ローズナリアの最期
ゴーン、ゴーン、と二つ鐘が鳴った。
地下の、薄暗い回廊を進んだ先にある、囚人の檻へ向かう。ここに向かう前、ミレー様が勇気づけてくれたのを思い出しながら、確りとした足取りで進む。
(ああ、時間は…なんと惜しいものでしょう)
蝋燭の炎が、無情にも火の聖女と偽った彼女の顔をありありと映し出している。
「…惨めな私を笑いにきたのかしら?ルナレスカ」
「いいえ。貴方に急ぎ伝えるべきことがあってまいりました」
「もうすぐ死にゆく身よ。伝えて何になるというのかしら」
「ええ、ですが重要事項なのです」
「はっ!全て今更よ。例え宇宙の真理を教えてもらったって、これから断頭台に上がる私にとっては、一つも有益じゃないわ」
薄汚れたドレスに、まだらに残った紅、崩れた髪の毛。その全てが彼女の転落劇を物語っていた。
「…ですが、貴方にとって助けとなります」
「不要よ。貴方にかけられる情けなど、鼠の糞より不必要だわ」
「本心でそう仰っているのですか」
「貴方こそ、何なの?デューべの王太子妃になったからって偉そうに。私を笑う以外に何の用があるというの?」
「私は…貴方を赦せるか、判断しにまいりました」
「あはははは!!酷く傲慢ね!!どうして私が貴方に赦しを乞わねばならぬの!?冗談じゃないわ」
「ローズナリア様…」
鉄柵越しに見るローズナリアの姿。両親にまで見捨てられた偽聖女。
「貴方は、国民に頭を下げ、謝罪する心がありますか?」
「そんなもの、あるわけないじゃない!貴方に強要されるなら、尚更だわ!」
「なぜそんなに頑ななのですか?」
「貴方が気に入らないからよ!」
「そんな理由で国を巻き込んだのですか?」
「そんな理由?そんな理由ですって!?」
がしゃん、と柵に掴みかかったローズナリアは、口吻を撒き散らしながら叫んだ。
「貴族でなければ、人間ですらないのよ!!それが…聖女ってだけで王太子妃ですって!?偽聖女はアンタなんじゃないの!!?」
ふうふうと息を上げているローズナリアに、勤めて冷静に言った。
「…東洋に、覆水盆に返らずという諺があります」
「?」
「溢した水は、器には戻らない。過ぎた時間も、言ってしまったことも、犯した罪も、もう取り返しのつかないことだということなのです」
「ふん、それが、なんだって言うの?」
「…先ほど、王妃・ミューレ様が崩御されました」
「……え?」
ローズナリアは、ハッとして「さっきの鐘の音…」とぽつりと呟いたがもう遅い。
「ミューレ様は大変お心の広い方。国を欺き、国民を陥れた貴方にも恩赦のチャンスを望まれました。けれど、ただ無罪放免では国民が納得しないでしょう?だから、貴方にだけは、特例で条件を出したのです。もう、お分かりですね?」
にっこりと笑った私は、残酷なひと言を告げる。
「私、ルナレスカが赦しても良いと判断した場合に限り、大罪人ローズナリアをも恩赦を認める。つまり、私は貴方を見極めに来たのですよ、ローズナリア様」
ローズナリアはへたりと膝をつき、恐怖に震え始めた。
今度は他の誰からでもない、自分でチャンスを摘んだのだ。
「そ、そんな…ルナ…ルナレスカ」
「私は水の聖女ですから、溢れた水さえ器に返してみせることができます。ですが、貴方のことはどうやら救うことができないようです」
「あ、ああっ…嘘…」
破れたドレスや床がみるみる間に濡れていく。ショックで失禁したのだろう。
「これでお別れですわね、ローズナリア様。私のことが気に食わないのでしょう?早々に退散しますわ。それでは、さようなら」
「待って!!待って!!!待ってよ!!!!やだ……ねえ!待って……まっ……」
よく響く石造りの地下室は、ローズナリアの最後の悲鳴をいつまでも反響させた。
(ミューレ様、私には少々荷が重かったです)
これでは、まるで私が処刑人のようではないか。
「あ、」
地獄から這い上がった様な気分で空を見上げると、眩しさに立ちくらみを起こしそうになった。
(なんて抜ける様な空なのだろう)
こんなに青い空の日に死にゆくならば、地の底ではなく、空に堕ちていきそうである。
私は祈らずにはいられなかった。
「神よ、どうか全ての御霊を御下にお導きください」
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