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『迷宮で寝てた人』

『エアーホーン』───言葉にするなら『プァー』と気の抜ける音がした。瞬間冴え渡る頭が思い出したのは落下の感覚と背中に受けた衝撃だった


「う〜ん」


 よく見る落下の夢とは違い、背中から走った衝撃は全身を痺れさせる激痛となり、薄れていく意識は入眠に近く、目を開けるのが億劫になる感覚へと苛まれていく


「…」


◆◇◆◇◆


 惰眠に身を任せていると『つんつん、ペシペシ』───頬に走る衝撃。誰かが僕の頭を叩いてきた。小学生以来だ


 しかし、力加減は中々に強く頭の揺れる感覚がする。先程まで感じていた眠気擬きが強引に剥がされウツラウツラと目を開けた


「…?」


 少女と目が合った。日本人の様な出立ちではない。幼い様で整った顔、金髪に碧眼の少女と目が合った


「お、おはようなのです?」


「え?はい、おはようございます」


 目の前できょとんとしてる少女を観察する内に意識と視界がハッキリしていくとその異常な光景に目を疑った


 僕の前にしゃがんでる、少女は小学生の高学年程度の見た目をしており、背格好に変な様子は見られなかった。こざっぱりした服装は何処となく西洋文化を思わせる


 派手さはなく容姿と合わせて人形かと見紛う様子を僕に見せている


 強いてあげるべき変なことと言えば『スラッジハンマー』よりでっかい舞台道具の様な槌が逆さまにして置かれていることくらいだろう


「あの、私の顔に何かついてますか?」


「あ、すみません不躾に」


 しまった、人の顔をジロジロと見るなんて外国人の人なんて今日珍しくないだろうに、それでも何処か視線が引き寄せられてしまうのは何故だろうか


 確かに整った顔立ちをしている。外見の幼さとは違い、透き通る様な大人びた声と雰囲気が原因だろうか?


「びっくりしました

 本当に人だったんですね?」


「?」


「迷宮でどうして寝てたんです?

 私と同じで宿に泊まれないとか」


「迷宮?宿?」


 疲れ笑いを浮かべる少女。それにしても宿はともかく迷宮なんて言葉は『ゲーム』の中でしか聞くことのない言葉だ。新手のドッキリか?


 昔あったな『ゾンビアポカリプスでニートを更生させる』とか、あれ好きだったな。それはともかくとして直近の記憶も仕事場での作業をしていた以外思い出せない


「そうなのです。何も持たないで

 迷宮でぐっすり…それとも自殺を」


「いや、全く」


「よかったです

 そうですよね…浅い階層でしたし」


「えっと、それで…」


「はい?」


 はてさて、目が覚めてきて気がついた


「ここは何処、ですか?」


 携帯がない、ハッキリした視界が捉えた辺り一面クソ緑、地面から生えた大口開ける洞窟、家がいくら田舎だったとはいえ、ここまでではない、全然違う風景に気がついた瞬間ドッと冷や汗が湧いて出た


◆◇◆◇◆


「記憶がないんですね?」


「はい」


「不思議です」


 僕の先を歩く少女は大槌を片手に彼女の言っていた『迷宮』に案内されていた。見た目によらず力持ちなのだろうか、それともそういう小道具?


 いよいよを持ってドッキリを疑うべきかも知れない、と現実逃避と僅かに残る希望的観測の末


「ここです。ここで寝ていたんです」


「何もないですね」


 自分がいた場所、寝ていた場所に案内されるも何もないことが分かった。スマホも仕事道具もペンすらもなかった


「あっても消えちゃうのです」


「そうなんですね」


 やべぇ、両親どうしてっかな、仕事無断欠勤とか信用に関わるし、サブスクの支払いどうなるの?


