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入籍するというのに、シエル様はご機嫌斜めです

(無事に入籍する運びとなったわけだけれど…)


 シエル様は私と目線を合わせてくれない。


(不機嫌、なのかしら)


 綺麗な青いドレスを用意してくれたので袖を通すと、サイズがぴったりだった。


「…本当はウェディングドレスを贈りたかったんだが、入籍だけだというのなら純白のドレスを贈るなんて、どうも癪でな」


(やっぱり怒っていらっしゃるわね…)


 民のためとはいえ、仮にも王太子という立場上、国民に祝福され、たくさんの招待客に囲まれた華やかなものを望むだろう。


「私のようなものが出過ぎた提案をして、申し訳ありませんでした」

「良い。君はデューべの民のために提案してくれたんだから。寧ろ僕も感謝すべきなんだろうが、生憎そんなにできた人間じゃなくてな」

「…いえ、当然のお怒りだと思います」

「怒って、というのとはまた違うが…まあ良い。そのドレスも、本当は然るべき時のために贈りたいものだったんだ」

「え?」


 くるりと回ってみる。銀糸を使っているのだろうか。教会のステンドグラスの光を浴びて、キラキラと控えめに輝いている。

 淡い青の生地が、歩く度軽やかに風を孕んで、それはまるで…


「波の、煌めきのようですわ…」

「ルナリーが気に入ってくれたなら、それで良い」

「私のために?」

「サイズがぴったりだろう?」


(本当に、なんて美しいドレスなのかしら…)


 ぎゅっと手を胸の前で合わせる。心がほのかに温かいのを感じた。

 シエル様にエスコートされながら、神官の待つ祈りの場へと歩んだ。

 老いた神官は、目尻にたくさんの皺を刻みながら微笑む。


「本日は大変急なことで。ですが、神はお二人の覚悟を既にご存知です。全てはデューべの民のため。神はお二人を、光をもって祝福されております」


 シエル様と向き合うよう、神父が手で示す。


「シエルフォード・デューべ王太子殿下、未来の王。汝、如何なる時も今この時に誓う神との契約に背くことなく、聖女・ルナレスカを愛し抜くと誓いますか」

「はい、この命をもって誓います」


 誓いの言葉は、アクアクォーレとは違い、かなり重たい誓約の意味があると聞いている。

 この場には、神官を含めた三人しかいないというのに、緊張の度合いが高まっていく。


「聖女・ルナレスカ。汝、如何なる時も今この時に誓う神との契約に背くことなく、シエルフォード・デューべ王太子殿下を愛し抜くと誓いますか」

「は、はい。この命をもって誓います」


 シエル様は私をじっと見つめると、肩に手を置いた。

 思わず、ぎゅっと目を瞑ると、その固く閉ざされた瞼にくちづけを落としてくれた。


「…っ!」


 シエル様は何事もなかったかのように澄ました顔で、台に置かれた書類にさらさらとサインを書く。


(神の御前で契約書類にサインをすれば良いわけね)


 私は渡されたペンを持つと、シエル様のサインを見て(わ、)と思う。


(サインが、まるで光の筋のよう…)


 恐る恐るルナレスカの文字を刻むと、やかでそれも眩しいほどに光り始める。


「神は大いにお喜びです。二人に寿いでおいでです」


 そう言うと、神官はサインをした書類を高くかかげた。

 なんて荘厳で美しいのだろう。しばらくその様子を眺めていたかったのに、シエル様は踵を返して扉に向かっていってしまう。


「…無事に入籍は済んだ。僕はこのまま水路に向かう。ルナレスカ、遠隔で力を使うことが可能なら、部屋を用意させるがどうする?」

「せっかくのお申し出なのですが、魔石を使った水路というのが初めてなので、現地に行ってみないことには…」

「分かった、僕は馬車に乗って待っている。支度ができたら、声をかけてくれ」


 その言葉に頷き、シエル様の後に続いた。


「ふぉふぉ、あと何年生きられるか分からないが…デューべの未来が楽しみですなぁ」


 神官はステンドグラスの前で手を組むと、一礼して退がった。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 ドレスから着替えるために、部屋の前で控えているはずのルードアンを廊下の端から最奥に見つけた時だった。


「ちょっと!また貴方なの!?」


 後ろから声をかけてきたのは、サービスワゴンをシエル様と私に持っていくよう指示した侍女たちであった。


(まだ思い違いをしているみたいね、急を要するし、早く正体を明かさなくては)


「あなた、名前は?」

「私はルナレ…」

「まあ良いわ、名前なんて。それよりどうして貴方がそんなドレスを着ているのよ。ああ、アクアクォーレではそんなに凝ったデザインのものなど珍しいので、着てみたくなったのかしら?」

「私は…私が水の聖女・ルナレスカ、付き人なんて連れてきていないわ!」

「言うに事欠いて自分が聖女様だって?デューべの使用人など、本物の聖女様に合わせるのも勿体無いと思っているのかしら!?どこまでアクアクォーレはデューべを馬鹿にするのかしらね!」


(とりつく島もない)


「良いから早くこの侍女服に着替えて頂戴!王宮では皆これで仕事をしているんだから、合わせてもらわないと困るわ」

「そんな…!すぐに水路に水を齎さなければならないのです!民が困って…」

「まだそんなことを言っているの!?今日あなたには屋敷中の窓拭きをしてもらうわ」


(そうだ、部屋の前で待っているルードアンに声をかければ)


 そう思って、思わず駆け出し、「ルードアン」と声を発した時だった。


「どこへ行くの!?侍女が着替えるのに主人の部屋なんて使えるわけがないでしょう!?どこまで図々しいのかしら!それともアクアクォーレではそれが当たり前なの!?」

「なっ…!」

「使用人が着替える部屋はあっち!ほら、さっさと行った!ったく、鈍臭いわね」


(魔石の具合を見ながら慎重に流さなければならない水路、私が現地に直接行って水を流すしかないというのに。このままでは…)

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