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国外追放せよ

 他の国に類を見ないほど豊かに湧く水と、豊富な財源に恵まれた煌びやかな国。


 アクアクォーレは、別名水の国と呼ばれた。


 そのアクアクォーレを水の国たらしめるために水の聖女は産まれた。




「旅人にくれてやる水なんざないよ!」

「お、お願いですから少し恵んでくださいませんか?もう何日も歩いてやっとアクアクォーレに辿り着いたのです…!」

「そんなの知らないね。アクアクォーレの人間以外は、五十ゴールド払わなきゃ水を買えない決まりだよ!」

「そんな…!ここは水の国でしょう!?」

「決まりは決まりだよ!とっとと失せな!」

「お、お金ならありま…」

「そんな汚い身なりで彷徨かないでおくれ!」


 ガラガラガッシャンと物凄い音がして、旅人は転がった。


「っっっ!」


 腕を押さえて蹲る旅人に、私は堪らず声を掛けた。


「大丈夫ですか?」

「…すみません。水を買おうとしたら五十ゴールドを払えと言うので、払おうとしたら汚いから出て行けと…」

「ごめんなさい。この国では、豊かに水が湧くのに、旅人には高い税金をかけて水を売っているのです」

「…そうですか」


 旅人は腕を押さえつつ、ふらふらと立ちあがろうとする。


「ま、待って!」


 私は、祈りを捧げて両手に水を出現させる。


「っ!!!」

「さあ、早くこれを飲んで」


 旅人は乾いた喉を潤す為に、一滴も溢すまいと口を付けた。


「!!!」

「大丈夫、貴方の乾きが治るまで、この水は私の両手から無限に湧きます。焦らず、ゆっくりで良いのですよ」


 旅人はすっかり喉を潤すと、「貴方は?」と聞いた。


「私…私は、水の聖女・ルナレスカです」

「水の…聖女…貴方が…?」

「会えてよかった。水の国で水が飲めないなんて、こんなに馬鹿らしいことはないわ」


 旅人は何度も私に頭を下げた。けれど、街の人々は冷ややかな目線を寄越す。


「どこの誰かわからないやつにほいほい水をやって、冗談じゃないよ」「なにが水の聖女だ。他国のやつに水をくれてやる必要なんかないのに」「あーあ、ああいうことをするから、汚い旅人が増えるんじゃないか」「いい迷惑だね!全く!」「国王はなんとも言わないのかね」


 わざと聞こえるように、民衆達は私に心無い言葉を投げた。

 彼らは、自分たちさえ恵まれていれば良いと本気で思っている。

 無限に水が湧くこの地で、水を売るなんて間違っているのに。その水が枯れたら…なんて想像したことすらない。




 王宮に戻ると、早速王太子殿下の側近が私に近づいて言った。


「また街で旅人に水を飲ませたそうですね。ご自分のお立場をわかっていらっしゃいますか?」

「分かっているわ、私は水の聖女です。生まれ持って人々に水の豊かさを与える為に…」

「そうではありません!貴方はただこのアクアクォーレを豊かにする為の存在だ。それだけじゃない、ルナレスカ様は未来の王太子妃なのですよ?勝手なことばかりされては、国の威厳が失墜します!」

「ですが…」

「はあ、もう何度言っても無駄ですね。もう私も庇いきれない。…殿下がお呼びです」

「ライウス様が?」


(一体、なんの用件だろう)



 私は産まれながらに、水を自在に操る能力を得てこの地に生まれた。

 それはすなわち、水の聖女として生きることが生まれた瞬間決まったということを意味する。

 王妃である先代の水の聖女様は、長らく病に臥せっておられ、幼くして私は水の聖女を拝命した。




(先代聖女のミューレ様は、いつも私に良くしてくださるけれど…)