 仕事クビとかなったら洒落にならんよ


「それにしても」


「?」


 何というか、心配事がついてやまないこんな状況を前にしてもファンタジーそのまんまをお出しされて少し感動してる自分は馬鹿なんだろうなと思う


 レトロゲームでよく見る迷宮そのまま───まわりを見れば丁寧に加工されたであろう石レンガと何で燃え続けられるか皆目見当のつかない無臭松明など、こだわりが見て取れる空間に小さくため息が漏れる


「予算かけてんな」


「危ない!」


「ん?ってうわ!」


『突然の振り下ろし』───振り下ろされたハンマーが地面を叩いた瞬間、地面が割れて土煙が上がり、頬を掠めた石片が痛みと痒みを与えた


「な、何を」


 上がった土煙、揺れる地面、重量物でなければ起こり得ない現象、鼓膜を揺らすそれが夢でも作り物でもないことを如実に教えてきた


「え?何、どういう…」


「モンスターです」


 震える僕にお構いなしの少女は僕ではなく、何かを睨みつけていた


 恐る恐る振り返り目にしたものは揺れ動く楕円形の立体物だった


「…え?どうやって動いてんの」

 

 紐はない、内部機構もない、着ぐるみじゃない…そんな奇妙な存在が弾みながら、揺れながら、形を変えながらこちらににじり寄って来ている


「何、あれ」


「スライムなのです」


 呆気に取られ、後退りをした瞬間。先まで穏やかな動きをしていた(くだん)のスライムが床、壁に天井とこれでもかという速さで弾み始めた───狂った様に弾み始める。その姿は投げ始め、弾んだ直後の速さ衰えないスーパーボールのようだった


「…」


 呆気に取られる僕とは対照的に少女は一歩、また一歩とすり足を始めると弾み続けるスライムなるものの軌道上に立った


「危ない!」


 視界の端で起こったことに気がついた頃には遅く、少女の身体にスライムの身体が当たった───『ゴリュ』とおおよそ聞いたことのない音が聞こえ


 瞬きの間、防御姿勢をとる


「タァ!!」


 瞬間、石畳みが割れる鈍い音と空気を揺らす衝撃波が響いた。太鼓の音を間近で聞いた時のように身体が小刻みに揺れ続ける快とも不快ともつかない感覚


 そんなこんな惚けているとハンマーを持ちあげた少女。しかし、そのハンマーの下にはスライムではなく、何故か『お皿』と盛り付けられた一掴み程の量の『もやし』があった


「…なんで?」


「テールの地下迷宮のスライムは

 もやしをドロップするのです

 それも忘れているんです?」


「…」


 どういうことだろうか?もやし、あれは間違いなく『もやし』だ。マメ科ダイズ属、暗所で軟化栽培することでできる発芽野菜の一種、頭の特徴からして大豆由来のものだろう。モンスターを倒したらもやしが現れたということはモンスターは畑?何を馬鹿なことを考えてるんだ僕は?いや、モンスターってことは総称だろうからたくさん種類があるんだろうなスライムとか言ってたし


 いやそんなことより、どういうことだ?摩訶不思議、常識はずれ、訳わからんことが次々と押し寄せてくる


「どうしたんです!?」


「…」


 目の前が急に暗くなった…そういや、腹減ったし、朝食?食ってねぇわ


◆◇◆◇◆


「少し待ってて下さい」


 それから迷宮をどのようにして脱出したのかは覚えていない。それでも気がつけば迷宮の外、少女と火を囲んでいた


 僕は考えるのを諦めた。正確にはモンスターとかドロップとか知らんこと、分からんことを突き詰めるのを諦めた。取り敢えず『A』をしたから『B』という結果が起きたんだと無理やり納得することにした


「落ち着きましたか?」


「はい、ありがとうございます」


「もう少しで料理ができますからね」


 そのようにして意識に余裕が生まれると同時に再びの空腹感が押し寄せてくると鼻が真っ先に拾ってきたのは味噌の香りだった。慣れた手つきで味噌を取り鍋に入れてかき混ぜる少女


 気を失いかけて途中からしか見てないが味噌汁だろうか?そう時間が経っていないのに自宅で食べた味噌汁を懐かしく思う匂いだ


「…」


 さて、この頓珍漢な状況、現状をどうするべきかは分からないが先から親切にしてくれているこの少女について知らなければ


「何から何までありがとうございます」


「え?いや、当然のことをしたまでですよ」


 にへらと笑う少女だった


◆◇◆◇◆


『もやしの味噌汁』───食物繊維やビタミンなどを含んだ親しみのある食事、朝の一杯にこれがあると安心する


 食卓にお椀が並べられ、よそわれたものを前に手の休まった頃合いを見て、自己紹介をさせて貰った


「平良清丸と申します」


「タイラー?さん」


 なんか強そうな響きになった


「呼び易い呼び方で構いません

 それでお名前は」


「エリー・グレーと…

 申します?」


「グレーさんですね

 改めてありがとうございます」


◆◇◆◇◆


「いただきます」


「い、いただきます?」


 手を合わせて匙を取る。口を近づけると香るのは匂いと優しい味だった。実家にいた頃母がよく家族に作ってくれていたのを思い出す。今思えば贅沢ものだ。ひとりで飯を作るようになってから気がつくのは品を増やすことの難しさ


