第36話 ギリアムによるシオンの解析
同日、王立学院
「ディベートのデータを纏めたんだが、フランソワ、君の意見をくれないか?」
ギリアム先輩が来たわ。
今日は各々自由時間なの。研究室には私一人だわ。なんとなーく、時間が空いているときは研究室に来てしまうわね…。たまり場みたいになっているわ。とはいえ、私も本調子じゃないし、本当はゆっくり休んだ方が良いのかも知れないけれど。
なんだか、秋口っていつも調子が悪い気がするのよね。風が一気に冷たくなるから、身体がついてこないのかも知れないけれど。
ちなみに、ギリアム先輩も二日に一度は顔を出すわ。暇、ってことは無いと思うのだけれど。
「会食とか、お茶会とか、大丈夫なんですか?」
ギリアム先輩を迎え入れて、お茶を入れる。コーヒー、少しは持って帰るんだったかしら。全部コレットにあげちゃったから。仕方ないわよね、『お姉ちゃん』なんて言われたら、思いっきり甘やかしてあげたいし…。元気にしているかしら?
「今は全部断っているんだよ。夕食時だけにしてくれ、ってね。そういうフランソワもずっと下座じゃないか」
「苦手なんです、上っ面の会食とか」
「それはそうだけどね。誘われたりはしないのかい?」
「入学当初はちょこちょこ。公爵家とお近づきに~。なんて来たんですけど、諦めたんじゃないですか? ずっと断ってますし」
「まぁ、止めないけれど…やっぱりシャルロイドか、なんて噂されてるよ」
「失敬ですわ」
シャルロイド家って歴史的にちょっと独特なのよね。機会があれば話すわ。
「ともかく、本題に行こう。レポートに纏めたんだ」
「良くここまでのレポートを…」
そう言えばシオン、レポート書いてたのかしら。
夏季休暇の追加課題、って言っていたけれど。まぁいいわ、来ないし。
なんて思っていたらね。
「な、なぁ…フランソワ、採点してくれ!」
噂をすれば、だわ。シオンよ。
「や、シオン君」
「げ、ギリアム…さん、どうしたんすか?」
「先輩でいいよ、シオン君」
「先輩?」
「あんま気にしなくていいわ。で、どうしたのよ」
「レポート、めちゃくちゃ怒られた」
「なんで」
どれ、とギリアム先輩がシオンのレポートを手に取ったわ。
「あちゃ、これは怒るよ」
「どうしたんです?」
ギリアム先輩からシオンのレポートを受け取る。
「どうして私の主張をそのまま書いたのかしら?」
内容はギリアム先輩が持ってきたグランド・ディベートのレポートとほぼ一緒よ。
「精霊論について書け、という課題なのに原子論になってるじゃない」
「だってさ、夏休みはずっと原子論の話しかしてないし」
「そうだけど」
「はは…シオン君に必要なのは処世術かもね。あとで手伝ってあげるよ、ロッサム教授が好みそうな話題でさ」
「いいんすか? ギリアム…先輩?」
「ああ、先輩と呼んでくれ。それより、ちょうどいい機会だ。シオン君には聞きたいことがあったんだ」
「なにがです?」
「ほら、この前の魔法大会で戦っただろう?」
「はい」
例の魔力制御が崩壊した事件ね。
「キミ、魔法を消滅させてるじゃないか。どういう理屈なんだい?」
ビアンカも同じことを聞いていたわね。やっぱり気になるわよね、そこ。
「よくわかんないっす」
「わからない?」
「自然にできていたんで」
「防御魔法とも違いますよね?」
私、魔法は使えないけれど魔法理論は一通り学んだのよ。今から考えたら無駄なあがきだったけれど、おかげで詠唱とか概念は大抵理解しているのよね。
「基本は相殺だからね。普通なら衝突や熱、風圧の痕跡が残るのだけど、シオン君のは魔法そのものを消しているだろう?」
「一応、なんでも消せます」
シオンが答えたわ。フェンリル・ベルクでも岩石を消したり、鎧の腕を消したりしてたしね。
「それは…恐ろしいな?」
「うす。気を付けてます」
気を付けているんだ。
「基本的に、魔法と言うのは物理世界への干渉、と考えると分かりやすいのだけど」
「炎魔法で焼いたお肉はタンパク変質する、ということですよね」
「タンパク変質?」
ギリアム先輩が首を傾げたわ。シオンはきょとん、としてるけど。
「ようするにお焦げです」
「分かりやすい例えだね。炎が消えても、結果は残る訳だ」
「なので、魔法って物理で説明できるんですよ。むしろ分からないのは発動の方です」
「詠唱は分かるかな?」
「ええ、一通り学びました。召喚、指示、発動の三段階ですわ」
「その通り。召喚詠唱で精霊を呼ぶわけだけれど」
ギリアム先輩が詠唱をしたわ。炎の精霊を呼び出す言霊よ。
「この詠唱の間に『何かが乗る』ような感覚がある」
そう言って、ギリアム先輩が詠唱を続けたわ。指示と発動ね。ギリアム先輩の右手にぼう、とロウソクくらいの火が灯ったの。
「この、発動の時に、『何かが吸われる』感じがするね」
そう言って先輩が魔法を消したわ。なるほど。
「何かが乗る、のが精霊で、吸われる、のが体内魔力、ということですか?」
「おそらくね。シオン君はどうだい?」
「俺、詠唱したことがなくて」
本来、無詠唱ってありえないはずなのよね。
「確かにキミの詠唱は聞いたことがないね。古代魔法の一つに、無詠唱発動を可能とする魔法陣方式があったと思うけれど…魔法陣でもないような」
「ちがいます」
「魔法陣って」
ちょっと口を挟ませて貰ったわ。
「たしか、制御が難しくて廃れたんじゃないでしたっけ?」
「よく勉強しているね。その通りだよ。図形と線だけで魔法を発動させる方式だからね。線が狂っただけで別の魔法になってしまうんだ。暴発事故も多数記録されている」
「だから廃れたんですね」
「その通りさ。魔法陣を上手く利用できれば、物体に魔法効果を付与することができると思うのだけれど、研究者が少なすぎてね」
「じゃ、魔法陣で冷やしたりすることもできるんですか?」
「理屈はできるけれど…何か冷やすものがあるのかい?」
「いえ、今冷やし担当がいなくて」
そうなのよ。ハンス、まだ戻ってきてなくて。
ご実家の手伝いが終わらないのかしら。
そう思った時だったわ。
アルフォンスが駆け込んできたのは。
「フランソワ、大変だ!」
「どうしたの、アルフォンス」
余程の事件かしら。
アルフォンスの顔が、ちょっと青白かったわ。




