第13話 当時の顕微鏡って精度が非常に悪かったそうで。レクター:ギリアムもディベート参戦予定とのこと。
そんなこんなで、一週間ばかり経ったのだけれど。
「やっぱり、見えないわ!」
結論。この一週間、私、エラリー、ニコラスが代わりばんこに顕微鏡を覗き込み、ステージ台の内容を変え、日がある限り一日中、観察に明け暮れたのだけれど。
この顕微鏡、セドリック先生には本当に申し訳ないけれど、やっぱりぼやけてるの!
「なんか、動いてる気はするんだけどね~」
そう、ずっとブラウン運動を観察しているの。私たち。
「一回、整理せんか?」
「そうね…」
なんだか肩が凝ってるわ。片目をつぶって、朝から晩まで一日中。夏は特に日が長いし、見えそうで見えないし、と目を凝らすし、そもそもずっと猫背に近い体制だから、肩が凝る要因しかないのよね。
こういう時は気分転換に限るわ。とはいえ、外でお茶会をする気温でもないし。
「レモンソーダ、作れないかしら?」
「フランソワはん、アレはマルタはんの天才的感覚が無いと、効率的に炭酸を作れへんのや」
「冷却担当のハンス君もいないしねぇ」
ハンスは冷蔵庫かしら?
あとエラリー、胸元をはだけて団扇を仰ぐの、やめなさいな。見えるわよ。ニコラスは全然気にしてないみたいだけど。
「全員揃ってのセドリック特別研究室だものね」
ちなみに今日はセドリック先生も不在なの。息子さんとお出かけみたいよ。
とはいえ、ハーベストムーンまでの時間も限られているわ。
「一度整理しましょ。図書館とか、どうかしら?」
賛成~、とエラリーが今度はスカートをパタパタし始めたわ。
だからおやめなさいな、って。
「おや。奇遇だね、フランソワ殿」
「ご無沙汰しておりますわ、ギリアム殿」
図書館ではギリアムが書籍を漁っていたわ。夏季休暇だというのに、勉強熱心ね。
なんて、勘違いをしたわ。私。
「グランド・ディベートの準備かな?」
「ええ、その通りですわ。精霊論を否定する根拠探しですの」
「はは、それは手ごわいね。僕も気が抜けないよ」
「僕も…ですか?」
「おや、聞いていなかったかな? ディベートの相手は僕のチームだよ。と言っても、個人的には受けたくはないけれどね。これもレクターの務め、という事かな」
「…ロッサム教授ではなく?」
「流石に、学生相手に教授が出てきたら、バランスがとれないだろう?」
「言われてみれば…」
ロッサム教授とばかり思っていたわ!
「シオンが、ギリアム殿は科学の知見をお持ちだ、と述べておりましたが」
「ああ、その通りだよ。僕はこのままだと、魔法は百年も経たずに衰退すると思っている」
「珍しいお考えですわ」
「魔導真理学部としては、だろう?」
「ええ…その。包み隠さずに言うと、その通りですわ」
「はは、正直で何よりだよ。その素直さがフランソワの思考の源泉なんだろうね。僕も見習いたいところだけれど、何もせずに負ける訳にも行かなくてね」
「立場というものがございますから」
「そ、立場。厄介だよね。僕も自然哲理学部にすれば良かったと、常々後悔しているよ。あいにく、魔力だけは立派だから、選択肢はなかったけれど…いや、これは嫌味ではないよ、フランソワ殿。ただ、君みたいに魔力がなければ…と、思わなくもないだけで」
「ご配慮、痛み入りますわ」
「はは、こちらこそ恐縮だ。折角だし、一つだけヒントをあげよう」
「よろしんですの?」
「ま、ヒントになるかは分からないけれど。今回はディベートだからね。事実よりも『正しそうか』もしくは『正しくなさそうか』という、感情が勝敗を分けることになる。僕と違って、屁理屈が得意な連中も多い」
「セドリック先生も、そうおっしゃっておりましたわ」
「流石セドリック教授だね。ついでに、一番厄介なのは副リーダーのヴィクトールだ」
「ヴィクトール…ヴィクトール・フォン・バルトシュ殿でしょうか?」
「流石、よくご存じだね。そう、バルトシュ伯爵家の長男だよ。ついでに、ロッサム教授の強烈なシンパだ。僕と違ってね」
「噂では、次のレクターとも…」
「個人的には、シオン君の方がレクターになるべきだと思うけれどね。僕も来期で卒業だしさ。でも、順当ならヴィクトールがレクターになり、評議会長になると思う。今回のディベートは彼の試金石でもあるんだよ」
「心得ましたわ、ギリアム殿。貴重な情報をありがとうございます。でも、よろしいんですの? そんな貴重なヒントを頂いて」
