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悪役令嬢は塩対応なのに溺愛される。猫と一緒に転生!?

「イエーネお嬢様が……イエーネお嬢様が、つ、使い魔を召喚なさいました! 召喚です!」


 屋敷中に響き渡るメイドさんの悲鳴のような報告に、私は思わずびくっと肩を震わせた。

 ……いや、そのメイドさんの気持ち、痛いほどよくわかる。なぜなら、私自身が一番驚いているからだ。


 十歳の誕生日を迎えてすぐの今日、私は庭でぼんやりと花を眺めていただけだった。

 すると手のひらにぽっと温かい光が灯り、次の瞬間には私の足元に一匹の猫が着地したのだ。

 

 まるで夜空を切り取ったかのような、漆黒の毛並みを持つ小さな猫。ただの猫ではない。背中には黒い翼が生え、二本の尻尾が揺れている。


「なんてことだ! 使い魔の召喚は十五歳にならなければできないはずなのに!」


 メイドさんの声に続いて屋敷の奥から猛烈な勢いで飛んできたのは、私のお父様、フランジール公爵だ。銀髪をなびかせ、その優美な顔には信じられないという驚愕の色が浮かんでいる。


「イエーネはまだ十歳よ! まだたったの十歳なのに……ああ、なんてこと! これは、天才よ! 天才に違いないわ!」

 

 続いて、優雅なドレスの裾を翻しながら駆けつけたのは、お母様。

 顔いっぱいに歓喜の涙を浮かべ、私を強く抱きしめる。


「イエーネ、よくやった! さすがは我らが娘だ!」

 父様も負けじと私を抱き上げ、二人で交互に私を力いっぱい抱きしめる。


 ……いや、苦しい。窒息しそう。


「あなた。イエーネが苦しんでいるわ」


 ようやく解放された私は、大きく息を吸い込んだ。両親の温かい腕の中で、私はただただ混乱していた。



 その夜――

 ベッドに入り、一人になると、昼間召喚したばかりの使い魔が、私のベッドの足元にちょこんと座っている。

 漆黒の毛並みが月の光を吸い込んで、宝石のように輝いていた。


「サナ。サナ」


 ふいに、頭の中に直接響くような声がした。

 まるで誰かが耳元で囁いているような、不思議な感覚。

 見れば、猫の使い魔が私を見つめている。


「……え、今、誰かがサナって?」


 私の言葉に、猫の使い魔はぷいっと顔をそむける。


「僕だよ。今、キミに話しかけたのは。テレパシー? 念話みたいなものだね」


「……人語ーーーッッ!!」


 思わずベッドから転げ落ちそうになった。猫が、いや、猫の使い魔が話した! しかも私の頭の中に直接!


「僕だよ。ネコスケさ!」


 その言葉に、私の頭の中で何かがカチリと音を立てて繋がった。

 ネコスケ……どこかで聞いた、いや、知っている名前だ。

 そして、その名前を口にした瞬間、私の脳裏に、前世の記憶が洪水のように流れ込んできた。


 ――――――

 ――――

 ――

 

『ごめんね、ウチ、動物飼っちゃいけないの』


 私は日本の女子高生、紗奈。

 家の事情で動物が飼えなかった私は、近所の公園に住み着いた野良猫に、毎日こっそりと餌をあげていた。

 その猫は、真っ黒な毛並みをした、とても臆病な猫だった。


『また明日ね、ネコスケ』


 そう言って、私は猫に「ネコスケ」という名前をつけていた。

 次の日も、缶詰を手に公園へ向かうと、そこには不良高校生の集団がたむろしていた。


「おい、あの汚ねぇ野良猫、俺らのたまり場に住み着いてやがるぜ。邪魔だ! 死ね!」


 不良の一人が、ネコスケに向かって石を投げつけた。

 私は無我夢中で不良たちの前に飛び出した。


「ちょっとあんた達、やめなさいよ!」


 しかし、私の言葉を聞くことなく投げられた石がネコスケに当たった。

 その瞬間、驚いて逃げ出したネコスケが、道路に飛び出してしまう。

 目の前に、猛スピードで走ってくるトラック。


「ネコスケ!」


 ネコスケを助けるため、私は考えるよりも早く道路に飛び出した。

 トラックの運転手が驚いてブレーキを踏む音が聞こえる。

 そして、激しい衝撃と視界が真っ白になる感覚……


 ――

 ――――

 ――――――

 

「キミは……ネコスケなの?」


「そうだよ。やっと会えたね、サナ」


 ああ、本当にネコスケだ。

 私は、あの時ネコスケを助けようとして、一緒に車に轢かれて、そして……。

 まさか、こんなファンタジーな世界に転生していたとは。


「今の私は紗奈じゃなくってイエーネよ、ネコスケ」


 そう告げると、ネコスケは少しの間考え込むように目を細めた。


「イエーネか。わかった。そう呼ぶことにするよ」


 ネコスケと再会できた喜びと、前世の記憶が混ざり違和感を感じるこの世界にいる戸惑いで、複雑な気持ちだった。

 

