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捨ててしまうなんて酷い(シエルフォード視点)

 僕は馬鹿だ。


 少し開いた窓。温い風が吹き抜ける。ベッドに横たわるルナレスカの前髪を遊ばせた。


「…医師の見立てでは、過労とのこと。目が覚められたらご報告しますので、殿下も少しお休みになられては…」

「……いや、彼女のそばにいよう」

「…かしこまりました。私達は下がらせて頂きますので、何かありましたらお呼びください」


 気を遣ってくれたのか、二人きりにしてくれるようだ。

 ポットに入った冷たいフルーツティーに目が移ると「お入れしましょうか?」と問われた。

 このお茶を淹れる水でさえ、ルナレスカが齎したものである。そう思うとただただ胸が詰まる思いだ。

 僕が何も答えないので、侍女のルードアンは頭を下げて踵を返したらしい。

 その瞬間、少しだけ気が抜けて、ゴミ箱に視線が移った。あまり繁々見るのも良くはない、そう思うのだけれど、僕の視線はゴミ箱に釘付けになってしまった。

 今まさに退出しようとする侍女を引き止める。


「ルードアン、これは…?」

「なんです?…ああ、これは毎夜ルナレスカ様が刺していた刺繍ですが…捨ててあったのですか?」

「そのようだ」

「確か、猫を刺繍していると仰っていたかと思いますよ」


 その瞬間、ずんと心臓が重くなった。

 くしゃくしゃになったハンカチを丁寧に伸ばして、彼女が寝ずに刺していたというそれを見る。


「殿下…?どうされたのですか?」

「っっっ!!!」

「殿下」

「すまない、二人きりにさせてほしい」


 ルードアンは何かを察したように会釈をすると、静かに扉を閉めた。


『私、絵心ないんですから』


 ルナレスカが頬を赤くして言っていたのを思い出す。

 見れば、猫だという刺繍は、耳は丸いし顔が縦に長いし、大変珍妙な動物だった。


 けれどそれが、世界中の何よりも愛しく思えて、胸の前で大切に握りしめた。


「ルナレスカ、酷いじゃないか。捨ててしまうなんて」


 さらりと寝ている彼女の前髪を左右に分ける。


「君は僕に、刺繍など貰っても喜ばないと言ったな。だから捨ててしまったんだろうが、それはいけない。君が一生懸命作ったものを捨ててしまうなんて、僕は今まで生きてきた中で一番傷ついたと言える」


 目を固く閉じた君は、夢の中を漂っているのだろう。或いは僕の声が微かに夢に混じりやしないだろうか。


「僕が君を愛していると言うのが空々しいと感じるのは、言葉だけではなく態度で示さなかったからに他ならない。この一ヶ月間、僕は積極的に君との時間を作ってこなかったからな、反省している」


 なんだか少し口元が微笑んだように感じて、頬を撫でた。


「入籍してから、ルナレスカの仕事も僕の仕事も山積していたからな、言い訳かもしれないが。そうだ、君が起きたら一番に飲んで欲しくてフルーツティーを用意したんだ。喜んでくれるといいが」


 僕ばかり話していて滑稽かもしれない。けれど不思議と虚しさは感じなかった。


「君に話したいことがたくさんあるんだ。今まできちんと話す時間を設けなかったことに、やっと気づいた。それくらい僕は愚かなのだ」


 風が強くなってきた。今日、雨を降らせるのを延期して良かったと思う。


「過労で倒れるまで、君が抱えている問題や変化に、僕は本当に気がつかなかった。大馬鹿だろう?僕は君に自分の気持ちを押し付けるばかりで、ルナレスカのことを少しも思いやれていなかったと反省している。起きたら殴ってくれて良い」


 窓を閉め、彼女が横たわるベッドに腰を落とした。


「だから、早く目覚めてほしい。ルナリー」


 手の甲に口付けを落とす。この指にも、婚姻の証を贈ろう、そう思って細い指に指を絡めた。

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