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火の聖女の出番だ(前半、ライウス視点、後半、ローズナリア視点)

「…水の聖女を奪還できなかったと聞いた」

「で、ですから、それは…」


 国王である父は、俺をギラリと睨みつけると手に持ったゴブレットを投げつけた。

 思わず躱したゴブレットは、背後の窓ガラスを破る。ものすごい音がした。


「ルナレスカがデューべの王太子、シエルフォードの妃に収まったのも、お前がみすみす追放したせいだろう!」

「っっっ!!」

「水の聖女がなんの争いもなく、ただ追放されたのなら、すぐに娶るだろう。儂が彼方の立場でもそうしたはずだ」

「あ、ああ…」

「この体たらくが!」


 ばたばたと臣下達が走ってきて頭を垂れた。


「ご報告します。東のムーリアが西のクラバに侵略を始めたそうです」

「っ!なんだと!?こんな時に…」

「西は土地が低い上、水捌けの悪い土地でしたが、少ない実りや水を奪うことが目的かと」

「〜〜〜!!!!ライウス!!」


 腰を抜かした俺の胸ぐらを、父は鷲掴みにして立たせた。


「こうなったのも、全てお前のせいだ!!」

「落ち着いて下さい!俺たちには、ローズナリアがいるではないですか!」

「今足りないのは水だ!!!火の聖女がいて、何の足しになるんだ!」

「な、何を仰いますか。ムーリアとクラバの争い、火をもって終わらすことができるでしょう」

「…なんだと?」





✳︎ ✳︎ ✳︎





 ライウス様が帰っていらした。

 待ち侘びていた私の未来の旦那様、きっとたくさんのお土産を買ってきてくださっているはずで…


「……ライウス様?」

「君の力を見せつけてやって欲しい」


 私に会うなり、開口一番そう言ったライウス様は、私の腕を掴んで歩き出した。

 おろおろする侍女の使えないことと言ったら!


「い、痛いですわ!離して下さい!」


 ライウス様の目は、どこか遠くを見ているようで、私の声がまるで聞こえていないみたいだった。

 無理矢理に馬車に押し込まれて、状況が分からぬ私はただ怖くなるばかりだ。


「ライウス様!?これはどういうことですか!?」

「君の出番だよ、ローズナリア。クラバ領に攻め入るムーリア軍を、鎮圧して欲しい」

「今…今、なんと!?クラバ、ですって…?」

「君の父君が治める土地じゃないか。ローズナリアだって心配だろう?君の力で父君や兄君を助けてやれば良い」

「そ、そんな!王国の軍を派遣なさらないのですか!?」


 ライウス様はきょとんとして首を傾げた後、疲れ切ったように笑った。


「何を言う?火の聖女である君が、業火で散らせば、侵略は治るじゃないか」

「っっっ!!!!」

「君が水の聖女よりも活用できることを、民衆に見せつけるチャンスだ」

「ラ、ライウス様!?デューべへ行っていらしたのですよね!?その…私には何も…?」

「俺は間違っていない、俺は間違ってなんか…」

「っっっ!ライウス様!!」

「ルナレスカと婚約破棄までして、火の聖女を迎え入れたんだ、間違ってなんかいない」


(……またルナレスカ)


 追い払ったのに、影のようにずっとついて回る忌まわしい名前。

 せっかくライウス様との婚約が叶ったというのに、私の心は少しも晴れやかじゃない。


 ふと玻璃の外が気になって、馬車の窓を開けた。乾燥した風が砂埃を巻き上げて、目を開けていられない。


「なによ!これ!!」


 すぐにぴったりと窓を閉じたが、髪の毛は砂埃で白く汚れてしまった。


「ライウス様!?馬車を停めてください!私、嫌だわ、こんな……」

「俺は間違ってなんかいない。間違っていないんだ」

「っっっ!!」


 婚約者を争いの前線に送ろうとする王太子殿下は、少しも私を愛してなどいらっしゃらないのだろう。


(それでも良い。どんな夫婦の形でも良い。ライウス様が私のお側にいてくれるなら)


 例えこの国が滅んでも、私の隣にライウス様がいてくれさえすれば、それで良い。あの女から奪った人、アクアクォーレの輝かしい王太子、羨望の眼差し。私の心はそれで満たされるのだから。

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