【名称不明のユニークスキル】と『迷宮病』
◆◇◆◇◆
「これはどういうことなのです?」
疑問をグレーさんに聞こうとした瞬間に同じ状況であること知った。世界から梯子を外された気分だ
「Nって低いんですか?」
「N?よく分かりません
空白なのは初めて見るのです」
更にグレーさんの見えているものと僕が見えてるものは別ものらしい───話の噛み合いが放棄されている現状『孤立無援』どうしたものか
評価は曖昧だし、アルファベットだし、Nだし
「(やっぱり、情報だけに頼るのはいけないな)」
「タイラーさん?」
Nがいいのか、それとも悪いのか、何故アルファベット表記なのか、Aに収束するのがいいのか逆なのか
そこまで考えても尚、情報の羅列は性に合わない。ぐちぐち言ってても始まらない。なので簡単に確かめる方法を取ることを決心。したが
「グレーさん行きましょう」
「?ですね」
僕は姿見から離れることにした。今はその時じゃない。グレーさんの荷物持ちに徹している今それを放棄することは好ましくない。時間が空いた時にでも迷宮に挑むとしよう
◆◇◆◇◆
迷宮の帰り道、行って帰ってくるのに半日、一層の探索だけでこれとなると最下層と呼ばれる各迷宮の攻略にはどれ程の時間、労力や資金、人員が必要になるのだろうか
もやしを回収しながら考え事をしていると
「タイラーさん、スライムを倒してみるです?」
グレーさんがハンマーを差し出してきた
「いいんですか?」
「位置的には問題はなかったので
使ってみてください」
思わぬ申し出にのる形で差し出されたハンマーを掴む───重厚感溢れる見た目に恐る恐る受け取った瞬間、ずっしりとした感覚に手首が捻じれるのを感じ、急いで片手から両手で掴み踏ん張りを込める
「おっも…」
ハンマーに重心が傾き、膝に踏ん張りが伝播する転びそうなのを辛うじて回避するが地面に落ちかけるハンマーの重みにより腕に痺れが出始め、腰を入れてみたところで『持てるものの』『扱える気がしない』のでゆっくりと地面に置いた
「とてもじゃないけど、扱えなさそうです」
「ご、ごめんなさいなのです!」
グレーさんの立ち姿を見て使い方が何となくはわかった気でいたものの『武器』としてのハンマーを器用に使いこなすことは僕にはできなさそうだった
多分これは腰をやらかす
「じゃあ、あれなら」
手招きを受けて鞄を下ろすとグレーさんは鞄の中から先端の尖った節のある棒を取り出し差し出してきた
『竹槍』───真竹を成人男性程の高さで裁断し、先端を鋭利に形成したもの
竹槍を受け取る、使い古されており、薄茶色の竹槍は真竹のものと比べて軋むような、割れる様な沈み込みがあり独特な柔らかさを手のひらに受けた
「スライムが来たです」
「あ、いや、心の準備が」
受け取った後、間も無く実践に放り込まれた
グレーさんが警戒する先にスライムがおり、案の定『滅多矢鱈』に弾み始めた。グレーさんはハンマーを構えるも前に進む様子がない。僕に譲ってくれている様子だった
引くに引けない事態
腹を括るしかないか、家に出た虫、蜘蛛以外の虫に慈悲をかけないように殺さなければならない。それでも何処か気の引ける状況に戸惑いが隠せなかった
「タイラーさん!」
「うわっ、ぶね」
こっちらに弾みかかってきたスライムに槍を殴りぶつける。横振りでスライムを叩く───叩く感触は『ダイラタンシー』の感触だった
色付き透明ながら何かしらの混ぜ物がされている様な奇妙な感触───柔らか過ぎず硬くもない感触が伝わってきた
「嫌だな」
震える槍先、命のやり取りを享受できる気はしない。自ら動いているものに僕は『生きている』ことを当て嵌めてしまう
殺しは嫌だ
けど、あっちが殺そうとしてくるならやるしかない。腹を括るしかない。心底嫌だけど。勘弁して欲しいし本当にやめて欲しい
「…(はぁ)」
目線の先で壁にぶつかったスライム目掛けて槍を突き出す。震えるスライムの身体に『ススス』と入っていく槍の感触は抵抗こそあったが直ぐにでもその先の石畳の床に槍が接触し、手の中で槍が滑った
「痛ッ」
手のひらに竹のささくれが刺さって悶絶する痛みを受けた。皮膚を突き抜けて刺さる『ささくれ』が竹槍が過ごしてきた時間を物語る。これは硬布を巻かなければ直ぐにでも手のひらが血だらけになるなと思った
「す、すごーい
こんなにいっぱいドロップするなんて
はじめて見たのです」
「量すごいな」
驚き喜ぶグレーさんの声のする方を見るとスーパーに売られてるもやしの袋10袋は下らない量が大の平皿にこんもりと盛られていた───比較対象はグレーさんが見せてくれたドロップ量。Nは取り敢えず低いわけでないことがわかった
しかし、何だろうかな
「…」
『山盛りもやし』───シュールだ、これ以上なくシュールだ。いつかのお祭り気分を思わせる景色に思わず苦笑いが溢れる。これ程の量を一度に見ることは基本ないな
「タイラーさんは…」
「ん?」
「何でもないのです!
