フリージアの体
フリージアが倒れたと聞き、エルドレッドとフェリックスは応接室を飛び出した。
ヒューゴの案内でフリージアに与えられた部屋に駆けつけると、ちょうど医師の診察を受けているところだった。
「フリージアは?」
「お静かに、今は眠っておられますわ」
ベッドを覗けば、フリージアはすーすーと規則正しい寝息を立てて眠っていた。
最悪の状況も考えたが、そうならなくて良かった。
エルドレッドは安堵の息を吐く。
「青白いね……」
フリージアの顔色はあまり良くない。
急な移動に体が付いていかなかったのだろうか?
もっとゆっくりと行動すればよかったと、蒼白ともいえるフリージアの顔色を見てエルドレッドは後悔した。
「いったい何があったんだ?」
フェリックスの問いかけにヒューゴが頷く。
落ち着いたばかりのフリージアを起こしてはいけないと、ヘレナを残し隣の部屋へ皆で移動する。
エルドレッドはフリージアと離れたくはなかったけれど、彼女の症状を聞かない訳にはいかないと、そっとフリージアの頭を撫でてから名残惜しさを封印しその場を離れた。
そしてエイダ、ヒューゴ、医師から、エルドレッドとフェリックスはフリージアについての報告を受ける。
フリージアは起きてすぐエルドレッドを探したようだ。
知らない場所に来たのだから当然、心細かっただろうと思うとエルドレッドは不機嫌さを顔に出す。
ただこの国の王とエルドレッドが話し中だと知ると、フリージアはエルドレッドの面談が終わるのを待つことに決めたようだ。
「僕、フリージアが起きたらすぐに知らせてって伝えたよね?」
「申し訳ありません、私の責任でございます」
「エルドレッド様、ヒューゴ様は悪くありません。私がお嬢様にエルドレッド様はお仕事中だと伝えたせいでございます。それにフリージア様ご本人がお仕事をしているエルドレッド様のお邪魔をしたくないとそう仰られたのです」
「フリージアがそんなことを?」
「はい……」
知らない場所で不安もあっただろうが、フリージアは自分のことよりもエルドレッドの行動を優先したらしい。なんて健気な良い子なのだろうか。フリージアの気遣いに心が温まるのを感じる。
(俺にはもっと我儘を言って良いのに……)
そう思いながらも、フリージアの優しさに触れ口元が緩む。
出会ってからたった二度しか会っていない二人。
けれどフリージアもエルドレッドと同じ、お互いを特別だとそう感じてくれているようで、それが嬉しい。
「……それで彼女はなんで倒れたんだ? 疲労か?」
フェリックスの問いかけに今度は医師が答える。
「それもございますが……まず、お嬢様の場合、胃が全く育っておりません」
「は?」
「お嬢様の胃は赤子のままの状態でございます。きっとこれまで固形物など食べたことが無かったのでしょう。いくら粥とはいえ固形物を急に胃の中に入れたことで拒絶反応が出てしまったようです。その上粥が温かかったので尚更、胃が痛みを覚えたのだと思います」
「固形物を食べたことがない……? つまり、あの子は生まれてから一度も食事をしたことがないということか?」
「はい……残念ながらその通りでございます」
「……」
医師の答えを聞いてフェリックスもヒューゴもエイダも息をのむ。
フリージアは見た目は十歳以下の小さな子供に見えるが、その年齢は十三歳だとエルドレッドから聞いている。
十三歳の子供が生まれてから一度も食事をしていない。
そんな話を聞いて驚かない方が無理だった。
エルドレッドに至ってはイェネーブル王国の王族に対し怒りが沸いたのか、物凄く冷めた目をしていて恐ろしいくらいだった。
フリージアがこの場に居なければ、エルドレッドは今すぐにでもイェネーブル王国へ飛んでいき王族全員を殺しているだろう。
ピリピリとした緊張感が走る中、医師の話が続く。
「また、お嬢様の体には子供らしい筋肉がまるでありません。普通ならば歩くことも困難だと思いますが、お嬢様は歩いていらっしゃったのですよね?」
医師の問いかけにエルドレッドが「うん」と頷く。
起き上がることも難しいほど筋力がないと医師が続けるが、エイダが自分で起き上がっていたことも伝えると「一体どうやって……」と医師は尚更困惑したような表情となった。
「もしかして魔法で強化してたのかな……」
エルドレッドの言葉を聞き、医師は「ああ」と納得し、エイダのその目が少し涙目となる。
あんなに可愛らしい女の子がこれまでどんな仕打ちを受けてきたのだろうか、と想像したのだろう。
エイダの顔には哀しみが現れていた。
けれど一人前の侍女として涙は見せない。
ただフリージアに対しては今まで以上に愛情を掛けて接しようと心の中で誓っていた。
「だが食事もなしで生きていられるものなのか?」
