甥が何を考えているか、察せない訳はないだろう。

 彼の野心を。本来知らせるべき報告を怠った。


 僕と彼女の連絡手段を断つ状況を、彼も加担して作り出した。


「婚約破棄が決定した。僕が有責となることで話はついている。だけど、これから伯爵家は、厳しい目で見られるだろう」

「お、お待ちください。婚約破棄など、どのような影響があるか!」

「そう。これから伯爵家は何年もずっと、厳しい状態になる。それを承知で言う。君は責任を取って、辞めるべきだ」

「婚約を破棄させるつもりは毛頭……ただ、婿が仕切る状況は……」


 覚悟はなかったらしい。

 補佐となる甥が、よりよい環境となるように動いただけなのだろう。


 結果は最悪だろう。


「君が何を考えていたか、そんなことはいい。僕は甘やかされて育った苦労知らずの子どもだけど、伯爵家より高位の王族だ」

「何を?」

「父上は、子どもを大切にする。カイ兄上が病弱で生まれたため、王位を継ぐことを諦めたように――愛情深い人だ。君が伯爵家に残り、差配をし続けるなら、手を緩めたりしない。派閥の長として、するべきことをする。子どもである君の甥やヴァレリアと違い、大人でありながら加担した君は――この先、伯爵家のためにならない」


 僕が貴族とならないと引いただけではすまない。

 少なくとも、伯爵家側でも責を負う人が必要になる。


 対外的にも、次期当主であるヴァレリアに責を負わせないのなら――贄がいる。


「伯爵は派閥調整に追われ、君のことまで考える余裕はない。だから、伝えに来た……これが、最後だから」

「…………私が、見誤ったのでしょうな。貴方は子どもに見えた。あの手紙も、どうせ……周囲の者が用意しているのだと、何も伝えなかった」

「内容を試すために、僕と話をしたね。認めてくれていたよね。……でも、彼女が全く読んでないとは思わなかった。彼女は知らないまま、貶め続けたことは、学園外でも広がっている」

「指示に従いましょう。これから苦しむにもかかわらず、見捨てるように去ることは心苦しいですが……私がいることが足かせとなるのであれば。ラズライト様、ありがとうございます」

「うん……僕は、君が煎れてくるお茶、好きだったから」

「……はい。ラズライト様の良いところを、お嬢様に伝えればよかった。今はそう思います」

「引き継ぎが終わるくらいは、待ってくれるはずだ……今までありがとう」



 王都から出て、父が治める公爵領の一地域で僕は冒険者となった。


 冒険者になって、良い出会いがあった。良い仲間が出来た。

 それでも、貴族の思惑に晒され、冒険者を続けることが出来なくなった。


 だけど、冒険者としての数年は貴重な体験だった。平民の暮らしを、考えを知ることが出来た。

 家に戻った中途半端な僕を父も兄達も受け入れ、父や兄のサポートをするために学び始めた。


 子ども時代が終わり、少しずつ、僕が出来ることも増えた。

 僕は意外と誰とでもそれなりに良い関係を作れた。平民との間を取り持つ仕事。

 僕が土壌改良に関わることは許されなかったが、派閥内の家と共同開発に切り替え、技術が完成した。


 最初に雇った土魔法が得意な魔導士が土壌改良による功績で一代限りの男爵となった。


 派閥内で彼の魔導士が作った理論が広がり、食料自給率が上がり始めた。



 元婚約者の家は、どんどん厳しくなっている。

 王の命令によって、彼女が伯爵となった後、静かに没落が進んでいる。


 派閥内での地位を失い、派閥外からも冷ややかに見られている。

 僕も彼女の家を救うような動きは出来ない。



 数年後。

 可愛がっていた義妹となるはずだった少女から相談の手紙が届いた。婿を探しているという。


 友人を紹介した。

 土魔法が得意な魔導士の長男。一代限りの爵位だから、継ぐ爵位はない少年。

 本人も急に貴族の息子となっただけで、ずっと平民として過ごしていた貴族らしくない。


 でも、身分が違っても、僕の友人だった少年。


 伯爵家には土壌改良の技術を教える者はいない。

 他の領より遅れ、苦しむ伯爵家に……技術開発者の息子が婿となれば、少しずつでも追いつくだろうと紹介した。



 友人である少年と義妹になるはずだった少女が婚姻し、子どもが出来たと報告があった頃。

 王国を揺るがす事件が起きた。



 その時、一人の少女と出会った。

 時代が動きだした。


 次兄の病気が快癒した。

 父が王位についた。


 そして、今、父の戴冠式に、貴族の身分を捨てたはずの僕は参加している。

 王である父のすぐそばに立ち、笑顔で貴族達と挨拶をし、会話をする。


 遠目に、かつての婚約者が姿を見た。


 何も感じていないように、その姿に全く気付いていないように――それが彼女や伯爵家を少しでも守れると信じる。


 今なら、もう少し彼女の気持ちを理解して寄り添える。だけど、そんなことは出来ない。

 僕も望まない。


 ただ、それでも生きていてほしいと願っている。

 


ここまで読んでいただきありがとうございます。


本作は、どちらか一方が正しいという物語ではなく、

それぞれの選択がすれ違った結果を描いています。

楽しんでいただけましたら幸いです。



※以下は別作品のご案内です


本日、

「異世界に行ったので手に職を持って生き延びます」

コミックス一巻が発売となりました。


コミックPark、ヤングアニマルWEBにて連載中です。

ゴールデンウィーク期間中は無料公開話数も増えておりますので、

ご興味がありましたら、こちらも読んでいただけると嬉しいです。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
作者さんの意図とは違う受けとり方だとは思いますが。 もう片方の話と合わせ、どちらが悪いかといわれたら間違いなくヴァレリアの方が悪いと思った。ローランはヴァレリアの悪い所を助長したのだろうけど、ヴァレ…
正しく獅子身中の虫のローランさえ居なければ…と思いました。そうしたらまだもう少しマシな結末になったような。 責任取って貴族やめたラズライトのところで泣きましたが、まあ彼のほうはそこそこ丸く収まったよう…
俺は女のほうが悪いと思うな。 バカなお付きが手紙握り潰していたとはいえ、一切交流を持たなかったのは明らかに悪い。 男のほうは手紙は送ってアクションは取ってるし、結局土魔法で土地を肥やすというのも彼女の…
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