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魔力塔の姫君  作者: 夢子
令嬢生活

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ジアンナ・グレイゾン先生

「ジアンナ先生、こんにちは、今日もよろしくお願い致します」


「はい、フリージア様、ごきげんよう。とても上手に挨拶が出来ていますね、素晴らしいですわ」


「ありがとうございます、ジアンナ先生。お母様にも見ていただいたんです」


「まあ、そうなの? フリージア様は勉強熱心でいい子ですね、今日も一緒にお勉強を頑張りましょうね」


「はい、よろしくお願い致します」


 ジアンナ・グレイゾン先生は、フリージアの令嬢教育を担当してくれる家庭教師だ。

 伯爵令嬢でとても優しくて、フリージアのことを妹のように可愛がってくれて、週に一度あるこのお勉強の時間がフリージアは大好きだった。


 まだ体力のないフリージアには本格的な令嬢教育は厳しいからと、様子を見ながら少しずつ教えてくれて、ダンスのステップも椅子に座りながら教えてくれたり、カーテシーも見ることも勉強だからとジアンナ先生が行うカーテシーを見せてくれて、フリージアの体をいつも気遣ってくれた。


「今日はこの前の続き、刺繍のお勉強をしましょうか? 私がいない間も刺繡はしていましたか?」


「はい、お母様や、エイダやヘレナに教わって刺繍を指しました。そのお陰でハンカチが上手に出来上がったんですよ」


「まあ、フリージア様は本当に頑張り屋さんですね。自分から進んでハンカチを仕上げるだなんて、幼いころの私に聞かせてあげたいですわ」


「ジアンナ先生は子供のころ刺繡嫌いだったの?」


「ウフフ、秘密ですけど、家の中で大人しくしているより外に出て遊んでいる方が好きでしたの、兄の後を追いかけまわしていて……だから一年中日焼けをしていて、母や父には心配ばかりかけていたのですよ」


「そうなの? 今は凄く肌も綺麗で真っ白なのに」


「まあ、有難うございます。でも内緒のそばかすが少しだけあるんですよ」


 そう言ってジアンナは自身の鼻筋を指し、そばかすがある場所をフリージアに見せて微笑む。

 そんな飾り気のないジアンナの姿はとても可愛くて、フリージアはジアンナのことが大好きだった。


 褒めて伸ばす。

 ジアンナは家庭教師としてそこを意識しているようで、ダメなところは勿論注意するけれど、フリージアの頑張りはどんなことでも褒めてくれた。


「フリージア様、ハンカチはどなたかに贈られたのですか?」


「ううん、まだへたっぴだから、もう少し上手になってからプレゼントしたいの」


「まあ、フリージア様にはプレゼントしたいお相手がすでにいらっしゃるのですね?」


「うん、あのね、上手に刺繍できるようになったら、一番最初にエルドレッドにプレゼントしたいの」


 下手くそな刺繍入りのハンカチでもエルドレッドはきっと喜んでくれるだろう。

 だからこそというか、乙女心としては同情で褒められても嬉しくない。

 フリージアだって女の子、出来れば自分自身が満足したものを好きな相手に贈りたいとそう思ってしまう。


「先生は、最初の刺繍入りのハンカチを誰かにあげたの?」


「ええ、最初の物は父に……でもちゃんと心を込めたものは婚約者が最初ですね、父には悪いですけど……」


「うふふ、でもお父様喜んでいたでしょう?」


「ええ、今でも大切にとってくれてあるそうです。刺繍の目が粗くて恥ずかしいので捨てて欲しいぐらいなのですけど、思い出だからって捨ててくれないんですよ」


「うふふ、素敵なお父様だねー、きっと宝物なんだろうなー」


 刺繍をしながらいつも他愛もない話をするのが定番で、会話にはあまり加わらないけれど、エイダやヘレナもこの場にはいて一緒に刺繍を指している。


 お菓子は無いけれどお茶は出されていて、少しだけ女子会のようで面白い。

 フリージア以外の三人はスイスイ針を進めていくけれど、まだ手が小さなフリージアは一針一針進めるのも一苦労。無意識に身体強化をしないようにと意識をしているので尚更だ。

