アクアクォーレの王
「久しぶりだの。息災か?」
アクアクォーレの国王は、わざとらしい笑顔で繕ってそう言った。
「お陰様で、何不自由なく暮らしております」
「ふ、ははは!まるでアクアクォーレでは不自由だったような物言いだ」
「いえ、決してそのような…」
「まあよい。ライウスの独断で随分と迷惑をかけたな」
私とシエルが部屋から出たのはほとんど同じタイミングだった。そんなに離れていない扉から顔を覗かせたシエルは「何かされなかったか」という視線を向けたので、私は軽く首を横に振った。
(私がどこまでこのアクアクォーレに加担してくれるのか見極めるために、敢えて別室で事の真意を話したのだろう)
さて、どう来るか。
「街を見て驚いたであろう?そなたは渇きに喘ぐ善良な市民に、心を砕く聖女だ」
「そのことでございますが、デューべからご提案があります」
ぴくり、と左の眉毛が上下に動いた。
私がわざわざ「デューべから」と言うことに僅かな抵抗感が見え隠れしている。
私は敢えて笑顔で言った。
「夫からぜひ、ご説明させていただけますか?」
陛下は明らかに動揺している。だが、これで良い。
(今、陛下は最悪の事態を想定したはずだ)
ライウスに土産話として持ち帰らせた、デューべからの水の輸入。恐らくそれが頭を過っているだろうから。
「…お元気そうでなによりでございます、陛下」
「随分と…大きくなったな?シエルフォード殿」
「お会いしたのは、まだ僕が子どもの頃でしたから」
シエルは、私に自信あり気な目線を寄越した。
「単刀直入に問いますが、アクアクォーレは、ルナレスカにどのような贖罪をなさるおつもりですか?」
「ライウスの…愚息の処刑では物足りんと言うのか?」
ぎらりと眼光が光る。だが、こんなことで動揺してはならぬ。この男が一体何を考えているのか、腹の底が読めぬうちは。
「元王太子殿下の処刑は、この国が荒んだことに対する責任、でしょう?ルナレスカに対するものではない」
「っっ、貴様…」
「デューべから、二つご提案がございます」
シエルは、ぴっと長い指を二本突き立てた。
「一つ、デューべから、水を輸入するか」
「っっっ、それは…」
「…二つ、水の聖女によって、土地の境界なく雨を降らせるか」
「な、なんと?境界なく…?」
「ただし、これには条件がございます」
「…金、か」
「いえいえ、そのようなもの、頂いてもルナレスカの心は晴れぬでしょう」
「なら…どうすれば」
「城の入り口に、ルナレスカの銅像でも建てていただきましょう」
シエルは楽しそうにニコニコして言った。私はただ苦笑いを浮かべるよりない。
困惑しきった様子の陛下は「ど、銅像…?銅像…」と繰り返している。
「アクアクォーレを象徴するものは、デューべの聖女・ルナレスカ、というところでしょうか」
(悪い顔…)
陛下は胸の辺りを押さえて、ぎゅっと唇を噛み締めた。瞼がぴくぴくと痙攣している。今まで見くびっていた国の、それも随分と年下の青年に転がされているようで気に食わないのだろう。
「それは…」
「それがお嫌なら、砂漠を超えて水を買い付けますか?かつてのデューべのように。言っておきますが、水は重い。人件費と駱駝の世話代を考えると得策とは言えない」
「…雨が降るなら、これ以上のことはない。だが、ルナレスカ殿の銅像を建てるとして、我が国には鋳造するほどの火力は扱えぬ」
「勿論、デューべで最高品質の銅像を作りましょう」
(なんでシエルが楽しそうなのよ…)
陛下の額に、ピキッと青筋が立っているのがわかる。この屈辱に耐えられるのか。
そんな相手の様子を見て、シエルはメラッと炎を左手に出現させて言った。
「火はデューべの専売特許ですから」
あわあわと慌てながら、全員が後退りしている。火の聖女の不在に、私がデューべの聖女になったことで、いつ戦争の火種が落とされるか時間の問題だったけれど、水も火も得られなかったアクアクォーレの戦意はこれで完全に喪失しただろう。
(もしかしたら、ライウス様も陛下の手の上で転がされていただけなのかもしれない)
「火の、聖女が不在とは…偽りだったのか」
「いいえ、偽りなどではございません。僕は女ではありませんから」
「この……」
言いかけて、アクアクォーレの王は、がっくりと肩を落とした。
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