早く帰って食事にするのです!」
視線を泳がせたグレーさんが鞄にもやしを詰めていく、それを手伝い、鞄を背負うと僕たちは迷宮を後にした
◆◇◆◇◆
「うわぁ…もう夜か」
「タイラーさん
食事にするのです」
「ですね」
朝昼食を食べた時に使った水場の近くで鍋を火にかける。しばらくすれば沸騰して、湯ができる
「お湯を出すモンスターもいるんですかね?」
「どうなんでしょうか?」
火の番をしつつ、グレーさんの料理の手伝いをする。スライムから手に入れたもやしに、彼女は荷物の中から『ニラ』を取り出し、程よいサイズに切って入れる
両方沸騰した鍋にいれてしなっとなったら湯から上げて水気を切る。グレーさんから手渡された『醤油』『すり潰された胡麻』『塩』『米油』『酢』『砂糖』混ぜ合わせたもので和えて『塩』で味を整える
「できました」
「ありがとうございます」
できた料理を持っていくと彼女の方もセッティングを食事の準備を終えていた
◆◇◆◇◆
「いただきます」
「い、いただきます」
荷物持ちだけだったとはいえ、塩味が沁みる
「酒が盗まれそうな味だな」
「そうなんですか?」
どの酒がいいだろうか塩味に合わせて甘いものもいいな…それか外れなし安牌の『◾️』とか無難かもしれない
「お酒は…」
ふと、疑問に思った。グレーさんはお酒を飲める歳なのだろうかと
「タイラーさん?」
「グレーさんはお酒
飲まれない方なんですか?」
「お酒は高くて
飲んだことはないのです」
「な、なるほどぉ」
これは〜どっちだ?そもそも法律なんてものがあるのだろうか?女性に歳を聞くのは野暮だしな
「高いんですね」
「はい、一本買うだけで…
お醤油が3本は買えちゃうのです」
「へぇ」
引き合いに出される物品に既視感はあるものの、ここの通貨は何が使われているんだろうか?と疑問が増えるばかりだった
銀貨かな?それとも紙幣も普及してたり?まさか電子決済なんて…ないよな?眉間に皺寄せ考えるも答えは出る訳のない問いがぐるぐる回る
「そんなことよりタイラーさん!
もう少し食事を豪華にしませんか?」
「というと?」
「タイラーさんのおかげで"もやし"が
たくさん手に入ったのです!
今夜はもやし祭りなのです!!」
◆◇◆◇◆
グレーさんと一緒に料理を作った
終始笑顔を見せる彼女には先程僅かな間見せていた悲しげな感情は隠れていた
こんな時、踏み込めればと思いつつも僕は逃げた。料理のアシスタントをして朝作った『もやしスープ』と
「これはとっておきなのです」
「卵ですか」
「これもどうぞなのです」
恐らく鶏の卵が鞄から出てきた。この鞄中はどうなってるんだ?
