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王太子殿下でも、駄目なものは駄目だ

 翌日早くに、シエルフォード様直々に私を迎えに来た。


 玄関口で、長身の殿下は、たじろぐ私を見下ろしている。目を擦って起きて来たカイリが私にぎゅうと抱きついた。寝ぼけ眼の子どもは、半分夢の中にいる様に問うた。


「…王太子様?なんでここに?」

「カイリ…」


 背の高いシエルフォード殿下が、幼い子どものことも見下した様に見えて、ぐっと息を呑む。


「こ、この子は…」


 そう言いかけた時、殿下は片膝をついてカイリと目線を同じにした。


「頭を怪我したのか?」

「うん!昨日屋根から落っこちた!」

「そうか、もう歩いて大丈夫なのか?」

「えっとね、シャーナとルナレスカが助けてくれたから大丈夫!」

「無事で良かった。幼い民が苦しむのは辛い」

「シエルフォード様、ルナレスカのこと知ってるの?」

「ああ、僕の大切な花嫁だ」


 不覚にもどきりとしてしまう。カイリをまっすぐに見て、子どもにも真剣に話しているのが伝わった。


「今日、僕はルナレスカを迎えに来た」


 シエルフォード殿下の言葉に、カイリは私の裾をぎゅうと握って俯いた。


「ルナレスカは……シャーナと一緒にいてくれるんじゃないのか?」

「カ、カイリ!?」

「王太子殿下でも、駄目なもんは駄目だ!ルナレスカはこの診療所にずっといるんだ!!」


 驚いた表情を見せるシエルフォード殿下に、少しハラハラしていると、奥から「うるさいわねえ」と声がした。


「シュナイドさん…」

「…あら、大変」


 シエルフォード殿下は立ち上がり、跪いたシュナイドさんに詰め寄った。


「おい、シャーナ。今ルナレスカはお前をシュナイドと言ったな」

「昨夜、あたしが男だとバレてしまいましたので」

「そこの子どもが、ルナレスカとシャーナは一緒にいるべきだとも言っている」

「…それは昨日、あたしとルナレスカでその子どもを助けたからそう言っているのでしょう」

「てめえ…!」

「…あら、王太子殿下ともあろう方なのにお口が悪いこと。そんなにお怒りになるならば、なぜここにルナレスカを置いたのですか?あちらの聖女様からお守りするためでは?」

「……っ。いいか、シャーナ。僕はお前を信頼している」

「ええ、存じております」


 何の話をしているのだろう。


(あちらの聖女様?)


 くすり、と笑ったシュナイドさんの横顔は、やはり美女のそれにしか見えない。


(男の人だったなんて、やっぱり信じられないんだけど…)


 けれど昨日のシュナイドさんは、シャーナさんとして接してくれていた時とはなんだか全く違う気がした。

 ややバツが悪そうにシエルフォード殿下が胸に手を当てて跪く。


「ルナレスカ殿、待たせてしまって申し訳ない。王宮で貴方を迎え入れる準備が整いました。共に参りましょう」


 ちらりとカイリを見ると、ぎゅっと唇を噛み締めている。その様子を見て、「あの、少し待っていただけませんか」と言った。


「カイリのお母さんが彼を迎えに来るまで、ここにいては駄目ですか?」


 私の提案に、ぴしゃりと物申したのはシュナイドさんだった。


「…早く行ってちょうだい。これじゃあ診療所を開けられないわ」

「あっ……」

「さっさと行って。あんたなんか、アクアクォーレの王子様より百倍も幸せにしてもらいなさいよ」

「シュナイドさん…」

「やあね、この格好でいる時はシャーナなの」


 ぺこりと頭を下げて、シエルフォード殿下の手を取った。


「…つくづく、僕が悪者みたいだな……」

「え…?」


 シエルフォード殿下が、何を考えているのか分からなくて、怖い。

 ただ、手つきや私を見る目があんまり優しくて本当に勘違いしてしまいそうになる。


 表に停まっている馬車に乗り込もうとすると、村の人々が戸口から出てこちらを見ているのに気がついた。

 私が「あ、」と声を上げると皆恭しく頭を下げる。

 私もついぺこりと頭を下げてしまうと、シエルフォード殿下が背後から耳元に囁いた。


「…慣れていない様子だな」

「も、申し訳ありません」

「気にする必要はない。それがルナレスカ殿の良さなのだろう」


 道はよく舗装されている様だ。砂漠の国、というよりは砂漠に囲まれた国と言った方が表現が近いかもしれない。

 そんなことをぼんやり考えながら馬車に乗り込む私を、カイリが呼び止める。


「ルナレスカ、ぼく、シャーナのこと、好きだけど、王太子様のことも好きだ!だから……」

「カイリ…!」

「時々は…時々はここに来てくれるよな?」

「ええ、殿下にもそのようにお願いしましょう」


 シエルフォード殿下は、カイリの元へ戻ると再び膝を折った。


「カイリ、と言ったな。ルナレスカ殿に惹かれた者同士、気が合うだろう」

「うん。王太子様、センス良いじゃん」

「ははは!自分の母親や家族を守れるくらい強くなれ。その為にはまず大切な人に心配をかけさせるなよ」

「分かった!もう屋根には登らない!」

「上出来だ」


 後ろ髪を引かれる思いで、馬車に乗り込んだ。続いて乗り込んで来たシエルフォード殿下を直視できなくて、玻璃の外を眺めて誤魔化す。

 進む馬車の両端で、デューべの人々は次々に頭を垂れていく。


「何か物珍しいか?」


 頬杖をついて私を見る、シエルフォード殿下の目が楽しげだ。


「はい、この様に皆様から丁重に扱っていただけるのが、新鮮です。その、アクアクォーレでは、ライウス様と同じ馬車に乗ったこともないので…今とても驚いています」

「嫌じゃなければ、馬車に乗る時はこれからも一緒に乗りたいが」

「いいえ、光栄です」

「…ここはデューべ、貴方を歓迎する」


(私はそんなに良いものじゃない)


 たかが水源、私は歴代最も蔑まれた水の聖女だ。


 だが、


 されど水源である。

 今頃ライウス様がどんな吠え面をかいているかと思うと、ざまあみろと思えてくる。


(シエルフォード殿下は、きっと私を清いものとしてお考えかもしれない。でも、本当の私は今、こうして祖国に復讐するような醜い心の女だわ)

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