穏やかでない話
「フリージアの作ったお守りが威力を発揮しただと? 意味が分からん、どういうことだ?」
「うん、まあ、そうだよねー。実はフリージアが家庭教師のジアンナ・グレイゾン嬢に自分で作ったお守りを渡したんだけど、その渡したお守りが彼女の婚約者を助けたらしいんだ……ここにそのお守りがあるんだけど……」
「見せてくれ」
エルドレッドは緊急事態が起きたとあって、急いでフェリックスに会いに来た。
馬車ではなく、乗馬で王都へ向かえばティエルノ伯爵家からはすぐに着く。
まあそれもエルドレッドの魔法があってのことだけれど、普通の乗馬でも半日程度、その距離の近さもあってフリージアの養子先にティエルノ伯爵家が選ばれたという理由もある。
勿論信頼するフェリックスの妹の家だという理由はあるが、それだけではないのは確かだった。
「……中の魔石が割れているな……それに色も……真っ黒だ」
「うん……どうやらそのお守りがグレイゾン嬢の婚約者の呪いを魔石の中に吸い取ったようなんだよねぇ……」
「呪いを吸い取る……ちょっとまて、そんなことが可能なのか?」
「うーん、俺も魔法にはかなり詳しいつもりだったけど、初めて聞いたよね」
「だろうな……」
「たしか、病魔退散? だったかな? フィシィは古代語でそう刺繍したらしいよ」
「びょうまたいさん? 聞いたことがない言葉だが、それはどういう意味だ?」
「病気の原因とされる魔物を退散させるお願い? だったみたいだね。まあ、魔石の力というよりは、フリージアの魔力があっての魔法だと俺は思うけれどね」
「つまり……フリージア以外の者が同じようにお守りを作っても、こんな魔法は発動しないということか?」
「うん、無理だろうね、俺だって出来る気がしないよ。それに古代語を正確に刺繍出来る技術と、古代語をきちんと理解している知識がないと出来ない魔法だからね、今のところフィシィ限定の魔法って感じかな」
「まるで言い伝えにある聖女のようだな……」
「そうだね、もしこの話を世界中の魔法研究者たちが知ったら、フリージアを研究対象として見ることは間違いないだろうね」
「……ああ、それにイェネーブル王国も黙っていないだろうな、あの子を取り戻そうとするだろう」
「うん、そうだろうね、たとえフィシィが魔法塔にいた第三王女だと気づかなくても、希少な魔法使いだからって彼女を攫おうとするだろうね」
「ああ、あの国が考えそうなことだな……」
エルドレッドからフリージアが以前の記憶を持つことはフェリックスも聞いていたけれど、まさかここまで使いこなせるとは思わなかった。
勿論古代語を知っているというだけではこんな奇跡は起こらない。
フリージア自身が物凄い魔力持ちであることと、古代語を使いこなせる知識があること、それに長い時間古代魔道具と繋がっていた……という原因があるだろうが、それでも予想以上だった。
「ああ、そうだフェリックスにはこれだって、フィシィが」
「は?」
「健康御守だって、王様の仕事は大変だろうからどうぞって、渡してって頼まれたよ」
「……おい、これも当然フリージアの手作りだよな?」
「勿論、フィシィの手作りに決まっているよ」
「……」
ジアンナ・グレイゾンに起きた奇跡を聞いた後だけに、フェリックスにはフリージアが作ったお守りが国宝にしか見えない。
どう考えても今現在こんなものを作り上げられる魔法使いはフリージアただ一人。
魔法が得意なエルドレッドだって無理な品物。
それにこの国の魔法研究家どころか、他国の研究家や魔法大国であるイェネーブル王国の魔法使いでも、こんなお守りを作り上げることは無理だろう。
フェリックスは無意識に頭を抱えていた。
「……このことはフリージアには?」
「一応話したよ。でも俺はフィシィのやりたいことに出来るだけ制限を掛けたくないから、親しい人限定で作るようにねっとは言っておいた」
エルドレッドの軽い答えにフェリックスは頷くしかない。
エルドレッドがフリージアに甘いことは分っている。
