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君に告白する

 シャーナさんが、私の体調を心配して王宮まで来てくれたというので、私は仕事を一時中断して応接間へ向かった。


(水路に関する報告書が終わったら、雨は今の雨量・頻度でどのように作物に影響があったか各地から上がっている報告をまとめて…)


 うーん、と考えながら扉を開けると、やあと手を挙げたのはきちんとした身なりのシュナイドさんだった。


「お久しぶりです、シュナイドさん。いつも通りのシャーナさんを想像していたので…びっくりしました」

「時折王宮に呼ばれることもあるからな、俺にもこれくらいの用意はあるんだ」

「…え…?」


(な、なんだかいつもと様子が違う…)


 戸惑う私の前に紅茶が出されて目線を落としたけれど、シュナイドさんがふっと笑ったのがわかる。


「なぁんてね。気楽にしてちょうだいよ…ってあたしが言うことじゃないんだけど」

「たはは。すみません、お世話になったのにご無沙汰してしまって」

「聞いたわよ?貴方、入籍だけ済ませてしまったんですって!?信じられないわ!殿下はそれで良しとしたの!?」

「いえ、私がそうお願いしたことですから」

「だとしてもよ!その文句もあって来たんだから!」

「…え?あの、私の診察に来たわけじゃ…」

「あら!貴方すこぶる健康でしょう!?旱魃続きのデューべに雨が降って、枯れた水路に水が流れたんだもの。診療所でもルナレスカの話題で持ちきりだわ」

「そういえば、カイリは元気?」

「ああ、あの生意気坊主ね」


 あの子が退院するところを見送ってあげられなかったことは、心にずっとひっかかっていたのだ。


「つい三日前も足を捻挫して来てたわよ。相変わらずね」

「また怪我をしたの?大丈夫かしら…」

「男なんてそんなもんさ。俺もそうだったし」

「は、はあ…」


(急に男みたいな口調になるんだもんなあ)


 とはいえ、今日はどこからどうみても男の人だし、さすがに女装で登城することはしないんだななんて思う。


「…って、話をはぐらかさないで頂戴。殿下は?まだ来ないの!?」


(シエルも呼ばれていたなんて聞いていないんだけど…)


 というか、あれから会えていないし、どんな顔で会えば良いのか分からない。


『僕が君を、本当に愛していることを、知ってくれないか』


 シエルが私にくれる言葉は、どれも私にはとても甘すぎて、優しすぎる。


(その愛に応えられない私が、いつまでもここにいて良いのかな…)