 その息子である王太子・ライウスのことは、婚約者となった今でも、私は少しも好きになれない。


「やあ!」


 親しげに片手を上げて近づいてきたので、私はカーテシーで挨拶した。


「聞いてるよ。君、また旅の者に水をあげちゃったんだって?」

「申し訳ありません」

「困るよ、ルナレスカ。一応ほら、そういう徴収の積み重ねも馬鹿にならないし。何よりアクアクォーレが軽く見られちゃうし」

「……」

「怖い顔しないでよぉ。可愛いのが台無しだよ?」

「…お話はそれだけでしょうか?」

「ああ、うん。それがさ…」

「?」


 いい加減なライウスにしては、珍しく頬を掻いて言い淀んでいる。


「…ごめん。俺、火の聖女と結婚するわ」

「………はい?」

「だからルナレスカとは結婚できない。本当にごめん!」


(今…)


 結婚できないと言った。なのになぜこの男の言葉はこんなに軽く聞こえるのだろう。合わせた両手の向こうで、薄く目を開けて私の顔色を伺うライウスが心底嫌いになりそうだ。


「ライウス様、あの…私…」

「ルナ、君まさか面倒なことを言うんじゃないよな?」

「は?」

「だから、お互い愛し合ってるけどさ、それだけじゃないじゃん?ほら、俺王太子だから」


 なんなのだ、この男は。


(愛し合っている?誰と誰が…?)


 ライウスは私に人差し指を突き立てて雄弁に語った。


「だって、水なんてどうせ無限に湧くし」

(それは水の聖女がいるから)

「どうせ雨だって降るんだし」

(それは水の聖女が必要なところに降らせているから)

「川は流れているし」

(それは水の聖女が川を枯らさないようにしているから)

「だから、ほら、いらなくね?って。それより俺はもっと国を発展させたい!たくさん工業製品を作りたい!」


 ぽかん、としている私の目の前に、見覚えのある貴族女性が姿を現した。


「だからごめん、俺、火の聖女と結婚するわ」


(ああ、馬鹿なんだ。知ってたけど)


 火の聖女、ローズナリア・カタン伯爵令嬢は、大きな瞳で私を睨む。

 一瞬萎縮した私に見事なカーテシーで挨拶した。


「ローズナリア・カタンですわ。水の聖女様」

「っっっ!」

「あら、ルナレスカ様は水の聖女様であらせられますのに、挨拶もままならないのですね」


(なんて汚いやり方…!)


 ライウスは、私を不憫に思ったのか「それは仕方がない」と言った。


「ルナは君と違って、庶民の出自だ。あまり言わないでやってくれ」

「でもっ嫌な感じです」


 ぷうと口元を膨らませているローズナリアの方が、どちらかといえば失礼な気がする。


「まあまあ、そういうわけだから、君とは婚約破棄したいんだ。ルナ、分かってくれるね?」

「……と…」

「え?」

「馴れ馴れしくルナなどと呼ばないでくださいませ」

「っ!お、おっかないなあ」


 ライウスは、ぽりぽりと頭を掻きながら、またも言いにくそうにしている。


「まだ何か?」

「…うーん、まあ、これもすごく言いにくいんだけど……君を国外追放せよという民衆の声が多くてね。先ほど議会で決定して、即時退去せよと…」

「な!納得できません!なぜそのような…」

「だから何度も言っているのに…君が他国民に無償で水を配るからだろう」

「それは…」

「この国の尊厳を失墜しかねない重大な問題であると…とても深刻な事態だと捉えているらしい」

「ですが、裁判もなく、今すぐ出て行けなど…」


 ライウスは「そう言われてもなあ」と言った。


「どうせ君、言っても止めないじゃないか」

「それは、この国の制度がおかしいのですわ!無限に湧く水に、他国民にだけ税金をかけるだなんて…」

「なら、君が変えればよかったじゃないか。制度を、民衆を、この国のあり方を」

「っっっ!」


 私は訴えてきた。何度も、何度も。水の聖女がいる限り、水が枯れることはないと約束した。

 この地が水に渇くことなく、皆が安心して日々生きられることを約束した。

 私は水の聖女である。この国を水の国たらしめる聖女なのだ。


 けれど、実際はどうだろう。


 まるで空気に値段を付けるように、人々は水を奪い合い、他国に莫大な金額で売り付け、流れてきた旅人に一切の容赦もなく水を与えない。


 渇きに苦しむ旅人が死んでいくのはもう見たくなかった。


(これが水の国だなんて、滑稽だわ)


 私はその日、絶望感でいっぱいになりながら荷造りを始めた。

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