第13話 生徒会長ギリアム・ランス・ド・プロヴァンス
そんなこんなで、一週間ばかり経ったのだけれど。
「やっぱり、見えないわ!」
結論。この一週間、私、エラリー、ニコラスが代わりばんこに顕微鏡を覗き込み、ステージ台の内容を変え、日がある限り一日中、観察に明け暮れたのだけれど。
この顕微鏡、セドリック先生には本当に申し訳ないけれど、やっぱりぼやけてるの!
「なんか、動いてる気はするんだけどね~」
そう、ずっとブラウン運動を観察しているの。私たち。
「一回、整理せんか?」
「そうね…」
なんだか肩が凝ってるわ。片目をつぶって、朝から晩まで一日中。夏は特に日が長いし、見えそうで見えないし、そもそもずっと猫背に近い姿勢だから、肩が凝る要因しかないのよね。
こういう時は気分転換に限るわ。とはいえ、外でお茶会をする気温でもないし。
「レモンソーダ、作れないかしら?」
「フランソワはん、アレはマルタはんの天才的感覚が無いと効率的に炭酸を作れへんのや」
「冷却担当のハンス君もいないしねぇ」
ハンスは冷蔵庫かしら?
あとエラリー、胸元をはだけて団扇を仰ぐの、やめなさいな。見えるわよ。ニコラスは全然気にしてないみたいだけど。
「全員揃ってのセドリック特別研究室だものね」
ちなみに今日はセドリック先生も不在なの。息子さんとお出かけみたいよ。
とはいえ、ハーベストムーンまでの時間も限られているわ。
「確かに整理すべきね。図書館とか、どうかしら?」
賛成~、とエラリーが今度はスカートをパタパタし始めたわ。
だからおやめなさいな、って。
◇◇◇
「おや。奇遇だね、フランソワ殿」
「ご無沙汰しておりますわ、ギリアム殿」
生徒会会長のギリアム・ランス・ド・プロヴァンスよ。
書籍を漁っていたわ。夏季休暇だというのに、勉強熱心ね。
「先日はヴィクトールが失礼をしたね。フランソワ殿もグランド・ディベートの準備かな?」
「よくご存じで」
「そりゃ、対戦相手だからね。僕も気が抜けないよ」
「対戦相手?」
首を傾げたわ。
「おや、聞いていなかったかな? ディベートの相手は僕のチームだよ。と言っても、個人的には受けたくはないけれどね。これも会長の務め、という事かな」
「…ロッサム教授ではなく?」
「流石に、学生相手に教授が出てきたら、バランスがとれないだろう?」
「言われてみれば」
ロッサム教授とばかり思っていたわ!
「個人的には、精霊論には限界が来ていると思っているけどね」
「意外ですわ」
「正直だね、君」
「大変な失礼を致しましたわ。いえ、魔道真理学部は皆さま精霊論者と思っておりましたので」
「パスカル先生が証明しただろ、百年も前に。大気が物質であることは間違いはないと思うね。魔導も進化しないと、いずれ衰退してしまうと思うね」
「珍しいお考えですわ」
「魔導真理学部としては、だろう?」
「ええ…その。包み隠さずに言うと、その通りですわ」
「はは、正直で何よりだよ。その素直さがフランソワの思考の源泉なんだろうね。僕も見習いたいところだけれど…何もせずに負ける訳にも行かなくてね」
「立場というものがございますから」
「そ、立場。厄介だよね。僕も自然哲理学部にすれば良かったと、常々後悔しているよ。あいにく、魔力だけは立派だから、選択肢はなかったけれど…いや、これは嫌味ではないよ、フランソワ殿。ただ、君みたいに魔力がなければ…と、思わなくもないだけで」
「ご配慮、痛み入りますわ」
「はは、こちらこそ恐縮だ。折角だし、一つだけヒントをあげよう」
「よろしんですの?」
「今回はディベートだからね。事実よりも『正しそうか』もしくは『正しくなさそうか』という、感情が勝敗を分けることになる」
「セドリック先生も、そうおっしゃっておりましたわ」
「流石セドリック教授だね。では、ついでに教えておこう。一番厄介なのは副リーダーのヴィクトールだよ」
「げ。あの人ですか」
「はは…食事くらい、好きな場所で食べればいいのにね。僕もたまには下座で、気楽に食べたいものだよ。それはともかく、彼はロッサム教授の強烈なシンパだ。僕と違ってね」
「態度を見たら分かりますわ。来年の会長候補とも聞いていますけど」
「その通り。次年度はいい人材がいなくてね…。フランソワ殿、興味はないかい?」
