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第30話 グランド・ディベート開幕

 どっ、と歓声。闘技場が割れんばかり。

 お、思った以上に観客がいるわね? どんなプロモーションを組んだのかしら!?

「待っていたよ、フランソワ」

「ギリアム殿。お待たせし、大変失礼いたしましたわ」

 ギリアムの後ろには何人か、魔導真理学部の学院生がいたわ。その筆頭…アレがヴィクトールね。見るからに嫌味そうなやつだわ。私の嫌いなタイプよ。

「否、時間ぴったりだよ。早速ディベートを開始したいところだが…手ぶらで、戦うのかな?」

「本命は後程、ですわ」

「作戦…という事にしておこうか。楽しみだ」

「ええ、ぜひご期待くださいませ」

 学院長がコロシアムに降りてきたわ。

「これより、グランド・ディベートを開催する!」

 さらに大きな歓声。ちょっと圧倒されそうね。気を引き締めないと。

「議題は精霊論と原子論じゃ。では問おう。万物の根源は精霊であるものか、あるいは原子であるものか?」

「では、私どもの精霊論から。…ヴィクトール」

「僭越ながら、バルトシュ家は長男、ヴィクトール・フォン・バルトシュがお答えいたします」


 なーんか、生気が無いというか、クソ真面目というか、眼鏡が分厚すぎるというか、何を考えているのか分からないタイプね。そういえばアルフォンスが下調べをしてくれるとか、言ってたような…。結局、聞いてる暇がなかったわ。


「万物の根源は精霊にございます。例えば今日のハーベストムーンの祝祭、そして五十年ぶりという長き伝統を再現した、祝福べきグランド・ディベートのこの日、雲一つなく晴れ渡り、燦々と陽光が降り注ぎ、ディベートに最適な日を迎え入れられたことこそ、神の祝福、精霊の思し召しにございます。

 それはすなわち、神の名の元に精霊がこの世界の調和を維持しているからに他なりません。観客の皆様もご承知の通り、我々は鼓動をし、呼吸をし、神より下賜された食事を食べ、正しさと誤りを見抜く目を持ち、神の言葉を理解する耳をお持ちです」

 そう言いながら、恍惚としたように両手をそれぞれ耳元にあてたわ。良く聞け、というポーズよ。きもちわる。


「これはすなわち、神の代理たる精霊がこの大気に満ち、そのエーテルを身体に取り込み、或いは食事という行為を通じて要素とし、眼で世界を感じ、耳で教えを受け、その口で賛美を口ずさむことに他なりません。すなわち、我々がこの大地に生を受けている、そのものこそが精霊の証、神の思し召しに他なりません。

 であるからして、原子論者は『原子』なる無機物に生命の根源を求めるという。これこそ摩訶不思議ではございませぬか。無機物とはすなわち、鉱物であり、精霊の痕跡に過ぎません。ほら、この場にもある…」

 ヴィクトールが屈んで、グラウンドの土を手に取ったわ。

「このような砂粒と同類にございます。果たして砂を吸い、砂を食べて人は生命を保てるのか? 否にございます。砂は腹を満たさず、飢えて果てるのみ。

 すなわち、正しく精霊を取り込まず、アニマの拒絶を受けるからこそ、そのアニマもまた、機能を止めるのであります。まさしく原子論者も精霊の加護を受けながら、その神聖さを否定する。到底許されぬ主張にございます」


 盛大な拍手。主に魔導真理学部から。観客席にロッサム教授がいたわ。今は精々ご満悦に浸るといいわ。でも、油断はならないわね。観客も納得した様子だし。きもちわるさはともかく、論理としては筋が通っているわ。


「では、原子論者、フランソワの発言を許可するぞ」

 学院長の指名。ニコラスたちは…まだね。ディベートで繋がなければ。

「ご指名に預かり恐縮ですわ。それでは原子論の立場を申し上げさせていただきます。ヴィクトール殿はこのめでたき日に晴天に恵まれたと申しましたが、それではお尋ねいたします。あいにく手元にデータはございませんが、果たしてハーベストムーンの日、『晴れた日』は過去の十年で何日ほどありましたでしょうか? 