 汁物でさえ手間のかかる食事であり、それを毎朝、毎夜作ってくれていた母の偉大さを改めて感じる一杯だった


 お椀に匙を置き手を合わせる


「ご馳走様でした」


「タイラーさんは何というか」


「はい?」


「教祖様ですか?」


「…いえ違いますよ?」


 食事の挨拶なんて当たり前と思っていたがここではそうでもないらしい。だからと言ってやめる気は起きなかった───やめたくても身体がその所作を経由しないと食べ始めてくれないくらいには身に染みた挨拶だし、教祖ってことは悪い意味には捉えられないだろう


「ご、ごちそうさまでした」


 グレーさんは僕の真似をした


◆◇◆◇◆


「ありがとうございます」


「いえいえ」


 近くの小川で鍋とお椀を洗うのを手伝いつつ、情報収集を行う


「このお椀や鍋もドロップ品ですか?」


「そうなのです」


「全部がそうなんですか?」


「噂では作ることもできるみたいです」


 変色、焦げの目立つ鍋底を見るに鉄製品、テフロンもなく純粋な鉄の鍋なのだろう。かなり年季の入った親しみ深い物品だ


 お椀は土器、黒色のゴツゴツとした触り心地は自分の家にあるものを思い出して親近感が湧いた


 匙は木を削り出して作ったものだろうか?いや、ドロップ品と言うやつなのだろう


 これらが『あれら』モンスターを倒して手に入ったものと思うと中々どうして乾いた笑いが込み上げる


 これに納得はできたものの、慣れるのは夢のまた夢なのかも知れないと思った


◆◇◆◇◆


 焚き火を囲んで話すうちにかなり特殊なこの状況の大まかな輪郭が見え始めて来た


「この世界のあらゆる物は

 迷宮からドロップしたものなんです」


「あらゆる物?」


「なのです」


「もやしだけじゃなくて他の野菜や肉も?」


「ですです」


 覚める気配のない感覚、冴え渡る頭、夢であって欲しい、でなければドッキリ番組であって欲しいと願うばかりではあるが、これはいよいよを持って『異世界』という馬鹿馬鹿しい状況を飲み込まざるを得ないようだった


 この調子だと金属、宝石もしかしたら


「僕もドロップしたものかもしれませんね」


「…」


 それだと複雑な気持ちになるな。いや突飛な発想ながらそれはあり得るかも知れない


「グレーさん?」


「て、テールではたまに真珠を

 ドロップするみたいです

 野菜迷宮なのに変な話しですよね」


「…不思議ですね」


「そうなんですよ」


 迷宮というのは不思議な存在だなと思いつつ、食後の片付けを続けた


◆◇◆◇◆


 腹ごなしにグレーさんは迷宮に入る様で『荷物持ち』を提案したら快く承諾してくれた


「タァ!」


 再び現われたスライムに『反撃』前提の戦い方をするグレーさん


 それに鞄を背負って追い掛ける形で追従する


 しかし、不思議だ。彼女のどこにそれほどの膂力があるのか不思議でならない


「ホッ」


 三度スライムが倒され、ドロップアイテムを拾おうとした時何もなかった。安堵しているエリーに尋ねた


「何もないってこともあるんですね」


「これは『空気』がドロップしたのです」


「くうき?」


 全身に悪寒が走った。空気ってあの空気だよな?それも迷宮から出てくるしかないってことは


「マジか」


「昔はドロップに外れがあるって

 されてましたけど、最近の研究だと

『湿気』だったり『空気』がドロップしてる

 ことがわかったのです」


 終わってるなこの世界


「迷宮は何でも手に入る、か…」


「なのです」


 不気味。この一言に尽きる場所だ。どうして何でも手に入るんだろうか?複雑な仕組みの機械は?合金は?前者がドロップするなら『二次産業が殆ど退廃してる可能性』がある。むしろ成長してないってことも…現物が手に入るならその迷宮を攻略すればいいしな


