ラスター王国へ
「フェリックス、ただいま、戻って来たよ」
「エルドレッド?!」
暫く戻らないと言っていたエルドレッド。
イェネーブル王国内を詳しく調べるのだ、一か月は戻らないだろう……フェリックスはそう覚悟していたのだが、一週間経ったか経たないかといううちに王城へと戻ってきて驚く。
もしかして何か不都合が起きたのか?
不安になったフェリックスだったが、エルドレッドをじっくり見てなお驚く。
小さな女の子を腕の中へ抱えていたからだ。
「エルドレッド……お前……まさか……」
「フフ、可愛いだろう、俺のフィシィ、フリージアだよ」
「……」
フリージアと呼ばれた少女は、エルドレッドの胸の中で安心した表情を浮かべ眠っている。
濃い金色の長い髪。
そして美しい顔立ちにか細い手足。
どう考えても前回の報告で言っていたイェネーブル王国の王族だろう。
魔法塔に拘束されていると言っていた少女の特徴そのものだ。
前触れも何もない突然の出来事にフェリックスは言葉を失った。
「……」
「ねえ、フェリックス、話の前にこの子を休ませたいんだけど」
「えっ……? あ、ああ、そうだな……だがちょっと待て、世話をするのが誰でもいいとはいかないだろう」
フェリックスは慌てて自分の腹心の部下、乳兄弟であるヒューゴを呼び出す。
そして信用のおけるメイドを呼ぶように指示を出し、フリージアのお世話係の準備を頼んだ。
その間エルドレッドはフリージアをソファーへ寝かし、その横へ座ると優しい笑みを浮かべフリージアの頭を撫でる。
そのぎこちない様子が、エルドレッドが本当に彼女を愛している姿のようで、フェリックスは自分の目を疑った。
(動物を可愛がる感じとは違うよな……いや、そもそもこいつが動物に愛着を持つことはなかったが……)
これまでのエルドレッドには誰かを慈しむ心などなかったと言える。
フェリックスが従兄弟だと名乗っても、この国の王だと伝えても、そんなことどうでもいい、自分には関係ないと、心を全く開かなかったエルドレッドが、敵国ともいえる王女に優しく接し微笑んでいる。
(仕事のやりすぎで悪夢でも見ているのか? これは現実だよな?)
フェリックスがそんな考えに行きつくのは当然で、それほど目の前の光景が信じられなかった。
「陛下、メイドの準備が整いました」
「あ、ああ……そうか、早かったな。エルドレッド、彼女をヒューゴに渡してくれ」
フェリックスから声を掛けられると、エルドレッドはフリージアを起こさないようにと気を使い、そっと抱き上げると「気を付けてね」と声を掛けながらヒューゴに手渡した。
(一体こいつは誰だ? 本当にエルドレッドか? まさか偽物ってことはないよな?)
本気でそう思ってしまうほど目の前のエルドレッドは別人のようだ。
フリージアを渡されたヒューゴも驚きを隠せないようで目を見開いている。
「ヒューゴ、この子はフリージア、体力があまりないから気を付けてくれる」
「……は、はい、承知しました」
「それと、もし途中で目を覚まして不安がるようだったら僕を呼んでくれる? すぐに駆け付けるからさ」
「か、畏まりました、そのように……」
エルドレッドの様子からただ事ではないと改めて確信したかのように、ヒューゴは目礼で挨拶をするとフリージアを大事に抱え部屋から出ていった。
そしてその様子をエルドレッドは心配気に見送る。
片時も離れたくはない。
そう言っているかのような瞳は、まるで捨てられた子供のようで……
エルドレッドの方がフリージアに依存している、そんな様子だった。
「エルドレッド……お前、大丈夫か……? 熱とかないよな?」
「? 勿論大丈夫だよ、っていうか、その聞き方ちょっと俺に失礼だよね? 俺、今凄くいい気分なのに」
拗ねた顔をするエルドレッドに、まあ座れと向かいの席をすすめる。
歩くエルドレッドは鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な様子だ。
あの少女の何がこれほどエルドレッドを惹きつけているのかは分からないが、良い傾向だとフェリックスは内心喜びを感じる。
初めて会った時のエルドレッドは感情の何もない、人とも呼べない人形のような人間だった。
魔法持ちとして売られそうになり、逃げ出したエルドレッドは幼いながらも生きるため闇ギルドに所属した。
心が病んでいる、そんな甘いものでは無かった。
何にも興味がなく、今生きているから生きている、そんな状態だった。
冗談を言って何とか心を開かせようと努力したが、空振りばかり、相手にもされなかった。
最近になってやっと友人ぐらいにはなれたかと思っていたが、そうでもなかったらしい。
あの少女へ向けるエルドレッドの瞳は、フェリックスや他者へ向ける物とは別物だ。
