休んでなどいられなくて
今日は三日に一度の雨を降らせる日だ。
けれど、朝からシエルフォード様が庭園の端にある稽古場で剣術の訓練をしていて、そろそろ雨が降ることに気がついていないようで…
(声をかけるにもかけにくいわ…)
ルードアンがそわそわしている私を見かねてか「ルナレスカ様」と声をかけた。
「庭の紫陽花がとても綺麗です。もうすぐ見ごろを過ぎてしまいますし、せっかくですから雨を降らせる前に見に行かれませんか?」
「そうねえ、見納めしにいくのは良いのだけれど…」
「シエルフォード様ですか?なんだか最近良く稽古をされていらっしゃいますよね。ちょうど良いではないですか」
「…というと?」
「シエルフォード様は、デューべの獅子・ロナウド卿をも凌ぐ強さですから。近くで見たらすごい迫力ですよ」
「ん?紫陽花は?」
「ついでみたいなものです!」
さあさあと案内されて、紫陽花の咲く、よく整備された庭園を歩いた。
(確かにもうすぐ見ごろを過ぎてしまいそう。雨を降らせたらゆっくり歩いて見られないし、ラッキーだったかも)
私が水の聖女だと、植物たちは知っている。歩くたびにさわさわと音を立てて、私へと精一杯花や葉を伸ばしている。
程なくしてカンカンと木刀の音が聞こえてきた。ルードアンは「あ、」と声を上げると、稽古場の入り口まで私の背中をぐいぐいと押した。
前髪を括っているシエルフォード様とばっちり目が合ってしまう。
「っ!ルナリ…ルナレスカ」
「ごめんなさい、邪魔をして」
「何かあったか?」
汗を袖で拭って、私の顔を覗き込んでくる。なぜか少し嬉しそうに「うん?」と首を傾げた。
「…そろそろ、雨を降らせたいのです。外にいたら濡れてしまいますわ」
「あ、ああ、そうか。もう前回の雨の日から三日経ったのだな。悪い、すぐに戻ろう」
ルードアンは、漂う雰囲気を察知して、焦ったように取り繕った。
「折角ですから、お二人とも休憩されたらどうですか?たまにはサロンお茶でも。すぐに用意させますから」
「ありがとう、でも私すぐに雨を降らせなければ。国民には午後一番にと報せてあるのだから、ずらすわけにはいかないでしょう?」
「…ですが、ついさっきまで帳簿や資料と睨めっこしていたではないですか。私、ルナレスカ様が心配です。ここのところ、夜もあまりお休みでないようですし…」
心配してくれる気持ちは嬉しいけれど、首を横に振った。
シエルフォード様が私の腕を掴んだので驚いてしまう。眉根を寄せて怪訝な顔をしていた。
「そうなのか?」
「いえ、大丈夫ですから、気になさらないでください」
「そう言うわけにはいかない。仕事の配分を少し考えよう。すまない、貯水池や農作物に関して、ここのところ君への負担が大きかったかも知れない。少し仕事を減らして…」
「大丈夫ですから、本当に…」
なぜかルードアンが堪らない顔になった。
「シエルフォード様が寝屋にいらっしゃらないからですわ!」
などと言ったので、私たちは大いにギョッとした。
「ルナレスカ様が思い悩んでいることも、ハーブティーや薬湯を用いてもよく眠れないことも…シエルフォード様がお部屋にいらっしゃれば自然とわかることかと思います」
「ちょっと、何を言うの!ルードアン!!」
私は必死に彼女を止めようとしたけれど、シエルフォード様はショックを受けたような顔をして、項垂れてしまった。
「そ、それは……しかし…。ルナレスカの負担になってしまうだろうからと…」
「刺繍に没頭していらっしゃるのも、本当は何か思いを吹っ切るように集中されているように見えて…とても見ていられません」
「刺繍…?ルナレスカ、それは…」
風が二人の間をすり抜けていく。間も無く、雨を降らせる時間だ。
「戻りましょう、そろそろ約束の時間ですから」
「この砂漠の地に雨をもたらしてくれることには感謝する。だが、君の負担になるなら、たまには休んで…」
「貯水池の水量が落ち着いたら、田畑の様子を見ながら一週間に一度に減らすことも考えていますが、今は安定的に雨をもたらす必要があるでしょう」
「ルナレスカ」
「平気です。慣れていますから。ルードアン、戻りましょう」
シエルフォード様は私の肩を掴んで引き戻そうとした。
「待ってくれ、その…君が休む時間を削ってまで刺繍を…?」
「…勘違いしないでください。眠れなくて針仕事をしていただけですから」
「それは君と約束した刺繍のハンカチのことではないのか?」
「私の刺繍など、貰っても嬉しくないでしょう?」
くるりと踵をかえしたので、シエルフォード様の表情はわからない。
窓に映った自分の顔を見る。どうしてか泣き出しそうな顔をしていた。
(バカみたい。何を今更傷ついたけれど顔なんかして…)
ぐらり、と視界が歪む。
「え?」
「ルナレスカ様?」
鈍い痛みが走る。どこか打ちつけたようだ。
うまく立ち上がれない。
「きゃああああ!!」
大きな悲鳴がとても小さく小さく聞こえた。溺れていくような、沼に引き摺り込まれるような、そんな意識の混濁。
小さくシエルフォード様が私の名前を呼ぶ声がしたけれど、深く闇に沈むと、やがてそれも聞こえなくなった。
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