 この世界の常識ならそれはそれでいい。しかし迷宮という物がもたらす富と堕落は『異世界人』の僕にとって文明の衰退を助長する害悪に見える


 そう思えて仕方がないのは考えすぎかも知れない。『A』『B』の法則で片付ければいいものを『慣れない』僕は直感に従い脳裏に留めておいた


 未知の世界では『注意し過ぎる』方がいい。僕は臆病でありたいと思いながら立ち上がった


「タイラーさん?」


「今行きます」


 空気のドロップした後を眺め、荷物持ちに戻った


◆◇◆◇◆


『この世界のあらゆる物は

 迷宮からドロップしたものなんです』


 しばらくの間グレーさんの荷物持ちをして分かったこと


・テールの街にある迷宮

 降る形式の『テール迷宮』

 昇る形式の物もあるらしい


 主な出土品『野菜』『宝石』

 出現するモンスター『スライム』


 地下一層は

『空気など(一般)』

『もやし(頻出)』

『パール(?)』


 基本的には『もやし』が手に入る様だった


 グレーさんが作ったもやしを回収し、後を追いかける───お皿は上にある物を取った瞬間に消える。外見は白で無地の陶器タイプ、どうにかして消えないものかと持ち上げながら上にあるものを取ったが視界は強制的に瞬きをさせられる感覚に近い『ほんの一瞬』の暗転の後には跡形もなく消えている


 持ち上げた時でさえ、重みを感じることはなかった。しかし、そのシュールさはさながら『マジシャン』を思わせるものだった


◆◇◆◇◆


「あ!運がいいですよタイラーさん」


「どうしましたか?」


 グレーさんがそう言って消えていった道の曲がり角に入るとそこには『姿見』が置いてあった。2メートル程の洋服店に置いてあるような姿見だった


「これは…」


「姿写しって言って」


 グレーが鏡に手を当てると


「『鏡よ鏡よ鏡さん

 私は今、何処にいますか?』」


〜『エリー・グレー』〜


体力 D

魔力 G

STR C

VIT B

INT D

DEX E

AGI E


〜『成長性B』〜


 何やらゲームの様な物が表示された


「これは?」


「私の能力が世界のどの位置にいるのかを

 教えてくれる道具なのです」


「それは、便利…(かな)」


 つぶやきながらそれを見た。何というか、全世界一斉テストみたいなやつかと心の中でひとり苦笑する


 グレーさんの言葉を聞くに世界全体から自分が今どの位置───強さ?にいるのかを知ることができるらしい


 てかどんな罰ゲームだよ。しかもご丁寧に伸び代まで教えてくれるとか


「そして」


 口籠る僕を置き去りに少しすると鏡の文言が変化を始めた


〜『エリー・グレー』〜


植物 E

動物 G

鉱物 F

神秘 F

複雑 G


〜『成長性A』〜


「これが私のドロップの位置なのです」


 ドロップにも個人差があるのか、難儀だな


「タイラーさんもどうぞ」


「はい」


 グレーさんに促され、鏡に触れる。んで確か


「『鏡よ鏡よ鏡さん

 私は今、何処にいますか?』」


 グレーさんの真似をすると、同じように文字が浮かび上がった


〜『平良 清丸』〜


体力 D

魔力 H

STR E

VIT F

INT D

DEX C

AGI C


〜『成長性G』〜


「…」


 何が何だか分からない、そもそも何故アルファベットで評価されているのかが分からない。テストの評価などを前提に考えるならAに近ければ良いのだろうか?


 何より魔力がHって何だろう。Aに近ければ良いとした時、Gを下回るH評価があるなら『I(アイ)』はあるだろうか?いや、先ず何故アルファベットなのだろうか?疑問がついてやまない


「ドロップは…」


〜『平良 清丸』〜


植物 N

動物 N

鉱物 N

神秘 N

複雑 N


〜『成長性N』〜


「ん???」


 流石に僕は思わず情報過多で固まった

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