砂漠の砂(後半、過去の回想)
もうどれくらい歩いただろう。
(砂に足を取られて歩きにくいわ!)
砂漠に入った。と言うことは、ここはもう隣国デューべなのだろう。
遠くに印象的な建物が建ち並んでいるのが見える。見える限り全てが青と白を基調としているようだ。なんと美しいのだろう。
(あそこまで行けば、宿泊先のひとつも見つかると思うけれど…)
じりじりと照りつける太陽が痛い。砂に足を取られて派手に転んだ。
「っっっ!」
ヒールの靴なんかで来たことを後悔したけれど、砂漠に適した靴などアクアクォーレからあまり出たことのない私には分からない。
(思い至らなかったわ。今からでも編み上げのブーツを取りに帰ろうかしら…)
思った瞬間笑ってしまった。行ったところで門前払いである。
仕方がなく一歩を踏み出した時、痛烈な痛みが走った。ガラスでも刺さってしまったのかと思う。
(違う!砂が熱いのだわ!)
砂漠の砂は、灼熱の太陽に熱されて、裸足でなど到底歩けないのだと悟る。
慌てて後ろを振り返ったが、ヒールの靴はとうに砂に埋もれてしまったらしく、跡形もなくなっていた。
(どうしよう…)
夜を待って行動しようか…いやそれも危険だと考え込んでいるうちに、意識が朦朧として来た。
自分で自分の身体を潤すことなど造作もないはずなのに、どうしてか言いようのない目眩に襲われる。
両手に水を出現させてそれを飲み干しても、目眩はどんどん酷くなるばかりである。
突き刺すような日差しが体力を奪ってゆく。
デューべの街並みが歪んで見えた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
『今からでも遅くない。あの子が決して水の聖女だと悟られないようにしなければ』
死んだはずの両親が、薄明かりの中で頭を抱えている。
(これは、いつかの光景だ)
そんなことをぼんやりと考えていた。
私は、寝室から細く扉を開けて二人が話しているのを、じっと見ている。
大人が真剣な話をしているのは、なぜだか少し怖い。
『…あの子、今日花屋でガーベラが草臥れているのを見て、水を……』
『おい!なんで止めなかった!』
『勿論すぐ止めたわよ!でも…見られてしまった…』
父は母を平手で叩いた。
お前がきちんと見ていないからだと叱責している。
ああ、私のせいでまた両親がお互いを傷つけ合っている。
子どもの頃、何遍もそう思ったのを覚えている。けれど、一体私のどんな行動でそういう結果がもたらされるのか、よく理解ができなかったように思う。『人に優しくせよ』と言われる一方で『水を出してはならぬ』と言うから混乱したのだろう。今になれば、そう結論づけることができる。
母は近くて遠い扉の向こうで、頬を押さえて泣いた。
『っっっ!いくら注意して見ていても、まだ幼い子どもが突拍子もなくすることだもの…!!!』
『ルナレスカを当分家から出すな!』
『言われなくても、勿論そのつもりだわ!』
父はため息と共に、項垂れて天に祈るように手を組んだ。
『なぜ…王妃様がご存命であらせられるのに、それも庶民であるうちの子が、水の聖女として生まれっちまったんだ…っっ!!くそっ!!!』
『どうせ私が悪いんでしょう!?私が、そういう子に産んでしまったから!!』
ああ、なぜ私が私という存在で産まれてしまったのだろう。
(父と母に申し訳ないな…)
息が止まるほど深く、静かに、心が傷ついていくのがわかる。
(この時、私は泣いたのだったかしら…?)
いや、二人が話していることの意味がよく分からなかったはずだ。
ならば、私は過去を引っ張り出して、わざわざ傷ついているのか。
なんと滑稽なのだろう。
私は、あの日そうしたように、ゆっくり、ゆっくりと扉を閉めた。
細く伸びる光の筋が、すっかり消えてしまうと、私の意識も途切れた。
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