 考えれば考えるほど、私が水の聖女でなければ有り得なかった悩みだ。

 だから結局、どうしてもシエルの言葉は水の聖女に向けられた言葉で、私個人に向けられたものではないのではないかと疑ってしまう。


『僕の心を否定しないでくれるか』


 シエルの言葉が頭の中をぐるぐると巡った。


「……恋煩いかしら」

「は…はい?」

「やあねぇ、新婚だというのに、そんなふうに思い悩んでたんじゃあ先が思いやられるわ」

「そ、そんなんじゃ」


 がちゃりと扉の開く音がした。それだけで私はシエルの来訪がわかってしまい、一気に心拍数が上がってしまった。


「シエルフォード王太子殿下にお目見えします」


 シュナイドさんが跪いてくれたお陰で、私はなんとかその場を取り繕ってカーテシーをすることができた。


「ルナレスカ様も相変わらずお元気な様子で安心いたしました」


 シエルが、私とシュナイドさんとを見比べているのが分かる。


「ここでは堅苦しいのは抜きにしてくれ、兄上」

「……え?」


 驚きシュナイドさんを見ると、跪くのを止めて「そうだなぁ」と言った。

 すっくと立ち上がったシュナイドさんはシエルと対峙すると問うた。


「…シエルフォード。なぜ入籍だけ済ませてきちんと籍を挙げてやらない?」

「兄上には関係のないことだ」

「ルナレスカを愛しているというのは偽りか?」

「然るべき日に、きちんと式を挙げるつもりです」

「彼女は全然そのつもりがなさそうだが?」

「僕がちゃんと準備を整えてから言うつもりでした。こんなふうに問われて、彼女が聞いてしまうのは真に不本意です」

「お前がそんななら、俺が貰ってしまうぞ」

「…ご冗談を」


 なんだか訳がわからないうちに話がどんどん進んでいって、頭が混乱した私は、とにかくこの場を収めなかればならないと思って大声を上げた。


「お、お二人とも!落ち着いてください!!私には、もう、何が何だか、訳がわかりませんっっ!!!!」


 シエルとシュナイドさんはお互いを見合うと、ふんと鼻を鳴らした。





「…つまり、シュナイドさんはシエルフォード様の異母兄弟である、と」

「そうなの。あたし、国王陛下の庶子なのよーー」

「急にシャーナさんに戻るの止めてくれませんか…」

「もう、さっきから注文が難しいわね」

「その、ならば第一王子という立場でしょう?なぜ村の診療所に…?」

「だってあたし、継承権をとっくに放棄してるんだもの。正当な継承権を持つ弟殿下様よりも先に生まれちゃったもんだから、それはそれは早々に争いの火種になりそうだったんだから!」


(なるほど…)


 不思議なほど綺麗な所作、女性として振る舞っても違和感のない出立ち、それらは全て王族だったからに他ならないのだろう。


「で、でも、全然分かりません、その…どうして第一王子ともあろう方が、診療所に…?」

「ああ、それはシエルフォードの計らいだわ」

「…え?」


 シエルは、飲みかけの紅茶をテーブルに置くと、「その話は今良いだろう」と言った。


「今回ばかりは、貴方に感謝している。だが、ルナリーとのことには口出し無用だ」

「へえ?ルナリー、か」

「っ…」

「大切にしているようには到底見えないな」

「僕はルナリーの気持ちを大切にしてやりたい」

「なら、ルナレスカにそれが伝わっているのか?」


(うーん、この…どうして二人はこうもバチバチしているわけ!?)


「〜〜〜っっっ!!行こう、ルナリー」

「シ、シエルフォード様!?」

「なんだ、いつものようにシエルと呼んだら良いだろう?」

「え、ええ…?」


 勢いよく扉を閉めて、ずんずん歩いていくシエルに追いついていくのがやっとだ。

 振り解こうと思えば振り解けるほど優しく掴まれた手、それとはまるで正反対に私よりも全然広い歩幅で進んでいく歩調。


「シエル!?」


 押し込められたのは衣装室だった。息の荒い私と、全く息の上がっていないシエル。それがあんまり対照的で、なんだか一人でドキドキしているみたいで恥ずかしい。


「シエル、あの…」

「ルナリーは、随分兄上と仲が良いみたいだが」

「そう、ですか?でも、お世話になりましたし、数日間とはいえ私も診療所で過ごして…」

「もし、兄上がこの国の王太子だったら君は…僕じゃなくて兄上を選んだか?」

「どうしてしまったんですか、シエル…変な質問をして」

「変なんかじゃない。時折考えるんだ。僕がこの国の王太子じゃなかったらって…。そうしたら君を繋ぎ止めて置くものは、僕には王太子という立場しかないのだと、重く自覚する」


 ずきりと胸が痛んだ。

 自分でもどうしてか分からない。けれど


「私だって…同じです。もし、水の聖女が私じゃなくて、他の誰かだったなら、シエルは……」

「ルナリー…」

「もちろん、シエルが私のことを愛してくださっているのは伝わっております。でも、だったら、もし水の聖女が私以外の誰かだったら…そう考えてしまうのです」


(おかしいな私、自分でもなんでこんな言葉が出てくるのか分からない)


「君は以前、求婚されるまで会ったこともなかったと言ったな」

「ええ」

「それは違う。僕たちはそれよりも前に出会っているんだよ、ルナリー」

「そんなはず…私、隣国との会合などには出席したことも…」

「今、君に初めて告白する。僕は身分を隠してアクアクォーレに入国した」

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