聞かれた
天城 涼真は歌うことが好きだ。
別に、流行りの曲や外国の曲を聴いたりする訳では無い。歌が好きというより歌うことが好きなのだ。(特にアニソン)
そんな涼真は今年、高校一年生となり自転車で登下校になった。
家から学校まで約40分と距離がある。普通なら遠いと嫌がる人が多いかもしれない。
だが、涼真は全くそうとは思わなかった。むしろ、いい機会だとも思った。
理由は二つ。一つ目は元々、散歩などで外の景色を眺めるのが好きだったこと。
そして二つ目は、割と大きな声で歌を歌っても目立たないということだ。これが大きい。
歌うことが好きなら、カラオケに行けばいい。そう思う人がほとんどだろう。
もちろん、言ったことはある。二回ほど。
あまりカラオケに行かないのはきちんと理由がある。
それは、一人で出かけようとする(行動しようとする)と、父親になぜ一人で行動するのか的な事を言われるからだ。
そもそも、涼真の家には自分の部屋が無い。そのため、家族と同じ空間にいるのが普通だった。
別の部屋に何も言わずに行くと、何をしているのか聞いたり、様子を見に来たりする。たまったもんじゃない。
要するにプライベートな時間があまり無いのだ。なのでカラオケには基本祝日などの父親が仕事でいない時にしか行けない。
――「ほんとに面倒くさい」
下校中、僕は呟いた。
しかし、自転車は便利なものだ。
自転車ならば、前から来た人とすれ違う時、スピードがあるので、歩いている時よりは相当聞かれにくいはずだ。
後ろにさえ気をつけていれば、ほぼ聞かれない。
今日は、下校中に好きなスマホゲームの曲を歌っていた。割と大きな声で。
やはり、歌詞を覚え、通しで歌うのは気持ちがいい。
そんなことを思いながら自転車を漕いでいった。
もちろん、後ろには細心の注意を払っていた。
――払っていたはずなのだ。信号停止中に、ふと振り向いた。
女子がいた。
「ゴホゴホ」
すぐに前を向き、わざとらしく咳をする。
…聞かれただろうか、いや絶対聞かれたな。
しかも同じ高校じゃないか。最悪だ。
少し気を抜いて、後ろを見るのを怠ってしまった。
気まずい。そう思い、スピードを上げて、家に早々と帰った。
だが、家に着くときには聞かれたことなど忘れていた。
今までも何度かあったからだ。
だから別に心配などはしていなかった。だが…
翌日、僕は早く起きたので、家を出るのも早くした。
着いたあとは、いつものようにスマホをいじっていた。
「あのー…」
「…?」
いきなり女子に話しかけられ、涼真は混乱した。
(かなでさん…だよな)
喋ったことなどほとんどないはずの女子に話しかけられた。
理由を考えていると…
「えっと、その…ヘブドアやってます?」
その言葉に涼真は固まった。
それが天城 涼真と、鈴原 かなでの出逢いだった。