フェリックスはエルドレッドに問いかけた。
するとエルドレッドは渋い顔でうんと頷いた。
「あの国はポーションの歴史が長いし、魔法塔の管理も昔からのものだから、栄養剤みたいなものをフリージアにずっと与えていたんだろうね……それに無意識でフリージアが自分自身を癒していた可能性もあるよ、あの子は物凄い魔法使いだから……」
「そうか……それはまた残酷な話だな」
「うん……」
フリージアは魔力が多かったお陰で死なずに済んだ。
けれど魔力があるゆえに自分自身を癒し、あの場所に閉じ込められ魔力を吸われる苦しみをずっと耐えることになった。
もしエルドレッドとあの夜出会わなければ、フリージアの悲しい現実は今も続いていただろう。
あまりにも痛ましすぎる話に、この場にいる皆の表情に怒りのようなものが沸く。
フリージアを人間だとは思わず、本当に物扱いしていた行為。
資料を見てフリージア以外の子供たちが簡単に死んでしまった理由が良く分かる。
そんな生活にフリージア以外は誰も耐えられなかったのだ。
魔法塔に入ってから、長くて五年、短ければ一年でその命を落としていた他の王子や王女たち。
食事も与えられず、健康のための運動もなく、日に当たることもない生活。
そんな中で子供が育つわけがない。
「あんな国、ぶっ壊してやれば良かった……」
フリージアが居たという理由もある。
それにフリージアが魔力球に魔法を掛けたことであの国が勝手に滅びていく、とそう思ったということもあるが、今のフリージアの状態を聞いてエルドレッドは王族を出来るだけ残酷な方法で始末してくるべきだったと悔やんでいた。
「エルドレッド、落ち着け、これ以上彼女が傷つくようなことはするなよ」
「……」
殺しなど今更かもしれないが、フリージアのためにエルドレッドがイェネーブル王国の王族に手を掛けたと知ればフリージアは傷つくだろう。
勿論犯行がバレる愚行をエルドレッドがする筈はないが、フリージアは未知の魔法使いだ、エルドレッドの秘密をいとも簡単に暴ける可能性もある。
「自滅を待つしかないか……」
エルドレッドがそう呟けばフェリックスにポンと肩に手を置かれた。
その顔が困っているような、それでいて楽し気な様子で目が合うとイラッとした。
「コホンッ、それでお嬢様の今後ですが、まずは流動食から始めていき、マッサージをしながら手足を動かし、粥を食べられるようになったらごく軽い運動……部屋内を歩くところから始めて戴いて、体を内と外から動かすことになれていくようにしていこうと思います」
「内とは体内のことだな?」
「はい、食事の量も焦らずゆっくりと増やしましょう。ポーションで栄養を補うこともしますが、お嬢様の体は幼子と一緒、薬などは薄めて使いたいと思います。それにお嬢様の体にはこれ以上強い薬は使いたくはありませんので、時間をかけて癒していきたいと思います」
「「……」」
医師から見てもフリージアの体はあり得ない状態のようだ。
栄養剤だけで十三年も生きてきた少女。
それは奇跡に近い。
体が細く、小さく、体力も少ない女の子。
そう思っていたけれど、それは違った。
フリージアは魔法でそう見えるようにしていただけで、本当は起き上がることだって出来ない体だった。
エルドレッドに駆け寄ってきたあの姿は、彼女の努力の結果だったのだ。
(フィシィは俺のために、どれだけ頑張ったんだろう……)
エルドレッドは胸に熱いものが込み上げる。
涙を流せる体であれば、きっと泣いていたと自分でも思った。
「エルドレッド、私は、この国の王として、あの子には出来る限りのことをすると誓う、あの子はこの国の恩人だからな」
そう言ったフェリックスの瞳は潤んでいた。
ヒューゴもエイダも流石に涙に負けてしまったのか、ハンカチで目元を押さえている。
「フリージアは俺が絶対に幸せにする」
どんなに辛くてもエルドレッドは泣くことは出来ない。
涙などとうに捨ててしまった。
だからこそフリージアの幸せを強く願う。
自分のような無感情の人間にフリージアを育てたくはない。
本心からそう願う。
「俺はフィシィの望むことを、どんなことをしたって叶えて見せるよ」
「ああ、そうだな、エルドレッド、彼女を幸せにしてあげよう……」
フリージアの幸せを願うエルドレッドの言葉に、この場にいる皆が頷いたのだった。
こんにちは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
また、ブクマ、☆、などの応援もありがとうございます。
エルドレッドの「俺」呼び部分が「おら」になっていて一人笑っていました。
打ち間違い注意ですね。
「おらはフィシィの望むことを、どんなことをしたって叶えて見せるよ」
素朴な感じ。(笑)




