シエル様の甘い言葉が、心を溶かして…
すっかり日が落ちて、王宮に戻る馬車の中。隣に座るシエル様は、よく表情が分からないものの、暗い雰囲気だけは伝わってきた。
(お疲れなのかな…私がまだ見て回ると言ったから怒っているのかもしれない)
明朝早く、また水路を回らなければならないことを考えると、少し強行過ぎただろうか。
「ルナリー」
じろじろ見ていたのがバレてしまったと思って、肩が跳ねた。
「どうしてそんなに無理をする?どうして君は、君自身を犠牲にする?」
「……え?」
「頼むから、次は少し余力を残してくれないか」
心がずっしり重くなるような、切ない怒りを感じて、涙がこぼれそうになった。
「ごめん、なさい」
かろうじてそう言うと、シエル様は私の肩を抱いた。薄暗くてよく見えないけれど、髪の隙間からシエル様の目に涙が溜まっているのが見えた。
「謝らなくて良いんだよ、ルナリー。皆、君に感謝している」
「で、でも、結果私が見て回ると言ったことで、みんなが…シ、シエル…にも負担に…」
シエル様は首を傾げて、寂しそうに笑った。
「やっと、聞けた。やっと、呼んでくれた」
「っ、はい」
「僕はただ見て回っただけ。君以上に負担なことがあるか」
「えっと…?」
「頑張る君が好きだ、自分のことよりも他人のことを考える君が好きだ、祖国を追われてまで矜持を貫く君が好きだ」
「え?」
「きっと、君には百分の一も伝わらないかもしれないけれど」
「…シエル、私はデューべのための聖女です。これからも、ずっと」
「もっと、僕の名前を呼んでくれるかい?」
「シエル…」
「っっ…好きだ。ルナリーが、好きだよ」
どうしてしまったんだろう。
しつこいくらい愛の言葉を浴びせられて、本当に勘違いしてしまいそうになる。
(愛なんかで縛らなくても、私はデューべで生きると決めたのに)
でも、それを言ったらなぜかシエル様が悲しそうな顔をする気がして、言うことができなかった。
初めて、シエル様は私をきつく抱きしめてくれた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
馬車から降りて、公爵に呼び止められたシエル様が「先に行っていてくれ」と言うので、頭を下げて先に王宮に入った。
ルードアンが螺旋階段の上から駆け降りてくるのが見えて、手を上げた時だった。
「ちょっとあんた」
呼び止めたのは、窓拭きを命じた侍女達だった。
「あ、」
「あんた、アクアクォーレの人にしてはやるじゃない。窓が全てピカピカだわ!こんな輝きは今までにないくらい」「本当に!拭き筋ひとつ残らないなんて、どうやったの?教えて欲しいわ!」
私は、はははと笑って「それはどうも」と言って頬をかいた。
「私たち、これから休憩なの。とっておきのクッキーがあるのよ。貴方も一緒にいかが?」
「お招きとても嬉しいです。ありがとうございます」
「それと…強くあたってごめんなさい。アクアクォーレなんてどうせデューべを見下してるなんて思って…。貴方のような人もいるのね」
「それは仕方がありません。祖国が傲慢なのは事実ですから」
「貴方の名前を聞いても?」
「私は…ルナレスカ、と申します」
「や、やだ。もう意地を張らなくて良いんだって…」
ルードアンが階段を下り切った時、「ルナレスカ様!?どうされたのですか!?」と言うのと、シエルフォード様が「どうしたんだ?」と大股で近づいてきて私の肩を抱いたのは、ほとんど同時だった。
「いいえ、なんでもありませんわ」
「?そうかい?ああ、君たち。ルナレスカの湯浴みの支度を整えてくれないか?」
「え…あ……は、はい」
「さあ、ルナリー、行こうか。今日は疲れたろう?ゆっくり疲れを落としておいで」
私の正体を知って、驚愕に立っているのもやっとという侍女達が、少し哀れに思えた。
「あのう、私、この方達とお茶の約束をしましたので、行ってきてもよろしいですか?」
シエル様は何を言っているのか分からないと言う顔をしていたが、侍女達はすかさず否定した。
「めめめめめ、滅相もございません!すぐに湯浴みの準備を整えます!」
「でも、とっておきのクッキー…」
「ののののの、後程失礼でなければお部屋にお持ちしますので!」
「そう?残念だわ…」
彼女達が仕事に誇りを持っていて、時に突っ走ってしまうのは、どこか私との共通点があるように感じて、罰したりシエル様に言いつけるというようなことはしたくないなと思った。
『陛下や殿下、聖女様が過ごしやすいようにするのが私たちの仕事』
(ずっと誇りを持って、王宮で働いてくれたら良いな)
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