それに言いたいことにも同意しかない。
「そうか……で、今このお守りを持っているものは誰だ?」
「えーっと、俺とフェリックス、後はティエルノ家の家族だね。フィシィはまだ刺繍を始めたばかりだし、今はそれだけ、でも今後は増えるだろうけどね」
「……そうか……そうだろうな……」
優しい心を持つフリージアならば、親しい人間皆にお守りを作ろうとするだろう。
イェネーブル王国の魔法塔の脅威から、この世界を守ってくれたフリージアにその自覚はない。
だからだろう、自分の生活を変えてくれたエルドレッドやフェリックスたちに深い恩義を感じているようで、フリージアはいつか恩返しがしたいとそう言っていたそうだ。
だがこのお守りだけでもう十分すぎるお礼となるが、フリージアにとってはこれぐらいは些細なことらしい。
エルドレッドが自慢げに「僕のフィシィは凄いでしょう?」とフリージアの話をする姿を見てフェリックスは苦笑いしか浮かばない。
ほんの少し前のエルドレッドとは別人だ。
この変わりようももしかしたらフリージアの魔法なのだろうか。
あの子に出会うもの皆が幸せになっている、そんな気がしてならなかった。
「それで、グレイゾン嬢は?」
「ああ、勿論彼女には口止めをしてあるし、フィシィには恩義があるから秘密は絶対に守ると言ってくれているよ。それに婚約者の家族も協力的で、ポーションのお陰で徐々に病気が治っていったと、そんな感じで進めてもらうようにしてあるよ」
「そうか、グレイゾン嬢は信用できる相手だから大丈夫だとは思うが、こちらからも再度注意をしておこう。こう言うことはどこから漏れるかは分からないからな」
「うん、そうしてくれると俺も助かるよ」
「ああ、そうだな」
もしフリージアの秘密を漏らすようならば、エルドレッドは遠慮なくグレイゾンやその婚約者の家族を消してしまうだろう。それもフリージアには絶対にバレないように手を回してだ。
そうならないように祈るしかないが、エルドレッドの様子を見れば話し合いは問題なく行われたようでホッとする。
異端児であるフリージアの家庭教師に選ばれるだけあって、ジアンナ・グレイゾンは評判のいい令嬢だ。
彼女の実家も婚約者の家にも問題は無く、フリージア本人も懐いている。
だからこそ今回の件は喜ばしい。
ただその代償は世界を驚愕させるほどの秘密維持という大きなものにはなるが、婚約者の解けない呪いが解けたことを考えれば、十分な結果。フリージアを命を懸けて守ろうとそう思っても当然だと分かる。
「それで、フェリックスも俺に話があるんでしょう?」
「あ、ああ、そうだった。実はイェネーブル王国のことだが……我が国の魔法使いをあの国に派遣しないかと言ってきたんだ」
「イェネーブル王国に魔法使いを派遣? 魔法国家だと自慢するあの国が魔法使いがただでさえ少ないこの国に魔法使いの派遣を願ってきたの?」
「ああ、そうだ、それに書状の様子だと我が国にだけではなく、他国にも同じものを送っているだろうな。まあ、魔法科への研修留学、という名の派遣……というところか。魔法使いをイェネーブル王国が教育してやるという上目線な要望だがな」
「フェリックス、まさか、行かせないよね?」
「ああ、当たり前だ、お前から魔法塔の報告を聞いた後で行かせるわけがないだろう。行ったら最後、馬鹿な魔法使いの出来上がりか、あの国で使い捨てにされる可能性が高いだろうしなぁ。それに何より別の場所にある魔法塔に送られる可能性もあるだろう……」
「あの国らしいやり方だね。他国の魔法使いなら死んでも構わない、そう思っていそうだ」
「そうだろうな、行ったら最後命の保証は出来ない。だったら最初から送れるほどの魔法使いがいないと、そう言って断っておくのが正解だろう」
「だね」
つまり、イェネーブル王国は今、それほど追い詰められているということだろう。
魔法使いの多い国だと自慢しながらも、魔法使いが足りない、そう言っているのがまるわかりだ。
それに未だに魔法塔に掛けたフリージアの魔法にも気付いていないようだ。
