第20話 フェンリル・ベルク上陸決行! シオンの山育ちスキルが意外なところで大活躍!?
翌朝、いくつかのポイントを確認して、セシルお兄様が決めたのは一番西側の地点だったわ。少し広めの湾のようになっていて、ほんのり風が緩むの。
「バルタザール、どう思う?」
六分儀から目を離して、
「良いんじぁねぇか。あのガレ地は97パーミル程度だ。徒歩でも登れるぞ」
「だ、そうだ。大丈夫かな?」
97パーミル、要するに1000メートル進むと97メートル上がるってこと。
「余裕ね」
「ただ、その先は傾斜がきつい。バルトロメを連れてった方がいいだろ。崖の上まで上がりゃ平坦なはずだ」
「よろしくね、バルトロメ」
「お嬢、任せてくだせぇ」
上陸隊は私、シオン、ニコラス、エラリー、それにバルトロメの5人よ。オールはバルトロメが漕いでくれたわ。扇状の湾のおかげか、波は落ち着いているわね。ガレ場に上陸。手近な岩にロープを括り付けて、小舟を固定。ここからは徒歩よ。
「歩きづれぇな」
ガレ場って要するに見渡す限り岩石でできている地形なのよ。殺風景なのもあるけれど、それ以上に地面が安定してないし、足場も悪いのが問題よね。それに、セシルお兄様から色々荷物も持たされたし。背嚢は何度か背負った事があるけれど、相変わらず重いわね。
先導はバルトロメが担当してくれたのだけど…。
「フランソワ、そこ、浮石」
「浮石?」
「文字通り浮いてる石。落石するから注意して」
「シオン、詳しいのね」
試しに足先で突いてみる。確かにぐらぐらしているわ。
「シラカヴェルにも、似たような地形があるから」
「ガレ場が?」
ああ、とシオンは慣れた様子。直後にバルトロメが盛大に転けたわ。
「な、なんだこの岩!?」
「苔が水を含んだんだよ、滑りやすいから気をつけろ」
…もしかして。
「バルトロメ、パーティを変えましょう。シオンが先導、バルトロメは最後尾…特にエラリーのサポートで」
ちなみにエラリーはもうへばってたわ。まだ半分も登って無いのだけれど…。
シオンを先導にしたのは正解だったわ。山を歩き慣れている感じで。私もそこそこは経験があるけれど、ガレ場は初体験なのよね。お父様が絶対に入れてくれなかったし。ちなみにエラリーの荷物はバルトロメが持ってるわ。それでどうにかついてきてる感じ。
「待て!」
シオンが止まったわ。
「どうしたの?」
「まず…っ! 脇に避けろ!」
どういう、という口をすぐに閉じたわ。
「落石よ!」
後方に伝達。がらん、ごろん、大きな岩がみるみる迫る。速い、みるみる迫ってくるわ!
「ちっ!」
シオンが両手を構えたわ。
「はっ!」
シオンの魔法が飛び出す。巨大な岩石が、すんでの所で霧散したわ。
「さ、流石に驚いたわ!」
ちょっとどころじゃなく死ぬかと思った! シオンを連れてきて正解ね!
