第2話 手のひらクルンの英雄扱いと、レモンソーダの経済学。――公爵令嬢、伝説の『動物電気説』に辿り着く。
「アルフォンス、哲学って統治法学部の必修よね?」
昼下がり。会食堂を避けて中庭の裏側。サンドイッチの簡単ランチ。メンバーはセドリック特別研究室のメンバー、プラスいつものアルフォンス、シオン、ハンスの三人。今日はエラリーも一緒よ。
「どうしたんだよ、いきなり」
「私、人間科学に興味が出てきたわ」
「趣旨替えするの~?」
エラリーが私の顔を覗き込む。
「趣旨替えはしないけれど。ヒトって現金よね、って話。節操もへったくれもプライドも微塵もないわ」
「最近…フランソワは人気だから…」
ハンスが小声なのはいつもの事よ。
「へぇ、あたしも姫さまの事をよぉく聞かれます」
「わいもや! いやぁ、フランソワはんは優秀やと思ってたけど、最近は人気まで鰻のぼりやな!」
「それよ、ニコラス」
今日は前みたいに貴族連中との軋轢を避けて中庭に逃げてきたんじゃないの。いいえ、ある意味軋轢なのだけれど。
例の魔法大会から二週間は過ぎたかしら。肝心なシオンとギリアムのデータはほとんど取れなかったけれど、準決勝までのデータ解析と、エラリーたちが集めてくれた体重と魔力の相関図作成で忙しくはしているわけ。でも、私の悩みはそうではなくて。
「話なら聞くよ?」
エラリーは本当、こういうことに気が回るわ。そうね、と前置き。
「私、この二週間、会食堂で皆と一緒に食べてないじゃない?」
「そうよね、いつも大人気だし」
「それよ、それ! なんなのよ、学院の英雄って! 当日はギリアム自ら、ついでにアシュレイまで連れてもてなして来たし、アシュレイなんか苦虫を10匹噛み殺したような顔で、終始引き攣った笑顔で口元がぴくぴく震えていたし、翌日からはもう、お誘いの嵐よ、嵐! 是非お茶会にご参加を、とか、お茶菓子を作りましたの、とか、会食堂に足を踏み入れたら賞賛ばっかり、ぜひご一緒に、ぜひ、ぜひ、ぜひ、って! ちょっと前まで魔力ゼロって馬鹿にしてたじゃないのよ! ついでにね!」
ここが一番許せないのよ!
「求婚まで来たわ!」
「モノ好きがいるもんだな」
シオンは我関せず、とレモンソーダを(もちろんリンダ特製)煽っていたのだけれど。しっかり聞いてるじゃないの!
「もの好きって何よ!」
「求婚した奴」
「わ、た、し、はこれでも公爵令嬢なの、本来なら求婚の嵐のはずなの! なんか今まで全然来なかったけど!」
「あ、あはは…魔力がアレだったからね」
「そう、そうなのよエラリー! 魔力ゼロに嫁の価値無し、そんなのはいいの、私が言いたいのは、ちょーっと活躍したくらいで手のひらをクルンくるんさせるあいつらの態度が気に食わないわけ!」
「き、気持ちは分かるけれど…哲学を勉強して、どうするつもりだい?」
「ヒトの浅ましさを解明するわ。きっと理屈があるはずよ。私聞いたことがあるの」
「何を~?」
「シルバの古代遺跡で発見された書簡よ。『最近の若者はいい加減だ』とか書かれてたらしいわ」
「僕も聞いたことがあるね」
「なんか、お祖父ちゃんが言いそう~」
「それよ、エラリー! つまり人類は有史以来進化してない! 数千年前と同じことを言う人がいる! という事は人間の行動にはパターンがあると思わない!?」
「フランソワはん、面白そうな仮説やな。とはいえ、わいは専門外やな」
「どうして!」
「ヒトよりモノの方が面白いやん」
ニコラスは根っからの職人だったわ。
「はー」
「落ち着いた?」
私もレモンソーダを頂いたわ。大声を出したら喉が渇いちゃって。リンダが一礼して、しずしずと下がっていく。雑談にお誘いしたいところだけれど、仕事中なのよね、彼女。
「あのぉ、姫さま。集計は終わったんでやすが……」
「マルタ、流石ね。思ったよりもずっと速かったわ」
「へぇ、ちょいと寝不足でやんすが……」
「大丈夫? 明日でもいいわよ」
「早いに越したこたぁねぇんでやす」
「なら、放課後にラボ集合だね」
「わいも賛成や!」
という事で、放課後。
セドリック先生も手が空いていたから、参加してもらう事にしたわ。
「開設して一ヶ月で、良くここまで集めたわね。私の見込んだ通り、皆さんとっても優秀ね」
「ありがとうございます、先生!」
頑張った…いいえ、命を張った甲斐があったわ。普段は少し気になるラボの薬品の香りも今日は心地いい。ともかく、データを確認しましょうか。
「残念だけど、体重と魔力の相関関係はなかったんだよね」
エラリーから。
「実際、何人分のデータが取れたのかしら?」
「魔力ありが153人、なしが254人だよ」
データを見たけれど、確かにバラバラね。というより。
「レモンソーダ、そんなに人気だったの?」
よくぞここまでデータを集めてくれたものだわ!
