第51話 野菜たっぷり酢味『豚骨』濃縮スープ
11月中旬、アリア王宮
一旦、状況を整理しましょう。
先週開発を終えた瓶詰を、ビアンカに持ってきたの。試食もしてもらう予定よ。
輸送手段はアルフォンスが手配してくれたわ。
「僕の姉なら、シルバにもフィヨルドにも顔が効くはずだよ」
ですって。実家から独立されて『リデル商会』という屋号らしいわ。大陸中で商売をしているらしいの。
ただ、最大の問題はそこではなくて。
◇◇◇
「生産が間に合わない?」
率直にビアンカに申し上げたわ。
「そうなの。王立学院の厨房と、ニコラスの蒸気真空締めで対応しているのだけれど、一日に数本しか作れなくて」
空き瓶も調理工程も足りないの。
そもそもリンダの厚意で作ってもらっているけれど、彼女の本職って学食の厨房担当ですから。
「そうね…」
ビアンカが思考。
「一旦、時系列を整理しましょうか。グルンクルスの会戦は来週か再来週で…その後ヨハン辺境伯との接触…これは王都クルスクを想定しているわ。今からだと陸路しか間に合わないのだけれど」
「私も陸路で考えているわ。人づてで『リデル商会』に依頼できそうなの」
「リデル商会…聞いたことがあるわ。確かに、シルバでもフィヨルドでも、大きく商売をしているはずよね。と、なると…」
再び沈思。
こういう時のビアンカは邪魔したらダメなのよ。
「かなりタイトね…枢密院を招集するわ、フランソワも参加して」
◇◇◇
「現在のところ、カシオペア作戦の決行は二月の初旬を予定しております」
ロックバード軍務卿から報告があったわ。
「となると、第三艦隊の出発はいつかしら?」
「遅くとも今月の下旬には。冬場の航海となりますし、二ヶ月ほど見ておきたく」
「あと、二週間よね。瓶詰は完成したのだけれど。フランソワ、説明をお願い」
「改めまして、フランソワです。瓶詰は完成しましたので、お持ちしましたわ。こちらは先週詰めたものになります」
テーブルの上に瓶詰を置く。
「ほっほ、これが魔法の食料か。これは楽しみじゃ」
アキテーヌ内務卿が興味津々、という様子で瓶詰を見たわ。
「ただ、問題がありまして。現状の設備だと、増産が間に合いません」
「フランソワ嬢、どのくらいの本数を想定されてまして?」
カールスルー財務卿だったわ。
「こちらは濃縮したブイヨンスープが入っています。水で薄めて、軍用の干し肉と固いパン、それから豆類と煮込んで食べてもらうことを想定していますわ。ひと瓶でそうですね、十人前くらいになるかと。多少は壊血病予防にもなるはずですから、第三艦隊にも支給させて頂きたいわ」
「ロックバード卿、総人数はいくらになりますか」
もう一度、カールスルー財務卿から。
「そうですな。フィヨルド王国軍の収容予定者を二千、第三艦隊の乗組員を一千として、三千。往復で四カ月という計算ですな」
「ひと瓶十人前として…あら、大変ね。一日ひと瓶使用したとしても、三万瓶くらい必要だわ」
とんでもない数ね!?
「ほっほ…困ったのお、瓶の生産が間に合わんわ」
アキテーヌ内務卿の目が笑ってないわ。本気で困ってるわね。
「それに、鶏ガラも足りませんわ。市中から徴発する勢いでないと。貴族院どころか、市民からの反発が凄まじいことになりそうです」
カールスルー財務卿もため息。
「そうよね…なら、アレ、試してみる?」
ビアンカが言ったわ。
「アレって?」
首を傾げたわ。いい方法があるのかしら。
「東洋だと、豚骨をスープにするらしいのよね」
「と、豚骨…ですか?」
カタルーニャ法務卿が絶句したわ。そうよね、スープと言えばブイヨン、ブイヨンと言えば鶏ガラだもの。
「ほっほ、おもしろいのぉ。豚骨なら確かに、そこら中に余っとるわ」
豚骨なんて使ったことないけれど。お肉は美味しくいただいて、骨は捨てているのよね。
美味しいのかしら?
「まずは作ってみましょ。その前に、フランソワのブイヨンの試食をしましょう、作るのはその後でも」
ブイヨンの試食はまぁ、一応合格点だったわ。
全員が酸っぱい、っておっしゃいましたけど。
で、問題の豚骨だけれど…。
◇◇◇
「厨房から悲鳴が上がったわ」
ビアンカから。どうして。
「なんか…臭いって」
ビアンカに連れられて厨房へ。うげ、なにこれ。確かにめちゃくちゃ臭いわね?
野性味というのか、なんというのか…独特の…とにかく臭いわ!
「あ、あの…ビアンカ皇王…完全に白濁したスープになりましたが…」
料理長が困惑してる。ちょっと同情するわ…。
「とりあえず、飲んでみましょうか」
「お、お勧めはしませんぞ!」
と、料理長は止めたのだけれど。
ここはアレね。いつもの名言よね。
「科学に犠牲はつきもの!」
…別に私、ゲテモノ食いじゃないからね?
なのだけれど。
「おいしい! すごい、コクとうま味が最高よ、ビアンカ、食べてみて!」
ちょっと…いいえ、かなり臭いけど!
「頂くわ! …あら、ホントに美味しい」
そんな馬鹿な、と料理長も一口。
「な、なんと…」
どうして膝から崩れ落ちるのよ。
「わ、私はまだ未熟だった…」
あ、そういう事。
ちなみに、料理長の提案でセージとローリエが追加されたの。
臭み消し用よ。
それに加えて、ダバァとお酢を入れたら匂いが若干マシになったわ。
それ以上に酢味が勝っていたけど。
「ともかく、ベースは手に入ったわ! あとは野菜と、瓶なのだけれど」
「アレがあるでしょ、アレが」
「アレ?」
ビアンカの提案は単純明快だったわ。
そうよね、私ってば『食事を入れるのはジャム瓶』と言う固定概念があったのだけれど。
「ワイン瓶なら確かに、そこら中に余ってるわね」
お野菜をくったくたに、溶けるくらいまで煮込んじゃえばワイン瓶でも充分、ってこと。
あとお野菜なのだけど…ごめんなさい、少し高騰したの、多分私のせい! 軍用の保存庫とくず野菜もかき集めたのだけれど、ちょーっと足りなかったの!




