家庭教師
「さて、フリージア・ティエルノ伯爵令嬢、今日から僕と勉強を始めるよ、準備は良いかな?」
「はい、エルドレッド先生、よろしくお願いします」
フリージアの体調がだいぶ良くなり、少しずつだけど魔法を使わずに体を動かせるようになったことで、フリージアの本格的な勉強が始まることになった。
家庭教師は勿論エルドレッド。
今日は『フィシィ』呼びを控え、先生として『フリージア』と呼んでいる。
厳しく指導するよと言っているがその顔は笑っていて全然怖くはない。
大好きなエルドレッドに勉強を教えてもらえるだなんて、楽しみでフリージアの顔も自然と緩む。
エルドレッドは魔法や座学を教えてくれる家庭教師。
フリージアもエルドレッドのことを先生と呼びやる気満々だ。
個室にも教材を運び入れ、準備は万端。
ただし他の子たちより遅れている分を取り戻さなければと、フリージアの中には少し焦る気持ちもあったりもする。
ティエルノ伯爵家のフリージアの個室には、応接室と、寝室、そして勉強部屋があり、今日はその勉強部屋での初めての授業となった。
勉強出来ることが嬉しくってエイダとヘレナが心配する程度にはフリージアは興奮気味だった。
「じゃあ、まずは字を覚えようか、フリージアはこの国の文字を見たことはあるね?」
「はい、先生、絵本で見ました。お母様やお兄様が読んでくれました。だから少しだけ分かります」
「うん、そうだね」
この国の文字はローマ字に似ていた。
英語やハングル文字、漢字に似た文字であれば、前の記憶があるためどうにかなるだろうと思っていたフリージア。
なので絵本を見て正直ホッとしていた、前世の古代文字のようなものがこの世界の文字でなくて心底安堵したことはフリージアだけの秘密だ。
フリージアは現在十三歳。
この国の貴族の子供は十五歳から学園に通う。
平民の子は十二歳から教会の学校へ通うことが出来るので、貴族の子供の方が教育指導が遅く感じるが、貴族の学校には社交の意味もあるので普通なことだった。
十五歳になるまでに自宅で家庭教師をつけ基本の文字や計算、それから自領のことや、社交のこと、そして貴族としてのマナーを学び、外に出しても大丈夫な状態になってから学園に通う、そんな暗黙のルールらしい。
中には家庭教師をつけることが出来ず、自宅での教育が進まなかったため、十五歳を過ぎてから入学する子供がいたり、兄弟が多いと学園自体に通えない子供もいるようだ。
なのでフリージアも一、二年遅れての通学を家族には提案されたけれど、取り敢えず勉強してみてからだねと、フリージアが以前の記憶持ちだと知るエルドレッドが答えてくれた。
家庭教師の言葉に心配性の家族も頷いてくれた。
ずっと魔力塔に閉じ込められていたフリージアは教育など受けていない。
なので家族が心配するのも当然だ。
けれど出来るならば同い年の子供たちと交流を持ってみたい。
それに二年後ならばティエルノ家次男であるジェイソンがまだ学園に通っている年だ。
兄弟が学園にいると思えば心強いし安心できる。
それにフリージアは魔力持ちなため魔法科に通うことになる。
魔法使いが少ないため注目されるのは確実だ。
ならば少しでも『本当にティエルノ伯爵の子なの?』と疑念を持たれる要素は無くしておきたい。
イェネーブル王国第三王女だとばれる可能性はかなり低いけれど、疑問を持たれること自体避けたかった。
「うん、フリージア、文字はすぐに覚えたね、流石だよ、自分の名前もちゃんと書けているから問題ないね」
「はい、先生、ありがとうございます。でも言葉は難しいです」
「アハハ、今日は初日だからね、それは当然だよ。じゃあ次は数字を覚えようか」
「はい、先生、宜しくお願いします」
この世界の数字はほぼ前の記憶と同じ。
少しだけ形は違うけれど、それさえ覚えれば計算は簡単だ。
フリージアは難なく覚えることが出来た。
数字関係は問題ないと言えた。
「うん、数字も計算も問題ないね、これなら貴族学園へも十分通えるレベルだよ」
「良かった。でも、あと歴史とか、他国語も勉強するんでしょう? 私そんなに沢山覚えられるかな?」
「うん、そこは教養の範囲だから大丈夫だよ、貴族令嬢の中には計算も必要ないと言って覚えない子もいるぐらいだし」
「そうなの? えっ? それで許されるの?」
「うん、その家によって教育方針は違うからね、選択授業はかなり多いよ。それにご令嬢なんかは下手に知識を付けて政略結婚を嫌がられては困ると、男の子との接触禁止とか、読書も図鑑のみとか、そんな子供もいるらしいよ、まあ、そこはかなり極端だけどね」
「そ、そうなんだ……」
「うん、まあ、それでもこの国は比較的自由といえるかな、女性の社会進出も如実だし、フェリックス自体が女性も働くことを推奨しているからね」
「フェリックスおじ様は凄いね、先進的だよね、流石カッコいい王様だよね、素敵だと思う」
