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『手癖の悪い兎娘』

◆◇◆◇◆


「…」


 床に敷くタイプの寝具から半身を起こして、眠い目を擦りながら仕事の準備をする。何か重要なことを忘れている様な気もするが恐らく夢の記憶だろう気にするだけ無駄だ


「仕事仕事」


 独り言を呟きながら身支度を終え食事を済ませて、仕事道具を確認がてら『◾️』を確認しようとそれに手を伸ばした時、頭に掛かっていたモヤの正体に気がついた


「あ〜なるほどね」


 手に取ろうとした『◾️』の姿形を認識できず、初めは仕事の疲れかと疑ったものの、自分の近況を思い出し、自覚するべく口に出した


「これ夢だ」


◆◇◆◇◆


 気がついた後は早かった。意識が引っ張り上げられるように辺りの景色が暗転していった直後


「ッてぇ…」


 凄まじい衝撃により強制的な覚醒を促される


 目を開け、見えたのは見知った天井、暖かみがまるでない丁寧に加工されたであろう石レンガと何で燃え続けられるか皆目見当のつかない無臭松明


 ズキズキと痛む、衝撃を受けた首は強烈な一撃を如実に教えてくる。首がもげかねない衝撃に命の危機を感じ、両腕で首を守る姿勢───ボクシングのガードの様に構えた


 すると再び何かが突進してきた。腕にぶつかってくる硬くも柔らかくもあるそれはいつかに殴り飛ばした『スライム』の感触に酷似していた


「(なんかずっと眠い)」


 絶えず続く瞼の重みに眠気がきっかけで眠る直前の記憶を思い出した。地下に続く階段を見つけた直後、出会い頭に『何か』をされたんだと


 その何かの正体がこの『眠気』なのだろう。テールの地下二階に生息するモンスター、眠りスライム、事前情報があってもこの体たらくかと心の中で悪態をつく


 眠い目を擦りながらの戦闘に苛立ちが募る


 何分身体が言うことを聞かないのはこれが初めてじゃない、そばに落ちてる竹槍を拾って構えるが、急激な眠気に襲われ、槍を杖の代わりにして体制を保つので精一杯だった


◆◇◆◇◆


 悪戦苦闘、瞼の裏で何度も意識を覚醒させるも、その度に強い眠気に苛まれる


 そして、何度目かも忘れた眠気からの覚醒により、掴んだ『意識半覚醒でも身体を動かすコツ』と『視界を閉じたことによる残り五感の研ぎ澄まし』


「(跳んできたな)」


 肌感で分かる。地面越しに伝わってくる感覚を頼りに竹槍で迎撃をしつつ好機を探るも再び訪れた身体の重み、眠気に引っ張られ身体が倒れそうになる


 今落とした竹槍を拾うロスは中々に重い。眠りスライムの『眠気』は任意なのだろうか、用心深くこちらの反撃の隙を潰す立ち回りを続けているようだ


「これは」


 意識が遠くなって、竹槍が何度目かの手から滑り落ちる感覚、僕はまた眠りに落ちていこうとしていた


「(やばいやばい)」


 意識を覚醒に無理矢理押し上げる。抵抗ができているのを幸いにいつかに買っていたナイフを引き抜き様、眠りスライムが体当たりをしてくるであろう首の位置で構えた


 狙い澄まして跳んでくるもんだから"串刺し"か"すっぱ抜けた"か定かではないもののスライムが自滅したことは柄から伝わる感触で分かった


 これで終わったのか?視界を閉じた暗闇の中で再びくるかもしれない衝撃に身を強張らせるが数秒眠気の強まりは来なかった


「…はぁ」


 とは言え痛みがどっと押し寄せてきたので片膝をつき、呼吸を整えると眠気に対して、今一度の気付けを行いハッキリと目を覚ます


 ゆっくりと目を開けるとかなり不味い状況だったことに寒気を覚える。何が不味い?絶えず飛んでくる眠気が不味い


 意識がハッキリして分かるのは首が寝違えた様に痛いのに馬鹿みたいに強い眠気が全身を包んで眠らせようとしてきていた点だ。環境の変化による覚醒、外部刺激からの覚醒と睡眠の優先順位は二の次になることが殆ど。しかし『眠りスライム』のそれは恐らく『強制』、味方がいなければ起きるのに手間取ることは必至