「大人気だよ。アルフォンス、悔しがっていたもの。1つ10デナリで売ってれば奨学金が返せたのにっ! って」
「アルフォンスらしいわね?」
「あたしゃ、売っちまってもいいと思ってやすよ」
あら、意外。マルタだわ。
「ついでに原価も弾いてみやした。レモンってなぁ壊血病に効く薬効がありやすから、薬として売れるんじゃねぇかと思いやすよ」
「そうだよね、原価は4デナリくらいだし。えっと」
エラリーが手元のビーズっぽいものを弾いたわ。
「エラリー、なにそれ?」
「ソロバンだよ。計算器、って言ったらいいかな? 東の方では一般的なの」
「ルグの?」
「もっと東、シンの方」
何となくの世界地図だけれど、西に行くと新大陸が、東のルグ教各国の先には砂漠があって、その先にテンジクとシンという二つの帝国があるのよね、確か。
「そうだね、私たちの労務費を含めても、2デナリくらいは粗利が出る計算」
「せやけど、タダやったから飲んだやつが大半やろ。銭取るとなったら、また話は別やで」
「あれはキャンペーン代として…えっと、500杯分用意したから2000デナリ、およそ2銀リブラ使用したから…そうね、10デナリで売るなら1000杯くらい売ればトントンになる計算だよ。輸送費とか店賃を無視してるけど」
エラリーがソロバンなるものをカチカチ、と叩いて、すぐに数字を出してくれたわ。
「500杯分って、余った100杯分はどうしたんや?」
「一つはさっき、姫さまが飲んだでやす。他のはしっかり詰めときやしたよ。アルフォンスの旦那が売る気満々でさぁ」
「さすがアルフォンスはん、ええ根性してますわ」
「…良く分からないから、商売は任せるわ」
私ももう少し、商売を勉強したほうがいいかしら?
「ともかく、400人分のデータを集めて相関関係がない、という事なら、魔力胆汁説も神経説も否定された、という事でいいんじゃないかしら?」
「せやな、わいも同意や」
「先生はどう思います?」
「まずは胆汁説と神経説を否定する、貴重なデータを取れたこと。これは紛れもなく皆さんの成果です。大いに誇りましょう、本当に素晴らしいわ」
そこで一息置いて、
「それでは、なにが考えられるかしら? 質量を持たない、とすれば…そうね、心理に影響しているのかも」
「真理、ですか?」
「心の理、と書いて心理よ。まだ研究が始まったばかりなの。カルヴァンノの実験はご存じ?」
「アレですよね、カエルの死体に電気を流すと筋肉が動いた、とか」
「え、死体が動くの?」
エラリーが目を丸くした。せやで、とニコラス。
「動物電気理論やな。確か脳みそも電気で動くんちゃいましたっけ? ほな、魔力もその類っちゅうことか」
「魔力は脳の電気が源だ、ってぇことでやすね」
「皆よく勉強しているわね。その通りよ。そこから、電気物質はヒトの行動に影響を与えるのではないか、と考えられたの。私たちの思考や行動は機械的なもの、という考え方ね」
まぁ、とセドリック先生が肩を竦めた。
「人の人生は神に定められたもの、という教会の思考と真正面から対立するわけだけれど」
ロッサム教授が耳にしたら発狂しそうね。それはともかく。
「心理学、というのは人の心に規則性がある、という考え方ですよね?」
「その通りよ、フランソワさん。道徳哲学は履修してる?」
「丁度、履修を考えていたところです」
「フランソワさんには退屈かもしれないけれど、刺激にはなると思うわ。実は統治法学部としては中立の立場でね。下世話な話なのだけれど、『人の行動に規則があるなら、逆算することで統治ができる』という発想よ。彼らはどちらかと言うと、歴史からの分析を試みているわ。なぜ国家の興亡が起こるのか、君主とはどうあるべきか。もう古典も古典だけれど、『君主論』と『リヴァイアサン』の二つは目を通しておくことを勧めるわ」
「読みましたわ」
「私も」
エラリーも挙手。他の二人は未読らしい。
「少し話が逸れてしまったみたい。では、現時点の仮説である、『魔力の動物電気説』について考えてみましょうね。これを立証するデータ、もしくは反論するデータはあるかしら?」
「実戦データから、読み解けるかもしれません!」
一躍大人気の魔力ゼロ、フランソワ。それよりも研究を進めたい!
実践データではどんな結果になったのでしょうか…? 次回もお楽しみに!
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