 自覚なく魔法を使ってしまうことはまだあることなので、フリージアは話しながらも視線だけは刺繡先を真剣に見ていた。


「出来た!」


「まあ、フリージア様、もう出来上がりましたの?」


「うん、じゃない、はい。これはハンカチじゃないので、簡単だったんです」


「ハンカチではないのですか? 何か難しい模様? 文字?……のようなものが書かれていますよね?」


「はい、今から仕上げをするので、ジアンナ先生も楽しみにしていて下さいね」


「ええ……?」


 フリージアはニホン語で【病魔退散】と刺繍を入れた。

 その布をお守りサイズの巾着にし、その中に小さな魔石を入れた。

 これでフリージア特製のお守りの完成だ。

 大好きなジアンナ先生の婚約者の話を聞いてから、作ろうと決めていたものだった。


「ジアンナ先生、出来ました」


「フリージア様、可愛らしいですけど……これは何かしら?」


「えっと、お守りです。ジアンナ先生の婚約者様がご病気だと聞いたので、作りました。あまり上手じゃないけれど気持ちは沢山込めました。だから受け取ってもらえたら嬉しいです」


「まあ、フリージア様……」


「先生の婚約者様が早く元気になるように神様にもお祈りしておきますね」


「ええ、ありがとう。フリージア、貴女は優しい子だわ」


「えへへ、ジアンナ先生、大好き」


 ジアンナはギュッとフリージアを抱きしめた。

 フリージアの家庭教師になるにあたり、彼女(フリージア)の事情をジアンナは大まかに聞かされていた。


 ずっと本当の親に虐待され監禁されていた少女。

 食事も満足に摂れることがなく、外に出ることも叶わなかったため、年齢よりも体も心も幼い少女。


 そんなフリージアをティエルノ家が保護し、実子として招き入れたこと。

 今は体の様子を見ながら学園入学に向け勉強中であること。


 そんな事情があるため、フリージアには出来るだけ優しく接して欲しいこと。


 ティエルノ伯爵からフリージアの話を聞いたジアンナは、泣きそうな気持ちを抑え頷いた。

 自分の妹のように可愛がろう、彼女が楽しめるような教育を心がけようと、そんな決意をもった。


 そして実際に会ったフリージアは、悲しい過去など気にする様子もなく、人懐っこくって可愛らしい少女だった。


 刺繍を教えれば、年齢よりも小さな手で一生懸命に針を刺し、集中して取り組んでは、上手にできれば笑顔を見せてくれる。


 まだまだ淑女とは呼べない様子だけれど、ティエルノ家はフリージアへの厳しい教育は求めていないので、ジアンナはそれでいいと思っている。


 そんな彼女がジアンナの婚約者のことを想いお守りを作ってくれた。

 その優しい気持ちだけで、ジアンナの心は温かいものに包まれるようだった。


「フリージア、有難う……必ず彼に渡しますからね」


「うん、先生の婚約者様、早く元気になると良いね!」


「ええ……」



 ジアンナの婚約者の病気は、魔獣に噛まれたことによる呪いだ。

 祈ってくれたフリージアには申し訳ないが、きっともう治ることはないだろう。

 

 騎士として働いていた彼は【森中毒】という名の呪いを持つ蛇に噛まれ、それから四年、ずっと眠ったままだった。


 婚約を解消して他の人ととの結婚をと、そんな話も当然出たが、ジアンナは首を縦には振らなかった。

 行き遅れだと言われたとしても、彼の命が消えるまでは傍にいたかった。

 

 だから自立のため、家庭教師の仕事に付いた。

 婚約者の命を永絶えるためにはポーションが必要だ。

 ジアンナの稼ぎは殆どがその代金となっている。

 彼の実家も当然ポーションを用意しているが、ジアンナ自身が彼のために何かをしたかった。


 毎日のように彼に会いに行き声を掛けるが、もう四年も返事はない。

 寝たきりとなってしまった彼は日々痩せていく一方で、その姿を見るだけでも辛い時がある。


 だけど今日は不思議と心が軽かった。

 フリージアの笑顔が、心遣いが、疲れていたジアンナの心を癒してくれたと言ってもいい。


 もう完治など無いと分かっていても、諦めることなど出来なかった婚約者の命。

 

