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非難されても

 三日が経って、私はシャーナさんの診療所で少しのお手伝いをするようになった。

 実は、倒れた次の日には回復して「もう大丈夫」とお墨付きを貰ったが、同時に「行く当てはあるのかい?」と問われて閉口してしまった。

 当然当てもない私はひとまず診療代を支払うことにしたのだ。


 ところが


 診療代は「5ゴールド」と言われて何度か聞き返したが、間違いなく「5ゴールド」だという。思考が追いつかないなりに「そんな筈はない」と食い下がった。そんなもの、水一杯の値段にもならないではないか。あまりにも安過ぎる。


 シャーナさんはため息をついて「そう言われても」と言うばかりだ。


「アクアクォーレでは、他国民に対してその50倍は取ります…!」

「…残念ながらここはデューべなの。良い?アクアクォーレが他国民に対してどうか知らないけれど、デューべではいちいち自国民か他国民かなんて気にしないわよ」


 なんだか、拍子抜けしてしまった。

 シャーナさんが言っていることが本当ならば、アクアクォーレから仕入れた水を、商人が安価で売っていると言うことだろうか。そんなもの、商売として成り立つはずがない。善意のボランティアなら、五年と待たず破産する。


 呆然としている私に「まあ」と言って頬をかきながら、シャーナさんは笑った。


「どんな事情があるのか知らないけど、行く当てがないなら、当分うちにいたら良いよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし!うちは診療所。患者じゃないなら、勿論働いてもらうけれどね」

「ありがとうございます!働きます!!」


 食い気味でお願いすると、「貴方、とことん変わってるわねぇ…」と言った。シャーナさんは不思議そうに「聖女なんて、みんな横柄だろうに」と呟いたのには引っかかったが。


 そんな訳で、薪を割ったり、中庭で育てている薬草に水をやったりするのが私の役割となったのだ。


 幼い頃に父がやっていたのを思い出しながら斧を下ろす。この十年、ペンより重たいものを持ってこなかった私の手のひらにはすぐにマメができてしまう。


(お父様が見たら、笑うかしら)


「ルナレスカ!昼餉にしましょう!」

「シャーナさん、あとこれだけ割ったら行きます!」

「真面目ねぇ。良いわよ、後でやれば。なんせ今日は暇だもの」


 そういえば午前中に湿布をもらいに老人が訪ねて来て以来、患者の姿はないようだ。


「あ、いけない。フォークとスプーンを出してくれる?」


 診療所に入るなり、シャーナさんは思い出したように手を打った。


「わあ、美味しそう!」


 ガラス製の器の中に何やら湯気のたたないスープと、色とりどりのハーブが浮かんでいる。

 カトラリーを並べてこれは何か問うた。


「涼麺よ。ルナレスカ、貴方ご飯は一切作れないのよねぇ…。私としては、料理をお願いしたかったんだけど。まあ、国の宝である聖女様が家事なんてできる訳ないか。巻を割るだけでも見事だわよ」

「パ、パンは焼けるんですよ!」

「パンなんて、砂漠の国じゃあんまり食べないわよ。口の中の水分が持っていかれちゃうんだから」


 食卓につくと、きつめの言葉とは裏腹に、シャーナさんはいつも楽しそうに食べている。


「いただきます」


 つるんとした麺が、冷たいスープの中を泳いでいる。

 酸味のある、独特な味のスープはデューべの定番の味付けらしい。スープやドレッシングや肉のソースや…この三日でよくこの味と出会った。

 しかし、私は時折この酸味のあるスープで咽せてしまうのだ。


(お、美味しいんだけど、喉が慣れない…)


「またあ?もう!」

「ご、ごめんなさい、げほげほ」


 水色の玻璃でできたグラスに、水差しから移した水をぽんと目の前に差し出された。


「はい、どうぞ」

「え!?い、いや…」

「なによ、咽せてるんでしょう?」

「でも、私は水の聖女で…げほげほ!」

「あのね、貴方自分で言ってたじゃない。身体を潤すことはできても、喉の刺激に対しては水を飲まなきゃいけないって。そりゃそうだわ」

「いえ、グラスだけ頂ければ自分で水を出現でき…」

「御託は良いからさっさと飲む!」

「はいっ!」


 ぐいっと一気に煽る。


 それがなんだか、妙に胸に込み上げて来て、ぽろりと涙が溢れてしまった。


「え…?ルナレスカ?」

「おいしい……」

「…え…?」

「おいしい。シャーナさん、なんでこんなに優しいの…」

「うーん…。私が特別な訳じゃないわ。デューべでは、割と普通のことよ」

「だって、高価な水なのに!自分で水を出せる私にまで、こんなこと…!」

「……まあ、私も二度アクアクォーレに行ったことがあるけれど…。確かにあの国で生まれ育ったらそういう価値観になるのかな」

「シャーナさん、アクアクォーレに?」


 頬杖をついて頷くシャーナさんは、「実は、そこで貴方に会っているのよ」と言った。


「え!?ええ!?私!!?」

「覚えていないでしょうけれど。簡単に買えると思っていた水を、アクアクォーレの人は売ってくれなかった」


 シャーナさんは、目を細めて私を見た。「それで」と言って私を指差す。


「貴方が私に水を与えてくれた。私が貴方を助けるよりも前に、貴方は私を助けているの。周りにどんなに非難されても、貴方は私の渇きが癒えるまで、水を与え続けてくれた」

「そんなことが…」

「だからね、貴方に薄い水の膜がなくても、水の聖女様だって一目でわかったわ」

「シャーナさん…!」

「何があったのか知らないけれど、貴方は自分をもっと誇りなさいよ」

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