私の刺繍など、きっと喜ばない(後半、シエルフォード視点)
「ルナレスカ様…まだお休みにならないのですか?」
あれから眠れない夜が続いて、ベッドの上で刺繍に没頭する日々。さすがに侍女たちが心配して、よく眠れるハーブティーだとか、アロマオイルだとか色々と試してはくれていたのだけれど…
(…瞼を閉じると蘇ってくるのだもの)
シエルフォード様のあの時の顔や、言葉や、部屋の空気感がありありと思い出されて悶々と考えてしまって、眠れない。
「…あともう少ししたら休むから、貴方たちも戻って?」
「ルナレスカ様が心配で…」
「ありがとう。でも、本当にすぐ休むから」
「あのう…ずっと気になっていたのですが、それは何の刺繍でしょうか?」
「ああ、これ?これは…猫よ」
「……ん?」
「ちょっと犬に見えるかもしれないけれど…」
「はあ……あ、いえ…そうなのですね?」
(やっぱり、ちょっと不恰好かしら…)
月が変わって、もうすぐシエルフォード様の誕生日だ。
気まずくてまともに目も合わせられないのだけれど、約束してしまったものはきちんと渡さねばなるまい。
(猫の刺繍なんて初めて。こんなので喜んでくれるとは到底思えないのだけれど)
「ルナレスカ様、昼は報告書と睨めっこして、夜は遅くまで刺繍…それに加えて貯水池の見回りに、雨も降らせているのですよ?良い加減倒れないか心配になります」
「大丈夫よ、全然元気だもの。さあ、もう下がって?」
侍女たちは、ぺこりと頭を下げて退出した。
これで朝まで起きていても何も言われないだろう。今は、何かしていないと、おかしくなりそうなのだ。
(…おかしくなる?なぜ?)
自分が変に怒ってしまったことが恥ずかしいのだろうか。
はあ、とため息をつく。ぴたりと針を止めた。
(待って、私、なんであんなに怒ったの…?)
もともとシエルフォード様が私を愛してくれているなんて思っていなかった。それがもしかしたら本当にそうなのかも知れないと思った途端、今度は急に突き放されたような気持ちになってしまった。
(分かっていたことじゃない、どうかしているわ…)
こんな刺繍を喜ばれるわけないのに、それでも理由を作って作業をしていないと、思い出してしまう。
思い出して、傷ついてしまうのだ。
ライウス様から婚約破棄を告げられた時も傷ついたけれど、それは水の聖女としての役割を否定されたような気持ちになったから。
なのになぜ、聖女を望むシエルフォード様と結婚したのに、こうもすれ違ってしまうのだろう。
(無茶苦茶だわ、私)
糸を留めて、完成した刺繍のハンカチを見ると、どうしようもない切なさが押し寄せてくる。
(きっと、貰っても困るわよね)
ぐっと涙を堪える。
完成した刺繍のハンカチは、ゴミ箱に捨ててしまった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
珍しく晩酌がしたいという父上が、やたらと度数の高いウイスキーを持ち出してきた。
「当てはチョコレートだ。珍しいだろう?」
「アクアクォーレで何度かウイスキーと一緒に食べましたから、そこまで珍しいとも思いません」
「はあ、全く…。可愛げがないな」
「母上が生きていたら、何と言うでしょうね」
チョコレートを摘む手が、ぴたりと止まった。
「…お前の母親にも、シュナイドの母親にも、可哀想なことをした」
「父上が母上を愛していたことだけは、分かります。けれど…」
「違う、事実は儂がいかんかったということだけだ。国王としてあってはならぬ。お前のように、次期国王の立場でありながら、愛する者と添い遂げなければならぬ者が一致していることなんて、砂漠の砂の一粒よりも少ない確率だろうな」
「…どうでしょうか」
父は深いため息をついた。「話は聞いておるよ」と言って、チョコレートを口に放る。
長い時間をかけて、ゆっくりと味わって、ウイスキーで流し込んでいる。まるで世界の幸福を全て知っているかのように頬が蕩けた。
「…うまいな」
「それは何よりでございます」
「ルナレスカは帰りたがっているのか?」
「いいえ、そうではありませんが…」
「心が通わぬと、寝屋も共にできぬか」
「そればかりが夫婦では、ないでしょう」
「普通は、そうかもしれんな」
「分かっております。ルナレスカをこれ以上なく護るためにも、デューべのためにも、世継ぎは急いだ方がいい。ルナレスカもそれは分かっている…でも……」
「はっはっは!」
抱えた頭をゆるりと上げて、余裕の笑みを浮かべている父を睨んだ。
「何が面白いのですか」
「圧倒的に話し合いが足りんな」
「…僕はちゃんと伝えています、ルナレスカを愛していると。彼女もそれを分かっているはずで…」
「ほう?いつの間にお前は読心術を体得したのかのお」
「は、はい?」
「はあ、良いか。なぜ言葉がある?心で思っていることを外側に示すためだろう。つまり、言葉にしなければ相手には自分の心の内側などわからぬと言うことだ。誤解の分だけ話し合い不足がある、それだけのことだ」
「そんなことは…」
「不服そうだな。ならば問うが、お前が火の聖女の素質を受け継いだことは話しているのか?」
僕は首を横に振ると、「ほらな」と言って、父上はまたチョコレートを口に放った。
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