 だけどここ一年はもう無理かもしれない……

 そんな思いがあったのは確かだった。


 フリージアはそんなジアンナの心を癒してくれたのだ。


「ねえ、バーナード、聞いて、私の教え子がね、貴方のためにお守りを作ってくれたのよ……」


 婚約者の屋敷に着き、彼の両親に挨拶をした後、ジアンナは彼の部屋に通された。

 彼の両親は申し訳なさそうな顔をしているけれど、ジアンナは笑顔で「彼の傍にいることが私の望みなのです」と言って婚約者の元へ向かう。


 やせ細った婚約者の体は毒のせいで変色している。

 それに呪いを受けた彼の顔には以前の面影はなく別人のよう。


 けれど今日はなんだか、彼の苦しみが少ないように見えた。

 ヒューヒューと息を吐く音も、いつもよりも小さいように感じた。


「むびょう、たいさん? だったかしら、そう書いてあるお守りなのだそうよ。それにね、神様にも貴方のことを祈ってくれるんですって、優しい子で羨ましいでしょう?」


 フリージアの笑顔を思い出し、フフフと笑みがこぼれる。

 お守りを婚約者の枕元に置き、彼の顔をタオルで拭きながら「早く元気になってね」と声を掛けた。


 その瞬間、カッとあたりが真っ白になるほどの光が放たれた。

 ジアンナは驚き「キャッ」と小さな悲鳴を上げると、何事かと婚約者へと視線を送る。


 すると光に包まれた婚約者から黒い煙のような靄が浮かび上がっていた。

 くすんでいた肌の色がずんずんと綺麗になっていき、呪いのせいで黒ずんだところが消えていく。


「……えっ? 何? 何があったの?」


 意味が分からず茫然とするジアンナ。

 婚約者の身にも、自分にも、何があったか分からない。


(もしかしてフリージアのお守りは本当に癒す力を持っていたの……?)


 婚約者の横に置いたお守りに手を伸ばす。

 そっと触ってみれば、お守りの中の魔石が割れていることが分かった。


 折角貰ったのに、頑張って作ってくれたのに、でももしかしたらこれが……


 そんな感情が心に浮かびながら、お守りの中を覗いてみた。

 すると割れた魔石は、まるで婚約者の代わりだと言うかのように真っ黒になって砕けていた。


 やはりこれはフリージアの魔法の力なのか……


 考え事をしているジアンナの横、婚約者の手がピクリと動いた。


「……ジ、アン、ナ……」


 彼の声が聞こえジアンナは驚く。

 その声はもう四年も聞いていない婚約者のもの。


 そうであって欲しいと期待しながらも、聞き間違えかもしれないと自分を疑う。


「……ジアンナ……」


「ーーっ!! バーナード!!」


 ゆっくりと婚約者の手が伸びて来て、ジアンナは迷わずその手を握る。

 痩せてごつごつしていて、潤いもない手だったけれど、婚約者の手に間違いはない。

 ジアンナが大好きな彼の手を間違えるはずがなかった。


「ジアンナ……」


 彼の手にぬくもりがあることが嬉しくて、また声が聞けたことが嬉しくて、ジアンナはいつしか大粒の涙を流していた。


「ああ、バーナード、バーナード、良かった! 本当に良かった、また会えた!」


「ジアンナ、心配を、掛けたね……ごめん……」


 その日、ジアンナの婚約者バーナードに奇跡が起きた。

 ジアンナだけでなく、バーナードの家族も泣いて喜び、奇跡を起こしてくれた少女に盛大に感謝した。


 だがこの奇跡が誰かに知られることはなかった。

 フリージアが起こした奇跡は、王命により秘密とされた。


 ジアンナは勿論、バーナードの家族もその判断に反論もなく従った。


 フリージアの魔法には底が無い。


 エルドレッドもフェリックスも、フリージアの異端さに改めて驚かされる出来事だった。

おはようございます、夢子です。

今日はお出かけです!


法事ですけどね。

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