 加えて眠りスライムは疑り深く獲物が完全に無防備になってから殴りにくるためか、反撃前提の立ち回りはかなり不利だと分かった


「人参…」


 勝利───なんとも呆気のない終わりを迎えた


 首の痛みが打撲によるもので安心しつつ首を回す。眠りスライムがドロップしたのは前情報通りの人参だった。ふっくらツヤツヤの形良しの人参が目に入る


 どれくらいで売れるんだろうか、いや先ずは食べてみるのが1番だろうか、そう思いつつ先ずグレーさんを抱き抱えようとしたその時


「(やべ)」


 既視感のある身体の重みを受け、咄嗟にナイフを取り出し、グレーさんを庇った瞬間。真横から熱を帯びた何かが飛んで来た


 それは火球と呼べる代物で飛翔を続けるそれはスライムに直撃するとメラメラと燃え盛り、やがて眠りスライムを燃やし尽くすと静かに鎮火した


「なーにもたもたしてんだ」


「眠りスライム一匹に手間取ってるんなら

 下に行かない方がいいぜえ」


「【イージースキャン】……◾️◾️1か

 テールの地下二階は危険です」


 振り返るとそこにはカートを押して歩く男3人組がいた


 3人はそれぞれが迷宮の2階に行くことをお勧めしない言葉を投げかけてきた。人相がやや(やから)寄りながら助けてくれた事実から察するに助言で間違いなかった


「すみません

 ありがとうございます」


 元々潜る気はなかったので、お礼を言ってその場を後にした。すれ違い様カートの側を通ると心なしか心が軽くなった。不思議な感覚に振り返った時、彼らの表情はどこか暗かった


◆◇◆◇◆


 グレーさんに目立った外傷は見られずホッとする。人参を拾い損ねていたことは痛手ながら五体満足であることは喜ばしいことだが


 眠りスライムへの対策、第二階層に入るためにはこれの対策が必須だと分かった


「それにしても」


 眠りスライム然り生き物に致命の一撃を与えることができれば、何とかなると思い、ナイフを取り出して背筋が凍った


「(欠けてる)」


 2度使っただけのナイフに刃こぼれが生じていた。不良品といった言葉が頭をよぎったものの1度目の使用でそんな予兆がなかったことから無茶な使い方をしたツケがきたのだろうと納得して鞘に納めた


「(あ、竹槍も落としてきたんだった)」


 気を取り直そうと得物の手入れをしようとしたものの人参同様に拾い損ねていることに気がつき、ため息が漏れた


 今日のことでハッキリしたのは『不足の事態』でいとも簡単に死にかねない事実確認だった


 日々の繰り返しに生じた異常で、こうも簡単に死と隣り合うのであれば、ほんの少しでも判断を誤っていれば同様の事態に陥ることだろう


 グレーさんが起きるまでの間、考えるべきことだと思う


◆◇◆◇◆


 後日、竹槍諸々を回収しようとやって来たはいいものの竹槍も人参も無くなっていた


「最悪だ…」


 そんな意気消沈な僕の耳に聞き慣れた不快な音が聞こえ始めた


「こんな時に」


 ナイフを抜き、通路の側で待ち構える


 一階だというのに2日連続でひと回り危険なモンスターに絡まれるとは、なんて日だ


「っと」


 眠りスライムが視界に入ったと同時に全体重を乗せた振り下ろしで仕留めに掛かる


 如何に優れた弾力があろうとも鋭く研がれたナイフの前では相性が悪いのだろう、僕に気がついたであろう眠りスライムの『睡魔』に掛かったとて作用点は定められ、体重移動をそのままに眠りスライムを刺し潰した


「眠…」


 目の前の人参を見るに無事倒せたようで安心する。しかし、案の定ナイフの先端が欠けているのが見て取れる


 これで手持ちの武器は紛失もしくは破損中と踏んだり蹴ったりな状態となった


 グレーさんからの借り物を紛失してしまったことに強い不快感を受けつつも人参を手に取り、振り向いて帰ろうとした僕は人とぶつかりそうになった


「わぁ!ごめんなさい」


「…」


 僕の視界にバニーガールが入った。よくSNSで見かけていたイラストなどで見る黒い肩出しラバースーツ?の様なものに編みタイツと中々目のやり場に困る格好そのままの姿の兎耳の少女?がいた