彼女だけが特別、その視線がそう言っているようだった。
「さーて、エルドレッド、きちんと報告をして貰おうか?」
座って向かい合い深い声色で声を掛けても、エルドレッドに悪びれるそぶりはない。
他国の王女を誘拐してきたのにだ。
「うん、まあ、イェネーブル王国だけど、城に勤める役人たちを調べた結果、前回話し通り役立たずばかりだったかなぁ」
「そうか、それはこっちとしては有難いな。それでも使えるやつは多少はいるんだろう?」
「まあ、多少はね。でもそういう人は重要な役職には就いていない。政治が好きというか……生まれの良い金持ちが仕切っている国って感じだねー。あとは魔法使いだと自慢する魔力がある人間かな? 本当の実力者は苦汁をなめてるね。あの国で地位の高い魔法使いは実践には向かない者が殆どだったしねー」
「ほう、宝の持ち腐れってやつか?」
「うん、まあ、そんな感じだね。宝も何も、持って生まれたままの状態? どれだけ魔法が使えるかも怪しい奴らばかりだね。魔法使いで鍛錬なんてしてるのは下っ端ぐらいしかいなかったし」
「そうなのか」
「うん」
それも無理矢理、嫌がらせのような訓練だった。
虐めともいえる。
上が下っ端を揶揄い、遊んでいるようなものだ。
あれではちゃんとした魔法使いなど育たない。
魔法が使えるものも家柄が低ければ名乗り出ることさえないかもしれない。
フェリックスにそのことも伝えれば「そうか」と言ってニヤリと笑った。
「今まであの国の魔法を怖がっていたが、戦えば意外と勝てた国はあったかもしれないな」
「そうだねー……まあ、魔力塔がなければって前提があるけどね」
「まあな」
エルドレッドの情報はフェリックスには有難いものだった。
イェネーブル王国は魔法使いが多くいる強い国。
そんな昔からの印象があるため、皆あの国の王族には強く出れない。報復を恐れている。
これまでの歴史がイェネーブル王国の強さを物語っているからというのもある。
だが今は魔法使いも減り、その上名ばかりの者たちばかりだとエルドレッドは言う。
魔法使いの数は確かに他国よりも多いがそれだけ、戦うことに長けている訳ではないので素人と同じ。
戦争となれば前線に出向く魔法使いなどイェネーブル王国にはいない。
魔法使いというだけで重要視されることがあの国を弱くしているようだった。
「で、あの子は? どうやって連れてきた、魔法塔に縛られていたんだろう?」
フリージアの話を振れば、事務的な報告ばかりでつまらなそうだったエルドレッドの顔が一瞬で楽し気なものに変わる。
「あの子ね、フィシィは凄いんだよ!」
「そうなのか?」
「うん! 誰も教えていないのに俺が行ったら魔法を使えるようになっててね」
「はあ?」
「俺の目の前で自分であの足枷から足を取り出したんだよ! 何も壊すことなくね!」
「は?」
「それに魔力球も、フィシィが改良したんだ」
「かいりょう……?」
「そう! あの国では今後魔法が使い辛くなるようにってそんな魔法を掛けたんだ! 古代魔道具に!」
「はいぃ?」
「今後フィシィの代わりをあの魔法塔に置いたとしても、魔力を供給すればするほどあの国は勝手に弱体化していくんだ」
「……」
「フィシィは天才だよ、魔法国家が産んだ天然の天才、大魔術師の卵だね!」
「……」
エルドレッドの説明を聞けば聞くほどフェリックスは頭が回らなくなる。
このエルドレッドが言うことだ、嘘であるはずがないのだけれど、そんな夢物語のような存在がいるはずがない。魔法を使うことの難しさを知っているだけにどうしてもそう思ってしまう。
その上連れてきた少女は、何もないところでずっと監禁されていた状態だったそうだ。
言葉が話せただけでも不思議なぐらいなのに、あの難しい呪文をどうやって覚え唱えたのか、フェリックスには想像も出来なかった。
「フィシィにはね、前の記憶があるんだって」
「……前の? 記憶?」
「そう、古代語を使っていたころの記憶だよ、凄いでしょう!」
「は?」
「だからフィシィはどんな魔法だって使える! 俺が知らない魔法もね! それにあの魔力量だ、向かうところ敵なし! フフフ、俺、良い仕事してきただろう? 報酬上乗せして欲しいぐらいなんだけど?」
「……」
ニタリと良い笑顔で笑うエルドレッドを前に(やっぱりこれは夢か?)と現実逃避するフェリックスは、どう答えていいのか分からなかった。
こんばんは、夢子です。
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またブクマ、☆、などの応援もありがとうございます。
遅くなりました、今月は日曜全部出勤という悲しい現実なのです……
踏み台令息と話数が揃いましたのでこちらは日、水曜日投稿にいたします。
宜しくお願い致します。




