もしも自動販売機だったら
目の前をたくさんの人が通り過ぎていく。たまに反応のある人がいてもちらっと見るだけで、足を止めることは少ない。
「何がいいかな……」
一人の少女が目の前に立った。彼女は商品のラインナップを上から流し見て、左下から順に見て、また上から見ることを繰り返していた。今のおすすめなどを紹介できればいいのだが、不可能なのが悲しいところ。自販機なので。
少女はそのまま五分ほど悩んで、500mlの果物の炭酸飲料を一本買っていった。
少女はお釣りを忘れていった。
しばらくして、若い男が足を止めた。だいぶ汗をかいている。運動でもしていたのだろうか。
彼は迷いなく小銭を投入し、スポーツドリンクを買った。そしてその場で蓋を開け、一気に口に流し込んだ。そのまま半分くらい飲んだところでようやくペットボトルを口から話離した。
「ふう……生き返る〜」
よっぽど水分が足りなかったのだろう。彼が元気になってくれてよかった。
「あ、ラッキー」
彼は自販機に残った小銭に気が付いて、一瞬迷ったうえで手に取った。良いとは言えないが、忘れていった方が悪いとも言えるか。
男はさっきここに来た時よりもしっかりとした足取りで去っていった。
その後数時間は誰も来なかったが、日が暮れそうなころ、女性が前に立った。顎に手を当て、商品のラインナップを確認している。彼女は一通り確認したあと、少し首を傾げてまたどこかへ歩いていった。欲しいと思える商品がなかったのだろう。
こういう時は少し悲しい。売る商品は自分では変えられないから仕方の無いことではある。しかし悲しいものは悲しい。人気のある商品だけ置けば良いのにと、自販機としてもそう思わずにはいられない。
女性が去ったあと、少しして眉間に深いシワを刻んだ男性が足を止めた。彼は千円札を投入し、商品に目をやり、止まった。
欲しい飲み物が複数あったのだろうか。割と悩んでいる。
結局彼が買ったのは桃のジュース。意外と根強い人気を持つ濃いやつ。
少し予想外な選択だったが、彼は一口飲むとちょっとだけ顔を緩ませた。
甘いものはストレス解消になる。彼のストレスが少しでも和らいだのなら嬉しいなと思う。
時間が経ち、もう日も変わりそうな頃。30歳くらいだろうか、疲れた顔をした男性がふらふらと寄ってきた。その今にも倒れそうな様子とは裏腹に、彼の手だけは素早く小銭を投入し、缶コーヒーを選択した。
そして缶を手に取るとまたふらふらと去ってゆく。今からまた働くのだろうか。無理しない程度に頑張ってほしい。
缶コーヒーが少しでも力になれたら良いなと願ってみた。