エルドレッドに聞く限り、誰も気付かない可能性もあるほどの魔法だ。
まさか魔法塔自体が魔法を使いづらくしているとは誰も思わないだろう。
ただし、あの国の魔法使いの歴史は古い。
一人ぐらいはフリージアの掛けた魔法に気付く可能性があるかもしれない。
だが、今現在それは無いようだ。
魔力塔に送りこめる魔法使いが減っている、その対処で精一杯。
他のことには気が回らない状態のようだ。
これまでフリージア一人で中央の魔力塔の魔力球に魔力を投入してきたのだ。
いくらフリージアが膨大な魔力の持ち主だと聞いても、あのイェネーブル王国になら同じぐらいの者はいるのでは? とフェリックスはそんな疑問も少しだけあった。
けれどあのイェネーブル王国が魔法のことで他国に頼る。
そんなことは初めてで、フェリックスはあの国がかなり追い詰められていると分かった。
「フリージアにはお前がいるが……この国の他の魔法使いたちにも護衛を付けた方が良いだろうな……」
「うん、そうだね。この先あの国が何をしてくるかは想像ができる。他国から魔法使いを盗む、そんなことは心を痛めることも無くやるだろうねぇ、それも自分の国で使い捨てるためにね……」
「ああ、国王としてこの国の魔法使いたちを守ると約束しよう」
話を終えると、エルドレッドは「フィシィが待っているから」と言って立ち上がる。
城に来てたった一時間程度。
もうここには用事は無いと、エルドレッドは帰る気満々だ。
仲のいい従兄弟の家に来たのだ、折角だから泊っていこうか……とかは思わないらしい。
そんなエルドレッドを見て少し寂しさを感じるが、フリージアという愛する者がエルドレッドにも出来たことに、フェリックスはホッとしてもいた。
「エルドレッド、フリージアにお守りのお礼を言っといてくれ、有難うとな」
「勿論だよ、フェリックスが泣いて喜んでたって伝えるよ」
「ハハハハッ、そうだな、確かに涙が出そうだったよ、色々な意味でだがな……」
「アハハ」
王の部屋から正規な方法で外へ出るのは時間がかかると、エルドレッドが向かうのは窓際だ。
フリージアに会えるのか嬉しいのか、それともお守りの話が楽しかったのか、エルドレッドの顔には自然な笑顔が浮かんでいた。
「ああ、そうだ、フェリックス、フィシィがいずれ転移の魔法を使えるようにするから楽しみにしててだってさっ」
「はあ? ちょっと待て、転移だと? お前、そんなものは古代の魔法だろう?! 一人の人間が扱えるわけがーー」
と、そこまで言いかけて、フェリックスは「ああ」と納得をする。
フリージアだからこそ出来る魔法。
そう信じて疑わなかった。
「じゃあ、またね、暫くはここに来なくていいことを祈るよ」
「いやいや、たまには顔を見せに来い、お前は俺の大切な従兄弟なんだからな」
「……」
フェリックスの言葉に答えることなく、エルドレッドは消えていった。
エルドレッドは未だにフェリックスの従兄弟であることは認めたくないようで、最後の姿は肩をすくめていたようだった。
「叔父上……あなたの息子はやっと愛を知ることが出来ましたよ……」
王弟と呼ぶには破天荒過ぎたエルドレッドの父親。
自分の息子の存在を知ることなく亡くなってしまった哀れな男。
エルドレッドにとっては嫌いな相手であっても、フェリックスにとっては懐かしく優しい思い出の残る相手でもあるのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もよろしくお願いいたします。
フリージアのお守りにフェリックスは驚いていますが、彼女の引き出しはこの程度ではありません。w
そしてそれを自慢するエルドレッド。
うちの子凄いと親バカです。
補足)ティエルノ伯爵家へはフリージアは二日掛けて行っていますが、それは体調を考えてゆっくり進んだからです。魔法が使えるエルドレッドと体力お化けの兄たちとは違います。今もフリージアが王都に向かうなら一泊すると思います。