 また、ハーベストムーンはミルドガルド大陸のいずれに置いても等しく訪れる祝祭にございますが、遥か北の果て、フィヨルド王国のフェンリル・ベルクでは真夏であっても霧が立ち込め、一里先も見通せぬ暗澹とした気候でございましたわ。

 一方アリア東方、シュタイル島はシラカ山脈、こちらでは丁度ハーベストムーンの頃から冠雪が始まりますの。すなわち、大雪にございますわ。

 もし神と精霊が等しく祝福を与えていただけるのならば、どうして北は寒く、標高が高ければ雪となり、バッサ島では台風の被害に怯えるのでしょうか? これはすなわち、『天候』という物理現象が引き起こす結果にすぎませぬわ。特にアリア王都は晴天の日が多い。これはすなわち、地形によるものでございます。

 さて、皆様方。周囲を見渡してくださいまし。王都は四方を山に囲まれた、盆地にございます。天候論はまだ研究不足ではございますが、海から吹く風が海より『水の原子』を天に舞わせ、その湿った空気が山地にぶつかることで雲を作り、あらかたの水…すなわち、雨を外輪に落とすのですわ。王都は乾燥による火事が定期的に発生いたしますが、これも則ち王都の地形によるもの。『水の原子』を落とし切った、乾いた風が王都には吹くのですわ。今日のお洗濯は乾きが早くてよ。いかがかしら、最前列にお座りのマダム?」

 ごめんなさい、いきなり指名して。ちょっと目に入ったから。

「そ、そうだねぇ…確かに、今日みたいな日は、乾くのが早いわね」

「恐れ入ります、マダム。逆に雨の日は洗濯物は乾きませんわ。それは『湿度』という、大気に含まれる水の原子の量により左右されるのです。本日のような快晴の乾いた日は『水の原子』が少ない、すなわち湿度が低いために、洗濯物に含まれる『水の原子』がすぐに大気に放出されることが原因ですわ」

「フランソワ殿! 神聖なグランド・ディベートを、洗濯物などと言う卑俗な行為に例えるとは! 場をわきまえたまえ!」

 ヴィクトールだったわ。アルフォンスには申し訳ないけれど、だいたいこの人の事が分かったわ。ギリアム殿が嫌そうな顔をしてる。大変ね、あの人も。

「これは異なことを、ヴィクトール殿。神が等しく人に祝福を与えるのなら、洗濯物にも祝福が授けられてしかるべきでは? ヴィクトール殿の『神聖な』学生服も、メイドのどなたかが洗濯されたものでしてよ?」

 笑いが起きたわ。反応は上々ね。

 ギリアムが挙手。

「フランソワ殿、発言の途中で口を挟んだこと、代表として詫びよう…続けてくれたまえ」

 あら、流石ギリアムね。ヴィクトールの口がぱくぱくしている隙に、態勢を整えたわ。というか、私も随分と弁論が上手くなったんじゃないかしら? エラリーの交渉術を見ていたおかげかも。


「ご配慮恐れ入りますわ、ギリアム殿。それでは続けさせて頂きます」

 観客の反応も悪くないわね。洗濯物の例えは正解だったわ。女性を中心にひそひそ話が始まっているもの。

「では、別の例えをお話させて頂きますわ。皆様、少し深く、息を吸って頂けます? できれば、鼻から……ああ、いい香り、金木犀かしら? 丁度シーズンですわね。では、皆様。この『香り』の正体は一体、何でしょうか? 

 今度は口から吸って頂けますかしら……ありがとうございます。では、前から三列目の……ハンチング帽がお似合いの紳士にお尋ねしますわ。口から、香りを感じまして?」

「いや…口は香りを感じないだろう?」


「その通りにございます。では、どうして鼻は香りを感じ、口は香りを感じないのでしょうか? 逆の質問もございますわ。口では味を感じ、鼻では感じない…これはすなわち、『原子』を受ける場所が異なる、という事でございますの。

 近年、解剖学の進歩で少しずつ理解されて参りましたわ。すなわち、鼻には香りの原子を感じる器官があり、口…正確には、舌には味の原子を感じる器官があるのです。この原子は目には見えない、小さな物質ではございますが、大気を満たし、食物を満たしています。無論、私も原子の集合体にございますわ。果たして筋肉の原子と血液の原子、どのような違いがあるのか…それはまだ、未知の領域ではございますが、いずれ科学の力で解明できるものと確信しておりますわ。

 少し余談が過ぎましたわね。すなわち、原子とは衝突で成り立っているのです。

 この大気を満たす原子が鼻に届けば香りとなり、舌に届けば味となるのです。もしこれがすべて精霊の思し召しによるのでしたら、口で香りを感じても、鼻で味を感じることも可能でありましょう。それとも精霊様は、偶然鼻に入れば香りの精霊と化し、口に入れば味の精霊と化すのでしょうか? 私、香りの精霊や味の精霊というのは、生憎耳にしたことがございませんわ」


 ちょっと楽しくなってきたわ。ヴィクトールってば顔を真っ赤にしてるし。

「なかなか興味深い主張であったの。では、ギリアム君。反論はあるかの?」

 学院長が発言権をギリアムに譲ったわ。流石にこれ以上、ヴィクトールに発言させられないわよね。真打登場だわ。

 ここからは、お遊びじゃ、勝てない。

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