 背丈は、頭ひとつ違う150前後だろうか


「ジー」


「…(汗」


「でっどぉぁにんじん」


「…え?」


「くれないの?」


 やや拙げにそう言った少女、謝罪に人参を要求されたようであるもののテールの地下二階にいるモンスターを倒さなければ手に入らないのでどうしようかと戸惑うしかなかった


 そんな状況に少女が手を振り上げると手を『手刀』───指を全部伸ばし隙間なく真っ直ぐさせた形にすると僕目掛けて振り下ろして来た


 子供の間で流行っている遊びだろうか?元の世界での一昔前はツッコミの動作が流行ったものだと迫る手刀を眺める。速いとも遅いともつかない手刀は僕に触れんとする瞬間、空気を裂く音と空気の壁を僕に感じさせた


 嫌な予感───咄嗟に身を退け反らせ手刀を回避した


「…っ」


「…」


 少女の全身を確認する


 改めて僕はこの世界に馴染めていないことが分かった。変な話


 ここは迷宮の中であり、モンスターが出てくる。この世界での当たり前。で、あるなら武器を携帯していなければ自殺行為に等しいと思われて当然なのだと


 しかし、目の前の少女はどうだろうか


 精力的で自殺志願者には見えない。しかし、丸腰に見える。"手刀"その物がこいつの武器なのだろうと仕草から察せる


 体制が崩れて、2、3歩後退りに身を任せ距離を取った


 少女は無表情ながら何処か不思議そうにこちらを見ると再び口を開いた


「◾️◾️は?」


「?」


「◾️◾️」


 少女の口から聞き取れない言葉が出てきた。ニュアンスとしては英語に近い語呂なのだがはっきりとは聞き取れなかった。しかし、直近で聞いたことが確かにあった。あれは昨日言われた


「1です」


「低◾️◾️、きらい」


「…」


 正直に答えた僕に少女はそう言ってきた。僕も初対面で早々に殺そうとしてくるそちらにもあまり好印象はないのですが


 手刀女は僕を見つめている。感情の乏しい顔と視線、何を考えてるのか今ひとつ分からないそんな不気味さを覚える


「あの」


「…」


 身構える僕を他所に手刀女は迷宮の外へと続く道の果てに消えていった。一体何なんだったのやら


「…あ!」


 てか人参取られとる!?あいつ、いつの間に


◆◇◆◇◆


「それは災難でしたね」


「手癖の悪い奴もいたもんですよ…」


 野菜を切りつつ鍋の火を確認する。今日も変わらずもやしを主軸とした料理の数々、本来ならここに人参が加わっていたというのに


「あの兎っ子(うさぎっこ)め」


「!タイラーさん、その方どんな

 服装をされていましたか?」


「バニーガールって言って伝わりますかね?

 こうピタッとした感じの服に

 編み目タイツ、兎耳に酷似した…」


「そ、そ、その方もしかして

 デッドォァニンジンって言ってましたか?」


「ですね」


「イバちゃんだ…」


「え?」


「タイラーさん

 テールの迷宮に数日は

 近づかないほうがいいかもです」


 青ざめたグレーさんの言葉に思わず聞き返した


「どういうことですか?」


「その方、ニンジンソムリエさん

 なのです。ニンジンに目がないのです」


 この世界にもソムリエ───『専門家』がいるんだなと雑に納得しながらグレーさんの慌て様に傾聴する


「大のニンジン好きなので

 取られちゃったんだと思います」


「なんて理不尽な…でも

 迷宮との関係性は?」


「その方、美味しくないニンジンの生産者に

 チョップをするのです」


「…もしかして

 僕もその対象に?」


「かも知れないのです」


「でも僕はまだ人参を渡してないのに

 襲われましたよ?」


「イバちゃんは低◾️◾️嫌いでも

 有名なのです」


「なるほど」


 厄介な覚え事が次から次へと増えていく今日この頃だ。てか、自分で奪っておきながら美味しくないから殺しますは理不尽過ぎません?

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