「伝統的に、生徒会長は魔導真理学部から選出されるものでは?」
「その通りだよ、別に会長の能力と魔力は関係ないと思うけれどね。ともかく、次のグランド・ディベートではヴィクトールの試金石でもある」
「貴重な情報、ありがとうございます、ギリアム殿。でも、よろしいんですの? 敵に塩を送るようなことをして」
「構わないさ。むしろ、僕はフランソワ殿がどんな武器を用意してくるのか、それを楽しみにしているクチだからね」
期待しているよ、と言い残してギリアムが去っていったわ。
◇◇◇
「はー、立派なもんですわ」
ニコラスが珍しく感心していたわ。
「そうね」
前にシオンが、ギリアムは自然哲理にも詳しい、と言っていたような。
伊達ではなさそうね、あの感じだと。
「ともかく、私たちの準備を進めましょう」
水以外の液体でも、ブラウン運動が起きることを証明したいのよ。
論文通り、水であれば花粉でも鉄粉でも、微細なものであればブラウン運動が起きることは確認したわ。つまり、有機物と無機物の差はない、ということ。
一応確認したのだけれど、無機物は神学的には『死んでいるもの』と同等のニュアンスみたい。要するに精霊がいない、ってこと。
だから、争点は必然的に液体になるのよ。
「今の理屈やと、『ブラウン運動を起こしているのは水の精霊が原因である』っちゅーことやな」
「水は五大魔法の一画だから、当然精霊がいるよね、という理屈ね。だから、水以外の液体でもブラウン運動が起こるよね、と証明したいわけよ」
これまで、色々な液体でブラウンを試したの。ワイン、牛乳、油、紅茶、って具合ね。コーヒーは高いからやめたわ。多分紅茶と同じだし。でもね。
「そもそも、ワインと牛乳は聖書にも出てくる、神聖な飲み物なの」
「屁理屈言い放題だよねぇ」
エラリーが頬杖をついたわ。
「それ」
そうなの。今回は科学的な正しさより、聖書に書いてないでしょ、言い逃れできないでしょ、という方向に持っていきたいのよ。ワインのブラウン運動を見せたところで、こう反論されるに違いないわ。
「流石はワイン、聖なるものには当然精霊は宿るであろう! これぞ精霊の証明!」
ってね。周りで聴いてる観客だって、なるほど、って納得してしまうわ。
「だから、油とかいいなぁ、って思ったんだけど」
ここで問題が起きたのよ。
油だと、よく観察できなかったのよね。
「なら、紅茶はどう? 聖書に書いてないでしょ、割と新しい飲み物だし」
「エラリーの言う通りなんだけどさ、教会が『ワイン・牛乳に次ぐ聖なる飲み物』と認定しているのよね」
これも解釈らしいわ。紅茶は聖職者もよく楽しむからね。都合が良かったんじゃない?
「ほな、難しいなぁ」
「でしょ。油でも動いているような気はするんだけど…」
「断定するんはちょいと弱いわな。目の痙攣なのか分からんくらいやで」
「そうよね…」
だから困ってるのよね。『気のせいだ!』と言い張れちゃうくらいだもの。
「他に良い感じの液体ってないのー?」
エラリーが尋ねたけど。
「何も思い付かないわ。せめて、顕微鏡の性能が良くなれば…いいえ、端っこの色の混じりとぼやけだけ消せれば…」
「ほな、わいも最終手段使いますわ」
ニコラスが観念したように言ったわ。
「何か手があるの?」
「あるで。確証は無いけどな。ギルテニアにわいの妹がおるねん。今、レンズ工房で修行中なんやけど」
「妹がいるの? わ、なんかいそう~!」
エラリーが手を叩いたわ。
「どういう事や…」
「面倒見がよさそう、ってこと!」
「その妹さんに、レンズを加工してもらう、ってこと?」
私が聞くと、ニコラスがせや、と頷いたわ。
「あいつ、若いくせに昔からガラスやらレンズが好きでな、今じゃいっぱしのレンズ職人になっとるらしいで。しらんけど」
「ギルテニアね…」
職人と工業の街、ギルテニア。
実は私も訪れたことが無くて。マルタの帰省ルートみたいに、ギルテニア経由でもシャルルにはいけるのだけど、普段は王都への直行便を使うから。
話では相当に活気がある街らしいわ。ギルドと自治組織が発達していて、アリア皇国では唯一の市民自治区になっているの。
一度見学もしたかったし、いい機会かも。
「ギルテニア、行きましょう! この際、なに振りかまっていられないわ」
「ほな、手配しましょ。徒歩でも四日や。近いやろ?」




