第34話 グランド・ディベート反省会
紅茶が手元に無かったから、マルタにカモミールティーを用意してもらったの。少し頭がスッキリする感じね。少しクセがあるけれど、嫌いじゃないわ。
「ともかく、ディベートは完敗だよ。ロッサム教授が横槍を入れるくらいだしね。僕の精霊論を煉瓦で反論してくるのは…想定していなかったわけじゃないが」
「想定問答の一つですわ。正直、苦しい言い方とは思いました」
「グランド・ディベートだからね。観客が納得するかどうかが重要なわけで」
「そのあたりはエラリーの手腕ですよ。あの場はディベートですので、観客が納得すれば逃げられるかと。要するに、他に反論が思いつかなかったのですわ」
「顕微鏡が間に合わなければ、どうしたんだい?」
「詰まってましたわ。タイムを要求したかもしれません」
「正直だね。そういう運も、君の力かな?」
「たまたまですわ。それで、最後のウィンクについてご説明頂いてませんけれど」
「フランソワ殿が考えている通りだよ」
「ちなみに、三段論法を考えたのもエラリーですわ」
「へへん!」
エラリーが自慢気に鼻を鳴らしたわ。
「これはこれは…エラリー殿、一本取られたね。君の論理構築は最適だったよ」
「エラリーで構いませんよ、ギリアム様」
「様、と言うのは堅苦しくて、研究室にはそぐわないね。フランソワ殿を呼ぶように、呼び捨てにしてくれて構わないよ」
「えー、といっても、年上ですし…」
そこは気にするんだ。
「それでしたら、私も殿、は不要ですわ。確かに、ギリアム殿を呼び捨てにするのは心苦しくはありますが」
「殿、も避けて欲しいねぇ」
「あ、なら、『先輩』はどうです?」
「先輩?」
初めて聞く言葉だわ。
「最近、王都で流行ってるんだよね~。平民の言葉だけどさ、目上だけど、それほど離れていない人を呼ぶのに丁度いいんだって~。ということで、どうですか、ギリアム先輩?」
「少しこそばゆい気もするが、悪くないね。ニコラス君とマルタ君も、ぜひ先輩と呼んでもらって構わないよ」
「わいは基本、「はん」で呼んでるさかい、ギリアムはん、で頼みますわ」
「あ、あっしも…苦手でやすから、ギリアムの旦那で勘弁してくだせぇ」
「ははは、強制はしないよ。フランソワもいいかな?」
「構いませんわ、ギリアム先輩。それで、私とエラリーの読み通りでした? ブラウン運動は当然ご存じで、対策もしているはず、って」
「その通り。ロッサム教授が一番最初に提示したのがブラウン運動だったよ。アレはテキスト通りの回答さ」
「オイルについては対策されなかったの?」
「ブラウン運動は起こらない、と思っていたからね。他にも水銀実験もしたよ。ヴィクトールは目をひん剥いていたけど」
「何もない、に対して何と答えるか、ですね」
「もし出してきたら、『その回答は百年前に公式に出されている。無のように見えるのは人の思い違いで、精霊様は水銀を通り抜けてこの空間を満たしているのだ』と回答する予定だったよ。なにしろ『なにもない』ことを物理的に証明できないからね」
「試験管を割って検査するわけにも行きませんしね」
割った瞬間、大気が入る訳で。
「蒸気機関は真空を前提に動いているんやけどなぁ」
と、ニコラスがぼやく。
蒸気機関のピストンって別に水蒸気で動いてる訳じゃないの。
空間を水蒸気で満たす(ピストンが下がる) → 冷水を掛ける → 水蒸気が水に戻る → 体積が急激に縮んで真空ができる → その真空めがけてピストンが上がる
というサイクルを繰り返して動いているのよね。水蒸気の勢いで歯車を回している訳ではないのよ。(それなら水車の方がよっぽどパワーがあるわ)
「そうだねぇ。蒸気機関を例に出したとしたら、それこそ精霊がピストンを一生懸命動かしているのだ、くらいは言うかもね」
「そのあたり、全部シミュレーションしましたわ。言い方が悪いですけれど、ああいえばこういう、ですから」
「で、オイルに賭けたと」
「文字通り賭けでしたわ。ただ、『動いている気がする』程度までは観察できたので、あとはレンズの精度を上げれば五分五分で証明できると」
「そのためにフィヨルド王国にまで?」
「ええ。蛍石を手に入れるためだけに、ですわ」
「その行動力は参考にしたいね」
「恐れ入りますわ。それで、油のブラウン運動を示せれば、ギリアム先輩の動揺を誘えると思いましたの。でも、私が考えたのはここまでですわ。あとはエラリーの台本です」
「そうだよ~。水が水の精霊なら、一回ワインを挟めば? ってね。フット・イン・ザ・ドアって商売テクニックなの。『人は一度「はい」と言うと、次も「はい」と言いやすい』ってやつ」
「なるほど…。水は五大元素である、つまり神の規定したもの。次にワイン。これも神が定めた神聖なもの。となると『オイル』とは…」
「神に関係するもの、と『思い込みたくなる』わけですよ~」
「つまり、オリーブオイルに誘導した訳だ」
「その通りです! でも、実際は神聖でもなんでもない、『ただの菜種油』となれば、反論できなくなるよね、ってことで」
「実際、そうなった訳だが」
「計算違いもありましたけど。ロッサム教授は「オリーブオイルのはずだ、オリーブオイル以外はありえない」って思っていたはずですけど、ヴィクトール君はこの段階で固まってましたからねぇ」
「彼は暗記は得意だが、応用は全くダメだからね」
「わ、がり勉タイプ~。私苦手~」
エラリーは少しガリ勉した方が良いと思うわ。成績、相変わらず赤点ギリギリだもの。
「でも、ギリアム先輩はどうして気づいたんですか?」
「さっきも言った通り、オリーブオイルは『オイル』と通常略さない。そして、オリーブオイルであるはずがない…なぜなら、神聖なものに精霊が宿る、という主張を避けたいならワインを途中で挟むはずがないからね。この段階で我々はチェックメイトだったからねぇ。あとは誰がチェックを踏むか、という取捨選択さ。申し訳ないけれど、僕は地雷と分かっていて踏むほどの自己犠牲を持っていなくてね」
そりゃ、立場ってものがあるからね。
「それで、ヴィクトールは生徒会長になれるんですか?」
「いやぁ、それは選考し直しじゃないかな。ロッサム教授、あの日からとても機嫌が悪くてね…ただ、注意したほうがいいかな。彼、蛇みたいにしつこいから」
「肝に銘じておきますわ…火の粉が来たら、振り払う所存ですけれど」




