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貴方、水の聖女でしょう?

「う……ん?」


 色とりどりの布が天井から垂れ下がっている。


(…綺麗)


 暫く見惚れていたが、一体ここはどこなのかと漸く思い至る。

 起きあがろうとして手を伸ばすと、目眩でくらくらした。不意に垂れ下がる布に触れてしまった時、シャラシャラと軽やかな金属音が鳴る。


「あら、起きた?」


 声のする方に頭を向けると、色とりどりの薄い布越しに、華奢な女性が何かを床に置いているのが見えた。


「キャラバン隊が砂漠で倒れている貴方を見つけて、この診療所に連れて来たの。ここを開けても?」

「あ、ありがとう、ございます。どうぞ開けてください」


 思ったよりも勢いよく布が引かれて、シャラシャラと音が鳴った。


(わ、)


 驚いて声が出てしまったかもしれない。あんまり綺麗な人で、思わず両手を口に当てた。

 にこりと口元だけで微笑んだその人は「うん、顔色が悪いわ。まだ寝てた方が良さそうね」と言った。

 意外と骨ばった彼女の親指が、私の頬を押さえてぐいと引っ張る。下瞼の色を見て、「ああ」と小さく言ってから腰に手を当てた。


「あたしはシャーナ。ここの医師よ。事情はよく知らないけれど、どうして水の聖女様が砂漠で倒れていたのかしら?」


(っっ!)


 なぜ私が水の聖女だと分かったのか、血の気がサッと引いて、余計にくらくらする。

 逡巡の末、仕方がなく素性を明かすことにした。


「助けて頂きありがとうございます。お察しの通り、私はアクアクォーレの水の聖女・ルナレスカと申します。…失礼ですが、なぜ私が水の聖女だと?」

「ああ、ふふ。貴方の意識がない間、とっても不思議なことが起こるのだもの。今だってほら、貴方を守るように薄く水の膜が貴方を包んでいる」

「え?」


 手のひらを見ると、ごく薄く水の膜が私を包んでいた。


(こんなこと、十年前に流行病で寝込んだ時以来だわ…)


「すみません…替えのシーツのお金をお支払いします」


 と謝ると、シャーナは首を伸ばして驚き、そして笑った。


「やだ、律儀ね。良いのよ、ここは乾燥しているからすぐ乾くもの。それより少し起き上がれる?水だけで飲んでいても良くはならないから」


 そう言って差し出された陶器のカップの中には半透明の水が入っていた。


「デューべの伝統的なジュースみたいなものね。塩分や糖分を補給するの」

「頂きます」


 スパイスのような辛さに蜂蜜のような甘さ、ほのかに感じる塩味。

 一口飲むごとに、身体に染み渡っていく。


「…とてもおいしいわ。貴重な水分をありがとうございます」

「あら、良いのよ。困った時はお互い様だわ」

「お礼に水を差し上げますわ。瓶などありましたら、ぜひそちらに…」


 私の申し出に、シャーナはすごく不思議そうな顔で眉根を寄せる。


「…どうして?」

「どうしてって…今の私にはそれくらいしかできることが…」

「貴方は倒れていたのよ?どうして今そんなことをする必要があるの?」

「えっ…えっと…?」


 私が水の聖女だからと言いかけた時、シャーナは呆れたように両手を上げた。


「良い?ここは診療所よ。貴方は患者。回復することだけを考えていれば良いの」

「でも……」

「でもじゃないわよ!回復するまで、自分のことだけ考えてなさいっ!」

「っっ!はいっ!」

「よし!ほら、目を閉じる!」

「は、はいっ!」


 開ける時よりも更に勢いよく布が閉じられる音がする。シャランシャランと言う金属音に混じって、どすどすとイラついた足音が遠ざかっていくのが分かった。


(シャーナ、不思議な人だー…!!)


 砂漠の国では貴重過ぎる水分。ここがアクアクォーレなら、他国民には水に対して重税がかかる。それは勿論水を飲むだけにとどまらず、水を使用した全てのことに高い税金がかかる。

 そして、ほとんど雨の降らない砂漠の国では、高い税金のかかった水をアクアクォーレから仕入れているはずだ。

 私を助けたキャラバン隊というのはもしかしたら、水を買いにアクアクォーレに来た商人たちかもしれない。


(私、ここの入院費、払えるかしら)


 ゾゾッとして、大きな声でシャーナを呼ぼうとしたが、また怒られてしまいそうなので、きつくきつく目を閉じることしかできなかった。

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