「ああ、気をつけろ…浮石にも」
「そうするわ、ありがとう、シオン」
そんな危機も乗り越えて、どうにかガレ場を超えたわ。目の前には屹立する崖。見た感じ、五メートルくらいだけれど。
「回り道、できないかしら」
「見た感じ、難しそうでさ」
「誰かが登って、縄梯子かしら」
今日は私もエラリーもズボンにしてるから、登れなくもないかも…エラリーは無理よね。
「俺が」
「大丈夫?」
「クライミングだろ、見たところ取っ掛かりも多いし、大丈夫」
ぺっ、と両手に唾を吐いて、シオンが登り始めたわ。見事なものね。シラカ山脈出身というのが否応なく理解できるわ。
「シオンのやつ、基礎ができてらぁ」
「基礎?」
「三点確保でさ、お嬢。両手と両足のうち、3点は固定、残りの一つだけを動かすんでさ。マストに登る時も同じだわな」
「面白そうね」
シオンが登ってわかったのだけれど、断崖絶壁ではないわ。六分儀がないけれど、そうね、おそらく傾斜角は60度から70度くらい。
「バルトロメ、お兄様には内緒ね」
「お嬢、気をつけてくだせぇ」
シオンのルートを再確認。最初は右手で岩を掴んで、少し高い位置の岩石の隙間に右靴を差し込んでいたわね。で、次は左手。この辺りかしら。これで3点ね。残りの左足を、右靴と同じ隙間に差し込む。次は…右足にちょうどいいステップがあるわ。ここに置いて…いい感じ、浮石ではないわ。しっかりしてる。少し位置が高くなったから、右手がさらに高い場所の出っ張りに届くわ。ぐい、と右手を伸ばす。しっかり掴んで、固定。となると、次の左手はここね。
コツを掴んでしまえば簡単だったわ。ルートを考えながら登るの、楽しいわね。後半はするすると登って、頂上に到着。シオンが呆れてたわ。
「登れるのかよ」
「クライミングは初体験よ。でも、楽しいわね、これ!」
「フランソワ、山に向いてるよ」
「そうかしら?」
シオンと協力して、縄梯子を下ろす。最初にニコラス、続いてエラリー、最後にバルトロメ。
全員が登ったところで、周囲を確認。ステップ地帯というのかしら? 背の低い草で覆われた平原よ。
「まずは…どこに行けばいいのかしら?」
「フェンリル・ベルクはここから南東に三里程度だと思いまさぁ」
「それなら夕暮れまでに着きそうね。早速いきましょう」
「セシル様」
フランソワを見送って数刻。ノイエ・エーテル号はすでに沖合に出ていた。海流に身を任せる。水平線に近いところに漁船が一つ。どうもこの辺りは天然の漁場らしい、という話は下調べが済んでいた。下調べというか、一般的な認知度も高いアリア名産、新巻鮭はフィヨルド沿岸で獲れるらしいのだ。
「お、ヨナス。何かわかった?」
ヨナス・オーシャン。アリアの没落貴族である。セシルと知り合ったのは王立学院。自然哲理学部の出身で、ノイエ・エーテル号の海洋研究主任、小柄で細身の男性である。
声をかけたのはセシルの方で、「ヨナス、国の金で研究し放題だけど、興味ある?」と、軽い感じで声をかけたのだ。
「色々とわかりましたよ。暖流はこの付近でも流れてる」
「なるほど…漁師たちは『潮目が変わるところが最適』と言っていたが」
「証明されてませんが」
前置きして、
「仮説の存在、『寒流』を証明できるチャンスかと」
「面白そうだ。では、もう少し北上しようか。通常航行になるが…」
「バルタザール殿の測量もありますし、仕方ありませんね」
「では行こうか、バルトロメ…は不在だな。やれやれ…」
よいしょ、とセシルが船長椅子から立ち上がり、扉をいつもより激しく、わざとらしく、演技ぶった仕種でぶち開けた。
「野郎ども、耳をかっぽじって聞け! 出航だ!」
それまで甲板でのんびりだらりと酒を煽っていた乗組員…全員海賊の上がり、ヒゲも身なりも海軍とは思えないガサツな姿なのだが、セシルの怒声に全員がビシッ、と直立不動になった。
「トロトロしてんじゃねぇ! 俺様の魔法で氷漬けにされたいか! テメェら、俺達はなんだ!」
「アリア一の海賊でさぁ!」
「海軍だ馬鹿たれ! ノイエ・エーテル号はミルドガルド最速だ、鳥よりも速く、蜂よりも機敏に動け! わかったらさっさと帆を上げろ! 舵を北に取れ! 俺が満足するまで一時だって手を休めるんじゃねぇぞ!」
「アイアイサー!!!!」
ノイエ・エーテルは途端に微睡から目を覚まし、ぎぎぎ、と船首を北へと向けた。
「猶予は一週間…長いようで短いわ」
ヨナスは独り、ポツリと呟いた。
なんでパーミルを出したのかって、私が鉄道好きだからっす。(鉄オタと言うほど詳しくない)
ちなみに日本で一番角度のある鉄道は箱根登山鉄道だそうで。
三点確保はスポーツクライミングとか北アルプス縦走する方には常識ですよね。
私は最近登ってないです。
※鉄道好き、山好きの方はぜひブクマを!
※この作品は『カクヨム』および『アルファポリス』にも連載しています。




