貴方を愛したことなどありません
「ば、馬鹿なことを…ルナレスカは俺のことを愛していたんだ。デューべはそこまでして水の聖女が欲しいのか?」
「事実だから仕方がないだろう。先日入籍を済ませて、彼女は立派にデューべの王太子妃だ」
ライウスは、驚きと絶望感に打ちひしがれた顔で立ち尽くしている。
「っっっ!!!ルナ!!!」
再び私へと述べられた手。それをシエルが払った。
「他人の妻を愛称で呼ばないでくれるか。胸糞が悪い」
「くっ…この…!!!」
「婚約を破棄しておきながら、今更取り返そうなど随分虫のいい話だな。…もしかすると、水の国・アクアクォーレは聖女殿の不在で水に困っていらっしゃるのか?」
心配しているようで、実に馬鹿にしたような笑顔。首を傾げているようで、見下しているような態度だ。
(いっそ清々しいわ)
「べ、別に困ってなど…我が国は水の国で…」
「そうか!ならば良かった!」
「え…」
「我が妻が故郷に戻る理由はなさそうだ」
「っっっ!」
ライウスは、はくはくと口を戦慄かせてから私に訴えた。
「あ、愛し合っていたじゃないか。俺たち…なあ、そうだろう?」
「愛し…?」
「覚えているか?ルナレスカがくれたこの刺繍のハンカチ、いまでも大事に持っているんだ」
「ああ、それは…」
「君だって、俺が誕生日に送った薔薇の花、窓辺に飾っていたじゃないか」
「誕生日、」
「そう、十二月の誕生花の薔薇を、贈っただろう?」
「…真っ赤な、燃えるように赤い薔薇の花でしたわ」
「え…?」
「ライウス様、刺繍のハンカチを渡したら、愛していることになるのですか?」
問われたライウスは眉根を寄せて、冷や汗をかいている。
「ど、どういうことだよ」
「お言葉ですが、貴方を愛したことなどありません。水の聖女はアクアクォーレの国母になる、その因習のための結婚。それだけの認識です」
「おいおい、婚約破棄したこと、まだ怒っているのか?」
「…はあ、お誕生日に王太子の婚約者が何も贈らないわけにいきませぬでしょう。自分が持っている針と糸でできることをしたまでです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「で、でも…!」
「この機会にお伝えしましょう。私の誕生日は十二月ではありません。ずっと、勘違いされていたようですが」
「……え?」
「ライウス様にとって、私なんてそれくらいの価値の人間なのです。そんな風に思われているのに、私がライウス様を愛することができましょうか?貴方も、ただ、去ってしまったものが今になって惜しくなっただけのこと。どうぞお忘れになって、ローズナリア様とお幸せにお過ごしください」
へたり、と座り込んだライウスを尻目に立ち去ろうとした時だった。
「ま、待って…待ってくれ!」
「まだ何か?」
「ア、アクアクォーレの…」
「?」
「っっっ…」
「ライウス様、これ以上私から何も言うことはありません」
「アクアクォーレの水が枯れてしまった!!!」
一瞬、場が固まった。時が止まってしまったようだ。
「水の国である、アクアクォーレが…今、旱魃の危機に瀕しているのだ…!だ、だから頼む、この通りだ!アクアクォーレに戻って、聖女の勤めを果たしてくれ!」
驚いたことに、ライウスは膝を折って頭を垂れた。
でも、だからなんだと言うのだろう。
私は冷めた目線で一瞥した。
「嫌ですわ」
「え?」
「私を国外追放した時点で、そうなることは分かりましょう?それでも追放したなら、それは私の責任ではありません」
「ああ!もう!だからこうして迎えに来てやったんじゃないか!!」
「頼んでいませんし、私はシエルフォード様の妻ですから、アクアクォーレに戻ることはございません。お引き取りください!」
再度歩き出そうとしたが、今度はライウスが扉の前に立ち塞がった。
「国民が渇きに苦しんでいるんだぞ!?他国の奴にほいほい水をくれておきながら、随分だな!」
「ではお聞きしますが、水の国である事を良いことに驕っていたのは誰でしょうか」
「だから!こんなことになるなんて聞いてないッ!知っていたら、みすみす追放などするかよ!なんとか…なんとかしろ!!!!」
「はあ……では、デューべから水を買ったら良いでしょう」
「な、なに…!?」
「アクアクォーレがそうしたように、デューべは水を売りましょう。つまり、アクアクォーレはデューべから水を買い付ければ良いのですわ」
「水を…買う?アクアクォーレが?無限に湧いていた、ただの水を…買う?」
「アクアクォーレの水ではありません。私が湧かせた水です。アクアクォーレを水の国たらしめたのは、歴代水の聖女達の力です」
どさり、と尻餅をついたライウスを横目に、私たちは部屋を後にした。
その去り際、シエルはライウスにぽつりと言った。
「アクアクォーレで他国民が水を買うよりは安くしてやろう。水の輸出入に関しての諸般の手続きは、ローロイ宰相と相談してくれ」
睨みつけるほどの余裕もなく、ただ茫然としていたライウスを、皮肉にも初めて王太子らしいと思った。
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