フリージアの元いた国イェネーブル王国こそが、貴族女性の社会進出など認めない国の代表だろう。
それに子供は親の道具、そんな意識が強い国だともいえる。
だからフリージアは意思もなく塔に閉じ込められた。
あの国ではそれが当たり前で常識だ。
子供の尊厳などないに等しい。
「うん、これだけ勉強が出来るならフリージアにあと必要なのは社交力と令嬢マナーかな……」
「しゃこうりょくと令嬢まなー……出来るかな……」
「うん、完璧でなくても構わないけれど、身を護る程度には社交を学ばないとね」
「身を護る?」
「そう、ちょっと手伝ってほしいことがあるって言われて個室に連れていかれても困るでしょう? それに言葉も、貴族の言い回しは面倒だしね。アイビーを一緒に育てようって言われて、結婚の約束をしたことになりましたって言われてもフリージアは驚きしかないでしょう? 貴女に手袋を預けたいと言われてそれを受け取ったら婚約していた、な~んてことも今のフリージアじゃあ分からないだろうし……」
「えっ……何それ……そんなの絶対に分からないよ……手袋とかちょっと持っててって言われれば預かるし……アイビーってお花でしょう? 一緒に育てよって言われたら友達出来たって喜んじゃうかも……」
「そう、つまり親しくない相手に対し不用意に返事をしてはいけないってことさ」
「えええ~……学校……ちょっと怖くなってきた……かも?」
怖くなり震えそうになる体をフリージアは自分で抱きしめた。
そんな姿をみてエルドレッドがくすくすと笑いだす。
「あ! 先生、揶揄ったでしょう?!」
「フフフ、アハハ、流石に学生の間ではそんなことは滅多にないよ。フフフ、学校には教員もいるし生徒の様子を見守っている。何より親に相談もなく子供が勝手なことをしたり醜聞でも起こしたら家の問題にもなるからねぇ、みんなそこは気を付けるよ、フフ」
「エルドレッド、酷い!」
「アハハ、フィシィ、ごめん、ごめんね。でも嘘じゃないんだよ、社交界では本当にそんなことがあるから学園でしっかり社交を学ぶんだよ」
怯えるフリージアが可愛かったのか、エルドレッドが教師役を止めて「フィシィごめんね」と言ってフリージアを抱きしめる。
「エルドレッド、酷い、次揶揄ったら許さないからね」
「フフフ、うんうん、ごめんね、フィシィが可愛すぎて」
「もう!」
フリージアは口を尖らせて怒ったふりをしているけれど、心の中ではもう怒ってはいない。
エルドレッドとの触れ合いが好きだし、フリージアの反応が可愛いとそう言ってくれる言葉が嬉しいから、怒る気持ちなど一瞬で消えてしまう。
「お嬢様、そろそろ休憩にいたしましょうか?」
「エイダ、ヘレナ、ありがとう、ちょうど喉が渇いてたの」
エルドレッドとじゃれ合いを始めていると、エイダとヘレナがおやつを持ってきてくれた。
「お勉強を頑張っていらっしゃいましたものね、甘いものも料理長が準備して下さっていますよ」
「わあ、マドレーヌだ。私マドレーヌ大好き」
「それは宜しかったですね、ゆっくりと味わっていただきましょうね」
「うん!」
ティエルノ家の料理人のレベルはとても高い。
特に料理長が「お嬢様のために」と言って作ってくれる特別なおやつは、フリージアの胃袋を掴んで離さない。とっても美味しいものだった。
「明日はマナーの先生がいらっしゃいますからね、その時もこのマドレーヌを出していただきましょうか?」
「うん、それが良いな、大好きなおやつがあれば頑張れるもの。マナーの先生はジアンナ・グレイゾン先生でしょう? お会いするのが楽しみ、エイダとヘレナは会ったことがある?」
「はい、私は学園の時にお見かけしたことはございます。学年が違いましたので残念ながらお話はしたことはございませんが、素敵な先輩でしたよ」
「私は少し年齢が離れていますので、お会いしたことはございませんが、とても優秀なご令嬢だと噂は聞いたことがございます」
「そうなんだ、会うのが楽しみだなー」
ジアンナ・グレイゾン先生は二十四歳、エイダよりは二つ、ヘレナよりは四つ年上だ。
婚約者もいて結婚も控えているそうだけれど、お母様のお知り合いということでフリージアの教育を受け持ってくれることになった。
年の離れたご婦人よりも、学園のことに詳しいご令嬢が良いだろうとお母様が選んでくれたので安心している。
きっと優しい人だとそんな確信があった。
「明日のお勉強も楽しみ」
未来のことを期待できる喜び。
あの塔にいたら決して望むことが出来なかったことだろう。
フリージアは今、幸せでいっぱいだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、☆など、応援もありがとうございます。
今日は日曜日ですね……
はい、仕事です。
泣いてもいいですか……




