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水の聖女様はどうしたって言ってんだ!(前半、シエルフォード視点)

 屋敷中を探してもルナリーは見当たらなかった。これはいよいよ連れ去られたのか、ならば城の中でどうやって?と疑問が残る。

 どう考えても、状況は彼女が城の外に出て行ったということになるが…。


(果たして、どうだろう)


 捜索範囲を外に広げようと、庭園に出た時だった。


「シエルフォード様!!!」


 余裕のない叫び声に、振り返る。髪を振り解いて、侍女服で走ってくる女性がいる。

 よく見れば、それは…


「ルナリー!!!?」

「も、申し訳ありません!すぐに参りましょう!」


 ぜえぜえと息をあげる彼女は、僕の前で膝に手をついて崩れ落ちそうだった。


「君、なんだってそんな格好を…?」

「今はそんなこと、気にしている余裕などありませんわ」

「っ…わかった、すぐに行こう。馬車を待たせてある」

「感謝します」


 ふら、と歩き出そうとする彼女を受け止めて、胸の前に抱えた。


「シ、シエル様!?」

「だから、二人きりの時に様はいらないと言ったはずだ」

「っっっ…はぃ…」


 耳元で囁いたのがいけなかったのか、顔を両手で覆ってしまった。


(僕は君がかわいくて仕方がないのに…)


 女性の扱いに慣れているわけではないが、どうも難しいなと思う。


(わかっている)


 ルナリーは身の安全のために結婚したに過ぎない。僕がどんなに愛を伝えても、きっと彼女が応えることはないだろう。


(僕はそこまで自惚れていない)


 けれど、それでもいいと思った。君を護ることが、僕にできる最大限の愛情表現なのだろう。

 それ以上は決して望むまい。望むまいと思うのに、どうしてだろう、君のことになるとムキになってしまうのは。


 馬車に彼女を乗せると、少し疲れた様子だったので「着いたら起こすから寝たらどうだ?」と聞いた。


「民が渇きに苦しんでいるかもしれませんのに、心配で眠るなんて、とても…」


 馬車が走り出してからと言うもの、ルナリーはそわそわして落ち着かない様子で窓の外を眺めていた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 民衆たちは、服の汚れをパンパンと払ってから、帰り支度を始めるのが窓から見えた。

 思わず窓を開けると、様々な声が飛び交っているのが風に混じって聞こえてくる。


「期待してた俺たちが馬鹿だったんだ」「やっぱり聖女様はデューべに心を向けることなんて…」「おい、あれ見ろ!」


 私はその光景に、馬車が減速したのを知って、シエルフォード様の制止を振り切って、停車する前に扉を開けて飛び降りた。

 靴が脱げるのも構わず、裸足で駆ける。

 民衆達は、みなたじろいでお互いの目を見ては「なんだなんだ」と繰り返した。

 私は息を切らして、ぺこりと頭を下げる。


「お待たせして申し訳ありません!水路はここですか!?」

「あ、ああ…そうだ」


 農民の一人が、麦わら帽子を取り去って頷いた。

 魔石は赤く明滅している。


(一気に流すより、まずは量を調整しながら…)


「あ、あんたは一体誰なんだ?水の聖女様は?」

「下がってください」

「王宮の侍女だろう?水の聖女様はどうしたって聞いてんだ!」


 私は飛び交う様々な声に集中が途切れないことを懸念しながらも、水路に水が滑ることをイメージしながら祈った。


「お、おい!見ろ!!」「水、水だ!!」


 私の祈りに呼応して、水がさらさらと流れていく。

 集まった民衆から歓喜とも響めきともつかぬ声が、あちこちから漏れた。


 魔石は明滅の頻度を減らしながら、ゆっくり光っている。


「ルナリー!危ないじゃないか、飛び降りたりして!」


 シエルフォード様が駆けてきて、思い切り肩を掴んだ。


「今はそれどころではありません。この魔石はどのように光るのが正常ですか?」

「っ…、赤の明滅から注意を表す黄色に、黄色から水色に変われば問題なく稼働できていることになる。深い青になれば、貯水量が十分にあることを示している」

「分かりました。ではまずは魔石が水色になるよう調整しましょう」


 ゆっくり、ゆっくりではあるが、魔石は次第に水色に輝きを変えた。


「あ、あなたが聖女様でいらっしゃるのですか!?」「アクアクォーレの聖女様が、デューべの渇きを潤してくれたぞ!」「ありがとうございます!」


 私を囲んで、涙を溜めながら口々に感謝の言葉が飛び交っている。


「こんなに感謝していただけるなんて、これ以上ない喜びです」


 私はぺこりと頭を下げると、その場を立ち去ろうとした。


「聖女様、もう行ってしまわれるのですか!?」

「ええ。問題は水路だけじゃないでしょうから…。シエルフォード様」


 シエル様は頷く。先に到着していたフェラー公爵と名乗る男性が「こちらへ」と案内した。

 騎士団や、ローロイ卿が後に続く。


「まずは靴を履いたらどうだ」

「申し訳ありません、仰る通りですわね」

「君が民を心から思っていることはありがたいが、もっと自分のことも大切にしてくれないか」


 シエル様は跪き、脱げた靴を私の足に履かせてくれた。


「お、王太子殿下ともあろう方が私のような者の靴を履かせるなど…」

「何を言うんだ、君はもう王太子妃じゃないか」


(そうだけど、そうじゃなくて!)


「さあ、あれを見てくれるか」

「これが…貯水池ですか」


 ぽっかりと巨大な穴が空いたような地面の凹みに、吸い込まれそうな感覚にすら陥った。


「かなりの量だが、ここを満水にできるか?」

「……いいえ、ここは満水にしません」


 下臣達はざわめき、異議を唱えた。だが、私は毅然として言った。


「ここを満水にしても、大地が乾燥しているでしょう?なら雨を降らせる必要がありますわ。そうすると、ここを満水にしてしまったら、今度は雨で溢れて水害となってしまうのではないでしょうか」


 私の言葉に、皆が騒めく。


「ううむ…」「水害か、考えたこともなかった」「そう言うことがあると言うことは知っているが、本でしか読んだことがないな」


 アクアクォーレでは当然のことでも、彼らにとっては未知のことなのである。

 私は首を横に振った。


「砂漠の国ではそれも仕方がないことだと思います。今日、貯水池に溜める水は三分の一に留めましょう」

「わ、わかりました」

「雨は三日に一度のペースを一か月と言うところでしょうか」


 皆が顔を見合わせて、結局「聖女様にお任せします」と言われた。


 貯水池の水を満水にすること自体、時間のかかることではない。ただ、そこに多量の水を出現させるだけの話だ。


(でも、少し集中力が途切れがちだわ)


 どちらかといえば、窓に水を滑らせるような繊細な力の使い方の方が疲弊すると言うことがよく分かった。


「おお、一瞬でこれだけの水が…」「奇跡…奇跡だ」


 ふう、と思いため息をついて、彼らを見る。


「さて、他の貯水池や水路も見て回りましょうか」

「え!?ですが、まもなく日が暮れます!」

「日が落ちるまで、できるだけ多くの調査をしましょう。水がなく渇きに飢えた民を放っておくなど忍びないですから」


 シエル様は止めたが、結局「聖女様がそう仰るなら…」ということで、日が暮れるまで三ヶ所の水路と貯水池に水を流して回った。

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