「〜♪」
傍で野菜を切りつつ、その楽しげな雰囲気に身を任せた。演技でもこの『凪いでいる水面を揺らさないように』身を任せた
『ニラともやしの卵炒め』───合計3品を食べた彼女はとても幸せそうに高いため息をついた
「タイラーさんは
お腹いっぱいになりましたか?」
「はい、とても」
何だか癒されるな。最近は…そう最近はずっと一人飯だったな。日々の繰り返しの締めくくり、自分のために作る料理は何処となくパッとしなくて、味気がしない。同じメニューに偏ってバランスは良くても何かが欠けててその内、気がつけばスマホで栄養食ばかりを注文するとそれを食べて眠っての繰り返しになって
「タイラーさん!?」
「は…い?」
あれ?何で僕泣いてるんだ?なんか頭の奥が痛いし、鼻も詰まって鬱陶しい
「お、お、お、美味しくなかったですか?」
「いえ、そんなことは
違います!そんな決して」
何か言おうと必死に言葉を探しても、口が回らずしどろもどろになり、結局黙ってしまった
「タイラーさん」
「すみません、今すぐ落ち着きますので
少し待って…」
大の大人が情けない。そう思いながらも涙は止まらず終いにはしゃくり上がる呼吸
醜態を晒すその時、突然目の前が真っ暗になった。温かくて、柔らかくて、何処となく安心する『暗闇』、小刻みに震える鼻先と頭を包まれる感触は続く
「…」
「…」
抱きしめられていた。頭を包む様に抱えられ抱きしめられて火の爆ぜる音と心臓の鼓動だけが聞こえる
「グレーさん?」
「えっとですね。私のお母さんが
泣いてる時にしてくれたので
それの真似をしようと思ったんですけど」
上擦った声で続ける彼女
「ど、どうですか?」
「どうと言われましても」
いや、違う、とても
そう、とても
「暖かくて、とても安心します」
「よかったのです」
◆◇◆◇◆
「眩し」
気がつけば寝てしまっていた。朝の日差しを顔面に浴びて気がつけば朝になっていた。とてもスッキリした満足感のある寝起き
ここ最近は感じてなかったスッキリとした目覚めに身体を起こそうとしたところ、自分にかけられている布に気付き、捲り上げると僕の胸の上でグレーさんが頭を預けてきていた
「…」
思い出すのは家族との思い出だった。小さい頃は兄弟姉妹と互いを枕にして寝たこともあったこと。大きくなってからは互いの忙しさ、恥じらいなどでやらなくなっていったこと
「…」
1日が経った、仕事は確実に1日消えてしまっただろう。戻れたとして生活は成り立つのか、そもそも元の世界に帰れるんだろうか?ふとそんなことを考えているとグレーさんと目があっていた
「おはようございます」
「ん〜おはよう、ございます?」
◆◇◆◇◆
町まで行くことになった。もやしが大量に手に入ったので換金しに行くとのことらしい
どこか安心する町並みに辺りを見回すと大凡仮装なのではないかという姿をしている人を見かけ、ここが異世界であることをひしひしと僕に伝えてくる
グレーさんが入った換金場は人でごった返していた。グレーさんも早々に換金を終えると換金場を後にした
「凄いのです!」
「凄いんですか?」
「ですです!普段は5日に一回換金できれば
いい方だったのです」
断りを入れてから、この世界の通貨を見させてもらった。単位はロール───金属硬貨はなく、代わりに『何故か頑丈な紙』に『1』と刻印された1枚を最小単価として扱う
換金の際に小分けにされた量を目視で見る限り、一掴みのもやしは10ロール、それが量あって500ロール、1日利用の宿は2300ロール
価値は日本円と同じか日本円の方がやや安い、色々と誤差はあるものの、感覚として1円=1ロールくらいを計算すればまず足りなくなることはないと思う
「それでタイラーさん」
「はい、なんでしょう」
紙幣を返しつつグレーさんに返事をする
「ちょ、調味料を買いたいなと!