「構わないさ…むしろ、僕はフランソワ殿がどんな武器を用意してくるのか、それを楽しみにしているクチだかね」
期待しているよ、と言い残してギリアムが去っていったわ。
「はー、立派なもんですわ」
ニコラスが珍しく感心しているわ。
「あの人の妹がアシュレイ、とか信じられないわね。でも、ヴィクトールか…私、名前しか知らないわ」
「なら、調べとこーか?」
エラリーの人脈なら、調べが付きそうね。
「お願いしていい?」
「はーい、任された!」
「ほな、とりあえず座りましょか」
という事で、これまでの整理よ。まずは…。
「水と花粉以外でも、ブラウン運動が起きることを証明したいのよ」
ちなみに、金粉でも埃でも燃えカスでも、細粒状のものであればブラウン運動は起こったわ。有機物と無機物の差はない、という事ね。問題は液体の方で。
「水の精霊はんはわかった、ほんなら油の精霊はおるんか、って理論やな」
「その通り」
なのだけれど。
「動いている気はするんだけど、確証が持てない、と言う状況ね」
「ぼやけて良く見えないんだよ~」
エラリーの言う通り。色々試したのよ。ワイン、牛乳、油、紅茶、って具合にね。コーヒーは高いからやめたわ。多分紅茶と同じだし。でもね。
「そもそも、ワインと牛乳は聖書にも出てくる神聖な飲み物なのよ」
「屁理屈言い放題~」
「それ」
そうなの。今回は科学的な正しさよりも、聖書に書いてないでしょ、言い逃れできないでしょ、という方向に持っていく必要があるの。ワインで証明したとしても、ロッサム教授、もといヴィクトールならこう言うでしょうね。
「流石はワイン、聖なるものには当然精霊は宿るであろう! これぞ精霊の証明!」
ってね。周りで聴いてる観客だって、なるほど、って納得してしまうわ。
「という事で、神聖から離れたものが良いのだけれど」
「紅茶もびみょーだよねぇ」
「そうなのよ」
紅茶は流石に割と新しいし、聖書には出てこないけれど、紅茶と言えば王侯貴族に限らず教会の司教、大司教も楽しむ、ワインや牛乳に続く『準・高貴な飲み物』扱いなのよね。だから、やっぱり言い逃れしやすい素材だわ。
「コーヒー、試しましょか」
「…最終手段でお願い」
高いのよ、あれ。何回も言うけど。
ちなみにシオンがコーヒーを泥水、なんて言うから、それなら、と思って泥水でも試したの。
細菌が沢山いたわ。それが邪魔して、ブラウン運動が全然見えなかったの。多分、運動自体は起こっていると思うのだけれど。
「彼らにしたら細菌こそ『小さな世界』、『世界を形作る神のご意思』なのよね」
で、たどり着いたのが『油』なのだけれど。
「…動きが見えないのよね」
「そうやねん。わいの目の痙攣なのか、ブラウン運動なのか、判別できへんで」
「あと、何かあったっけ? 液体で、下賤なやつ」
「思い付かないわ。せめて、顕微鏡の性能が…いいえ、端っこのぼやけと色の混じりけが消えれば…」
「ほな、わいも最終手段使いますわ」
ニコラスが観念したように言ったわ。
「何か手があるの?」
「あるで。確証は無いけどな。ギルテニアにわいの妹がおるねん。今、レンズ工房で修行中やわ」
「妹がいるの? わ、なんかいそう~!」
「どういう事や…」
「面倒見がよさそう、ってこと!」
「その妹さんに、レンズを加工してもらう、ってこと?」
「せや。あいつ、若いくせに昔からガラスやらレンズが好きでな、今じゃ『超研磨術』とか言われるレンズ職人になっとるらしいで。しらんけど」
「ギルテニアね…」
職人と工業の街、ギルテニア。
私も訪れたことは無いの。でも、相当に活気があって、ついでにギルドが発達しているから、アリア皇国では唯一の市民自治区として君臨する、特殊な街よ。政治は寄合、要するに商工ギルドの長たちが議会を開いて運営しているらしいわ。
「面白そうね、ギルテニア! ぜひ行ってみたいわ。この際、何振りかまっていられないし」
「ほな、手配しましょ。徒歩でも4日や。近いやろ?」
僕はコーヒー党です。ちなみに史実の欧州でも当初はヘンテコドリンクだったとか。
『ダヴィンチコード』だったと思いますが、アメリカ人の主人公がイギリスを訪れた時に、
「コーヒーをお願いしたらインスタントだった」的な小話があったことは未だに覚えています。
ちなみに、アメリカではボストン湾を紅茶味にした後から流行ったらしいです。
※コーヒー党の方はぜひブクマを! 紅茶党の方も歓迎!
※この作品は『カクヨム』および『アルファポリス』にも掲載しています。




