『ニスペルヘイム』
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あれこれドロップするこの世界の迷宮の少し特殊な事情───新聞から分かったのは『迷宮を独占する輩』と『正当な手続きのもと貸切にできる制度』
よく被害に遭う迷宮がビールやワイン、焼酎に日本酒、エール、エードなどなど、アルコールが一面だけでも3件確認された
そしてアルコールとなれば『酒の肴』が欲しくなるらしく、これも被害が出ている。2番目に被害が出ると思いきやこちらがアルコールを越して5件も確認された
「アホくさ」
どこの世界でも他人に迷惑をかける飲兵衛がいるもんだなと呆れが出てくる。酒は楽しく飲むもんじゃろがい、他人に迷惑をかけるなんて言語道断
そんなこんなしているうちにニスペルヘイムに到着した。辺りにはまだ何もなく出入り口らしき口に崩落防止用の木組みがされている程度で全くの手付かずと言っていい迷宮だった
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テールの地下一階は石レンガで整えられた様子とは違いニスペルヘイムは剥き出しの鍾乳石が上下に伸びている───あからさまな天然洞窟の様相を呈していた
アダムス家以外は来てなかったようで人気も確認できず、人工物の類も確認できなかった。恐らく今後もこの迷宮が整備されることはないだろう
少し悲しく感じる
壁に手をつき、背中を預ける。吹く風が髪を梳き、カビた匂いが鼻をつく
「迷宮を観光地にしている街もあるんだろうか」
物質的な価値がないにしてもどうにかして価値を見出したくなる。分かっているこれはエゴだ
「探索しよう」
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迷宮の中を見て回っていると『カロン』という楽器に使われていても不思議ではない軽やかな音が耳に届いた。周りを歩き周り、大凡の位置を把握した
近場の鍾乳石の裏に移動し、高まる心拍数と共に身を隠した。足音が徐々に近づいてくるとその姿も見えてきた
「…」
歩く骨が視界に入った。皮膚、筋肉、臓器の類は見えず───ただの骨だけが目の前を歩いていた
なぜ動けているのか不思議でならない存在が辺りを見回す仕草をしている。眼球がないのにその行動に意味はあるのだろうか?
「ナイフも槍も
相性良さそうには見えんな」
骨だけの存在。骨とは鎧である───槍やナイフは主要臓器への有効打を目的とした武器であり、骨だけのアレはその主要臓器自体が存在しない
「(方法はなくはないけど)」
四の五の考えていると頭蓋骨がこちらを向いた
「(逃げるか?)」
両手を構えた骸骨が思いの外早い動きでこちらに近づいてきた。筋肉もないのに普通に速いのがとてつもなくシュールだ
「…っふ」
刃先から最も遠い槍の柄を片手で掴み、棒として骸骨を薙ぎ払う。木の軋みとは別の骨の感触が手のひらを伝ってきた
素人でも振り回せば凶器たり得る。これならと骸骨を確認するも驚くことに骸骨は吹き飛ばされるだけでバラバラになったりはしなかった。そればかりか人の形を保った状態で立ち上がろうとしていた
「…ッ」
マジでどういう構造してんだ?
ビビり散らかし追撃ができないまま骸骨が立ち上がるのを見守ってしまった。骸骨は立ち上がると再びこちらに攻撃を仕掛けてきた
その姿は『操り人形』だ。人の形をしているがそこには一切の『思考』を感じさせない存在。ただ上げた腕を武器にこちらを殴りつけようとするだけの『傀儡』
「(脆いな)」
薙ぎ払い続けて気がつくのは骨の強度のなさ、折れて尚動き続けられるのには驚いたものの武器の硬さが勝っているのは明白であり、攻撃を続ければ倒せそうだ
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骸骨との数分の戦い───動きを完全に理解するには十分な時間だった。威力はあるものの動きは愚鈍で防御力は殆ど存在しない
その内僕は接近戦を仕掛け始めた。槍を片手に相手の攻撃を躱すか否し、拳で殴りつける。骨の表面はザラザラしており『健康的』とは言えなかった
「ってぇ」
しかし、思った以上に骨の強度は低く拳による一撃により折れた
「…」
ガラ空きの胴目掛けて蹴りを入れる。内臓はないためそのまま脊椎まで貫通すると吹き飛ばした
「時間かけ過ぎたな」
比較対象がスライムばかりなため、どうか分からないものの明らかに耐えられているのは確かだ。しかし、全身の骨をやられ動きの鈍くなった骸骨は最早敵とはならず
最後に残った頭蓋骨を槍による渾身の一撃で薙ぎ払った。頭蓋骨は他の骨と比べて硬かったものの骨を叩き割るに至った
「ん?」
気がつけば骸骨のいたところには1粒の種があった。アレだけ苦労してこれだけ?と思いつつ種をつまみ上げようとした瞬間、それは『お皿』と同様に消えてなくなった。文字通り消えた
「何もないか」
何も無くなった地面を見て道中で出会った青年の言葉を思い出して反芻する。出てきたドロップが消えるのなら物質的な価値は本当にないのだろう
「…野菜とか鉱石が出てくれたらな〜」
テールでの一件が落ち着くまで迷宮を転々とする日々が続きそうだがニスペルヘイムはその選択肢から外れそうではある
テールを除いて近場であることを考えると力試しに足を運ぶくらいなら良さげではあるものの余裕のない今の状況で何も手に入らない迷宮に足繁く通う意味は見出せなかった
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ニスペルヘイムからの帰路の途中、見知った顔が向こうからやってくるのが見えて手を振った
「キヨマルさん?」
「どうもイーラさん」
恵みの享受の従業員の方と会った。今回は生産者の様で武器を装備した姿での対面だった。どうにもニスペルヘイムでのドロップ調査に向かっている様だった
短い挨拶を終え、帰路へと向かった
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「ん?」
やや遠方で土煙がめちゃくちゃに上がっていた。畦道であることを差し引いても只事ではない状況に道を譲るために草むらに移動した直後、何台もの馬車が通り抜けて行くと静寂だけが辺りに残った
「なんだったんだ?」
この先にあるのはシムシムと言われる『植物』穀物がよく手に入る迷宮だった気がするが
「まぁ、今のところ関係はないか」
特に気にする意味もなさそうなので自宅までの道のりを歩き始めた。そんなこんなでグレーさんの元まで後数分となったところでグレーさんが向こうから歩いてきていた
「あれ?タイラーさん?」
「はい、タイラーです」
「ニスペルヘイムには行かなかったですか?」
「いえ、行ってきましたよ」
「えぇ!?速くないですか?」
「そうですかね?」
「そうですよ」
実感は特にないが迷宮探索で体力がついたのだろうか?遅くなるよりよっぽど良い
「でもどうしましょう…」
「どうしました?」
「タイラーさんのためにお弁当作ったのです」
「…」
何から何までこの方にはありがとうでは言い尽くせない程良くして貰っている
「グレーさん」
「はい?」
「いつもありがとうございます」
いつ返し切れるか分からない恩を少しずつでも言葉にして返していこう。もう少しお金が貯まれば色々買えそうだし、ニスペルヘイム以外にも行くべきだ
「急にどうしたんですか?」
「いえ、いつも助けて貰っていますので」
「それなら私も
タイラーさんいつもありがとうございます」