思いまして」
「いいですね。買いましょう」
異世界で初めての買い物は調味料を買い足すことで終わりを迎えた
卵ひとつで500と分かった時は目の玉が飛び出そうになった。そんな高級品を使って料理をしてくれたグレーさんに報いるために今日も迷宮に潜ることを決意した
500…何故そんなに高いのか
◆◇◆◇◆
「手分けするのです」
「え?」
迷宮に潜った時、思わぬ申し出に固まっていると鞄を手渡された
「ジャンジャン倒していきましょう!」
◆◇◆◇◆
テールの迷宮、地下一階でスライムを探して、倒して回った。出現頻度はそれほど早くないのか潰しが効いて、即手持ち無沙汰になった
鞄の中身が気になるところながら無心で竹槍を薙いで突き刺して、叩きつけての繰り返し
この行動に即慣れてしまったことに引きつつ、今日の生きる糧を貰った
「お?」
『下に降りられる階段』───階段を見つけた。下に降ればより強いモンスターがいるらしいので今回は大事をとって撤退を選んだ
◆◇◆◇◆
「凄いのです!凄いのです!」
グレーさんと合流する頃には鞄がもやしが溢れてしまっていた。街に持っていって換金するもまだ日の高い様子だったので再び迷宮へ降りる
◆◇◆◇◆
「単純作業だなぁ」
スライム、最初こそインパクト強かったこいつも慣れてしまった今では格好の獲物だ
弾み始め、荒ぶるまでに数秒の猶予があるため、その隙を狙って倒せば比較的簡単に仕留められる。弾まれても竹槍を構えていれば勝手に突っ込んでくる程には単純なモンスターだった
◆◇◆◇◆
「はい、もやしのスープなのです」
「ありがとうございます」
半日の稼ぎが3060、1日動けばもっと稼げそうだった
「そういえばグレーさん、昨日は
野宿をしてしまいましたが
家に帰らなくても大丈夫ですか?」
「私は迷宮住まいなのです」
『迷宮住まい』───迷宮の近くに居を構える所謂家なし。当然ながら命の危機と隣り合わせなので推奨はされない
「それは」
「ドロップが低くて
稼ぎがあまりないので当たり前なのです」
「当たり前って」
いや、それが常識なんだろうな。聞くに弱肉強食とはよくいうもので、世の理で仕方のないことらしい
「腹立つな」
偽善かも知れないが鼻持ちならない。親切にしてくれた少女が家なしで日々を苦しんで生きるのが当たり前なんてクソが過ぎる
「努力は報われるべきだろ」
どこか納得がいかない。心の姿勢が崩れている感覚にため息が出そうになった
「タイラーさん?」
「いっちょ午後の部行って来ます」
「もう行くのですか?」
「ちょっと目標ができました」
視界の端で見かけた『アレ』なら今すぐにでも始めればそこそこの速さで手に入るだろうし、恩人に報いるならこれくらいはわけない
「タイラーさん…」
残業をしてみよう、それ程苦にはならなさそうだし
◆◇◆◇◆
「…」
一心不乱に迷宮を駆け回る。見つけて倒して、集める。昔から単純作業を続けるのは好きだった
幸いスライムは強くない、目標までそれほど遠くないし、このまま続ければ『アレ』が手に入…
「っ!?」
被弾した?スライムの攻撃に?嘘だろ、痛くはない───それ程でもないが
「…」
スライムが強くなった?いや、違う身体の反応がやや鈍くなっていた
足運びが拙くない、回避とも攻撃ともつかない中途半端な足取りで再び被弾してしまった
「…(何が原因だ?)」
頭がボヤける、呼吸も浅い、喉が渇いて、感覚だけが鋭敏になり、鬱陶しいスライムの攻撃が集中を掻き乱してくる
「目標があるんだよ。大人しくやられろや」
接近されてからも長巻の武器を使う意味はない、空いている片手で拳を作り、スライムを殴り飛ばす。竹槍とは違いあまり有効打にはなっていないものの小回りが効き、隙ができた瞬間に竹槍を振り下ろし串刺しにする
「これ、で」
◆◇◆◇◆
「タイラーさん!タイラーさん!!」
「ここは?」
「迷宮の外です」
気がつけばグレーさんが顔を覗かせていた
身体を起こそうとしたものの指先ひとつ動かせず、身体は一切の身じろぎを許してはくれなかった
「なんで?」
「『迷宮病』です」
「迷宮病?」
「長時間迷宮に潜っていると
頭がボーっとする病気なのです」
「そんなのがあるんですね」
「ベテランさんでも
倒れちゃう病気なのです」
そんなのがあるなんて盲点だった
「タイラーさん、なんであんな
無茶をしたんですか」
「無茶?」
「1日潜りっぱなしだったのです」
「!?」
1日?数時間しか潜ってないと思っていたのにそんなに経っていたなんて
「なんでこんな無茶をしたんです?」
「あ、いや、その
目標があったので」
「目標?」
「…」
グレーそんへのプレゼント、自己満足に巻き込むのはどうかと思うけど話した
「グレーさんに
送り物がしたいなって思いまして」
「私にですか?」
「目算では3日で貯まると思ってたんですが
なかなかどうして上手くいきませんね」
「ありがとうございますタイラーさん
でも無茶はよくないのです」
「無茶ってほどでは」
「無茶ですよ、現に倒れちゃってるのです」
「これは…」
「タイラーさん、約束してください
必ず戻って来るって
じゃないと寂しいです」
「はい」
「料理も冷めちゃうのです」
そう言って笑うグレーさんの顔は笑っていたけれどとても寂しそうだった
◆◇◆◇◆
『迷宮病』───所謂高山病に似た体調不良である




