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断頭台への道すがら

 私はシエルを説得して、再びアクアクォーレの地を踏むことになった。


「ルナレスカ様!!」「ルナレスカ様だ!!」「水の聖女様が帰ってこられたぞ!!」


 大歓声が上がる。民衆はみな、何日も放浪したかのように窶れて砂に汚れた髪が固まっている。


(これが、水に恵まれない生活、なのだわ…)


 直面した祖国の現実に、ごくり、と生唾を嚥下する。


(驚いたわ)


 襲われ拘束され、我先に水を出せと指を立てられるくらいのことは想像していた。けれど、いざ帰国してみれば、そこには皆が整列し気力を振り絞って私の帰国を喜び、歓声を上げる人々の姿があった。

 あまりの違いに面くらったのが正直なところだ。私が居ぬ間に一体何があったのだろうか、と。


「…ルナ、ルナレスカ…殿」


 近衛兵に囲まれたライウスが、少し窶れた様子で私たちを直々に出迎えたので、少し驚きながらもスカートの裾を広げた。


「ご機嫌麗しゅうございます」

「麗しゅうなど…いや、それよりも良く来てくれた。早速だが、まとまった雨と、城の水瓶の水と、それから…」

「待って、待ってください。今日はそのことでお話がございます」

「話など聞いている暇はない。疲弊した民衆を見ろ」


 これには、シエルが「妻を追放した口がよくも言えたものだ」と挑発的に言ったので、はらはらした。

 ぎゅっと口を結んだライウスは、珍しく反省の色を顔に滲ませて首を垂れる。初めて見る光景だ。


「君を不要だと決めつけ、偽の聖女と気付かずローズナリアと婚約し、国はみるみる疲弊した。この通りだ、ルナレスカ殿」


 民衆が見守る中、ライウスは膝をついてそのまま地面に頭を擦り付けた。


「水は無限に湧くものだと思っていた。雨は勝手に降るものだと思っていた。君はただ、形式的に祈りを捧げているとばかり…!大地が乾燥することも、渇きに苦しむことも、想像すらしたことがなかった!!自分なら、父上よりもこの国をもっと強く、もっと反映させることができると。なんの実績もない俺の、なんの根拠もない、ただ傲慢だっただけの…」

「…ローズナリア様は今どこに?」

「これから、彼女には断頭台が待っている」


 誰よりもプライドの高い彼女が、檻の中でどのように過ごしているかなんて、想像に難くない。ライウスは疲れ切って、クマのできた目を萎ませて微笑んだ。


「…そして、俺も…」

「え…?」


 じゃらり、と腰のあたりから繋がる鎖を私に示した。

 見れば、その両腕は枷に繋がれているではないか。


「ライウス様…それは…」

「君を迎えることができたのは、最後の温情、とでも言えば良いか。俺はこれから死に向かう」

「っっっ!」

「国王の許可もなく、勝手に君を追放し、この有り様を作ったのは他ならぬ俺なのだ。国王は全ての責は俺にあると。廃位された俺は今、王太子でも、王族でもない。ただの罪人が王太子妃様を出迎えなんてと怒ってくれるか」


 土埃に汚れた手のひらに虚しく首を垂れて目線を落としている。


(だからって、どうしてライウス様が出迎えるなんてこと…)


 そこに、国王の画策が透けて見えた気がした。


「アクアクォーレに来て頂けたこと、感謝申し上げる」

「…どうか、最期の瞬間まで、ご自分の人生を全うしてください」


 へらっと笑った表情は、いつものふざけたライウスだった。


「俺は、君が好きだった」

「私は……」


 言い淀んでいる私の真横を通り過ぎる。


「これから死ぬんだぜ?ちょっとくらい気を遣って私も好きだったわくらい言えば良いのに」

「言葉がもったいのうございます」

「気をつけろよ。俺ですら、父上の駒にすぎない」


 振り向き見たその後ろ姿は、やはりどこかだらしがなかった。

 

(裸足で歩くなんてこと、今までの人生にあったのだろうか)


 私達から離れれば離れるほど、民衆からの投石の数が増えていく。


「お前のせいだ!」「早く連れて行け!!」「アクアクォーレの面汚し!」「さっさと殺してしまえ!」「斬った首を晒してくれ!そこにも石を投げてやる!!」「うちの子はあんたのせいで死んだんだ……」


 わあわあという叫び声は、次第に遠ざかっていった。


(…この声は、全て私にも与えられるべき罵声だ)


「…ルナリー?」

「っ……」

「どうした、ルナリー」


 そこへ恭しくお出迎えいただいたのは、見慣れたこの国の重鎮たち。


「この度は、アクアクォーレの非常事態に駆けつけて頂き、誠に感謝申し上げます」

「お久しぶりでございます。ネント卿」

「シエルフォード様、ルナレスカ様、砂漠を超えての移動はさぞ大変であったと推察します。しかし、今はこの通り国が疲弊している。どうかすぐにでも救済の雨を恵んでいただけませんか」

「失礼ですが、まずは国王陛下に謁見できますでしょうか」

「この件は私共が…」

「ネント卿、聞こえましたか?」


(私はもう、この国の傀儡ではない)


 私の後ろに立つ、シエルを見てやや萎縮したように顔を引き攣らせた。


「っっ。城へ、ご案内致します」





 それで、なぜ、私の部屋とシエルの部屋が分かれたのか。


(すぐに気がつけば良かった)


 ぴったりと並んで歩いていたはずのシエルが離れたのは、ごく自然発生的な流れに思えた。

 左右に並んだ私たちを、廊下のT字路で右に案内する者と左に案内する者。


「シエルフォード様!」

「なぜだ、妻と離れるなんて聞いていない!」


 どやどやと使用人達が間に入って、「陛下がじきに準備を終えますので、それまでこちらでお待ちください」と扉の中に半ば強制的に押し込まれてしまった。


「お話があるのです」


 入るなり、開口一番ネント卿はそう言った。何を考えているのか分からない、濁った深淵の目が次第にキュッと三日月のように細くなっていく。


「スカッとしましたでしょうか」

「はい?」

「我が国の恥晒し。元王太子殿下の醜態に」

「っっっ!!!…陛下の温情など、嘘だったのね」

「なぜお怒りになるのですか?陛下は良かれと思ってあのようなパフォーマンスをご用意したのです」

「わざと私に、処刑前のライウス様を引き合わせて…どうするおつもりなのですか」

「どうするなんて、物騒な…。ただ我々は水の聖女・ルナレスカ様に誠心誠意のお詫びの印をと。お望みならば偽聖女・ローズナリアの処刑もご覧頂けますが」

「っっっ!!話はそれだけですか!?シエルフォード様に、夫に合わせてください!」


 噛み付かんばかりの勢いに、まあまあと手を前に出して落ち着かせようとしている様が滑稽だ。


(…陛下は、王太子の死の間際をも私のご機嫌取りに使うことを厭わないのね)


 誠心誠意?便利な言葉だ。行きすぎればただの悪趣味である。

 やがて扉が開き「ご準備が整いましてございます。ご案内致します」と言って使用人が頭を下げた。

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