第39話 アリア皇国枢密院にて
アリア皇国はいわゆる絶対君主制ではない。
立法機関としての貴族院を抱えるほか、意思決定の機関も別に存在していた。
それがアリア枢密院である。
無論、世襲ではない。己の腕一本でのし上がった実力者たちである。
「ほっほ、また厄介な問題じゃのぉ。秋の収穫でも送ってやるか。ま、微々たるもんじゃがの」
フロリーナ王女の手紙を読み上げ、口火を切ったのは筆頭閣僚である、グリースウェル・フォン・アキテーヌ内務卿であった。
「あまり、好ましくない事態です。フィヨルドが倒れると東の防波堤が消えますから」
ハーマード・フォン・アルプミティ外務卿が応じた。
「わかっとるわい。ロックバード軍務卿、シルバはどうするんじゃ?」
「援軍は送るでしょうな。ただし、結果は自明ですが」
次席であり、軍務卿のオルス・ロックウェル・ド・ロックバードが答えた。
アレフの義父でもある。
「遠慮せんでいいじゃろ。オルスらしくもない」
「アキテーヌ内務卿、皇王の前ですぞ」
「なんじゃ、グリスの兄貴、とはもう呼んでくれんのか」
「とうとう耄碌されましたかな?」
「お二方が旧友とは存じておりますが」
法務卿のバレアーク・ド・カタルーニャが二人を遮った。
「現在、我が皇国とフィヨルドの間に軍事協定の類はございません。防衛義務はございませんぞ」
「それ以前に」
続いて、財務卿のカトリーナ・ド・カールスルーが口元を妖艶に緩める。枢密院では唯一の女性であった。
「国としてはビタ一文出す財産はありませんわ。ですが、私も女ですから」
カトリーナ財務卿がフロリーナの手紙を手に取った。
「国を守らんとする、フロリーナ殿下の痛いほどに強いお気持ちには共感致しますわ」
「僕は反対だね」
アルプミティ外務卿が腕を組んで、渋い顔をした。
「今のフィヨルドは明日の食糧にも困る有様というじゃないか。そんな中に軍を派遣しても、下手すりゃ同士討ちになるだけさ。もちろん食糧もだ。何万トンと輸送したとして、せいぜい軍が抱えて終わるだろう」
「なんじゃい、若いのはどいつもこいつも冷たいのぉ。そうじゃ、オルス。アレフとセシルに一軍預けて突撃させるのはどうじゃ?」
「グリス、他国にアリアの質を疑われたくはない」
厳しいのぉ、とアキテーヌ内務卿がかっかっ、と笑った。
「ま、ここは一つ、皇王のご意見をお伺いしたく存じますぞ」
それまで黙して議論を聞いていたビアンカがそうね、と前置きして、一言申した。
「フロリーナを助けるわ。でも、フィヨルドには介入しない」
「うふ。流石皇王ですわ。私も賛成です…。フロリーナ殿下といえば、プリンセス・オブ・フィヨルドとも称される素晴らしいお方。我が国益に叶うこと、間違いありませんわ」
「助けると言っても、どうするのです? 先ほども申し上げた通り、フィヨルドとは国交こそあれ、軍に関する協定は一切結んでおりませんぞ」
カタルーニャ法務卿が懸念を告げる。
「亡命」
アルプミティ外務卿がポツリ、と呟いた。
「やるなら、フロリーナ殿下を亡命させること、くらいか」
「いい策だと思うけれど、フロリーナは見た目と違って、「これ」と言ったら曲げない子よ。フロリーナだけおめおめと逃げる、なんて絶対にしないわ」
ビアンカが溜息をつく。
「王族…否、もっと多く、ですかな?」
ロックバード軍務卿が問うた。
「そうよ、そうでもしないと『ビアンカ姉様、私はここに残って最後まで戦います』くらい言う子よ! あの子ってば! ホント!」
「ともかくも、方針は決まりましたな。アルプミティ、それからカルターニャ、二人は情報収集だ。どのくらいの亡命規模になるか、押さえておけ。それから、根拠となる国際法もな」
ロックバード軍務卿の指示に、承知、と回答があった。
「カールスルー財務卿は亡命後の財政試算を」
「承りましたわ」
「私は亡命作戦の机上演習に入る。質問は?」
「わしは何をすればいいかのぉ?」
「アキテーヌ卿は通常業務でお忙しいでしょう?」
「仲間ハズレは良くないぞ」
ロックバード軍務卿がそれを聞き流した。
「皇王様、ご裁可を」
「許可するわ。アキテーヌには別の仕事を指名するわね」
「ほうほう、なんじゃ?」
「久しぶりに私とワインでもどうかしら?」
「ほっほ、それは重大な任務じゃ! それでは若者らよ、よろしく頼むぞ!」
カッカッ、とアキテーヌ内務卿が再度、盛大に笑った。
◇◇◇
それから、数日後。
クルスク城にシルバ教国はマクシミリアン・アルブレヒト・フォン・オットーが三万の聖光燦然騎士団を率いて入城。
翌日、フィヨルド・シルバ連合軍、四万五千がグルンクルスへ向けて進発した。
呼応するように、ガストーネ辺境伯率いる反乱軍五万も進軍。
決戦は不可避の状況にあった。
そのころ、フランソワは…。