 そして、ふと気がついた。


「ちょっと待って、イエーネ……。この顔、この名前……!」


 慌ててドレッサーの鏡を覗き込む。

 鏡の中に映っていたのは、ブロンドの髪にエメラルドの瞳を持つ気品あふれる少女。

 

 この顔、この名前……見覚えがありすぎる。


「私が……前世でやり込んでいた乙女ゲーム『光の聖女と四つ子の王子たち』の悪役令嬢イエーネ・フランジールじゃない!」

 


『光の聖女と四つ子の王子たち』。

 それは、ごく普通の平民の女の子レンが、ある日突然「光の聖女」として覚醒し、王立魔法学院で出会った四つ子の王子たちと恋に落ちるという王道的な乙女ゲームだ。


 そして、そのゲームで私……いや、イエーネ・フランジールは、公爵令嬢として主人公レンに嫌がらせをし、王子たちを巡って対立する悪役令嬢だった。

 

 ゲームの終盤では、愛する両親を亡くしたことで闇落ちし、使い魔を従えて国を滅ぼそうとする魔女となる。


 しかし、最後は聖女レンに討伐されて……。


「私、せっかくネコスケと転生できたのに、六年後に死んじゃうのーーーッッ!!」


 私の悲鳴に、ネコスケは冷静な声で答えた。


「じゃぁさ、イエーネ。聖女に負けないように修行して、今回は国を滅ぼしちゃおうよ」


「……怖いこと言わないでよ! ネコスケ!」


 ネコスケの闇落ちまっしぐらな提案に、私は全力で首を振る。

 せっかく新しい人生を手に入れたのに、悪役令嬢として闇落ちして死ぬなんて絶対に嫌だ。

 私は、この優しい父様と母様を悲しませるわけにはいかない。


「私は絶対に闇落ちなんてしない! すべての死亡フラグをへし折ってやるわ!」


 そう決意した私は、まず闇落ちの原因を突き止めた。

 ゲームのストーリーでは、五年後に王立魔法学院に入学して半年後、王都で起きる大規模なテロ事件で私の両親が亡くなってしまう。


 それが、私が闇落ちする一番の原因なのだ。


「だから、私はそのテロ事件を阻止するわ!」


 私の言葉に、ネコスケは満足そうに頷いた。


「じゃあ、そのためにも、どっちにしろ修行は必要だね。僕に魔力を供給してくれれば、僕も魔力が増幅できる。早く最強になって、テロ事件を阻止しよう」


 こうして、私とネコスケの、未来を変えるための修行が始まった。


 私たちは、屋敷の裏手にある森で、誰にも見つからないように修行を重ねた。

 ネコスケは、私の魔力を吸い取り、それを増幅させて闇魔法を放つことができる。

 最初は、小さな黒い火の玉を放つのがやっとだったが、ネコスケは毎日、私に魔力を供給するように要求してきた。


「イエーネ、もっと僕に魔力を供給して! もっと! もっと!」


 ネコスケの言葉に合わせて、私は手のひらからネコスケに向かって魔力を送る。

 すると、ネコスケの口から放たれる黒い火の玉は次第に大きくなり、やがて黒い炎となって森の木々を焦がした。


「待って……もう魔力が……枯渇して……」


 魔力が枯渇すると、体中の力が抜けていくような感覚に襲われる。

 私が限界を訴えると、ネコスケはぷすん、と煙を吐いてその場でへたり込んだ。


「ふぅ……今日はここまでにしようか。イエーネもよく頑張ったね」


 ネコスケは私の疲労を労い、私の頭にすり寄ってきた。

 小さな体から感じる温もりとモフモフ感が心地良い。


 

 屋敷に帰ると、夕食の時間だ。

 いつもと変わらない温かい食卓。

 優しい父様と母様が、私を気遣うように声をかけてくれる。


「最近、よく森に出かけているようだね。何をしているんだい?」


 お父様の言葉に、私は思わず冷や汗をかいた。

 毎日毎日、修行のために森に出かけていることがバレてしまったのだろうか。


「え、えっと……ちょっとね、探検ごっこ? 冒険ごっこ? みたいな? あはは……」


 精一杯の笑顔でそう答えると、お母様が心配そうに私を見つめた。


「魔獣が出るから、森の深くまで入っちゃだめよ。イエーネに何かあったら、私たち……」


 お母様の言葉に、胸が締め付けられる。

 私のことを愛してくれる両親を、絶対に守り抜くと改めて心に誓った。


「うん、大丈夫だよ! 森の入口までしか行ってないから!」


 そう言って私は無理やり明るく振る舞い、嘘をついた。


 

 魔獣……。

 お母様の言葉に、私はピンとひらめいた。

 

 そうだ! ゲームでも魔獣を倒して経験値を稼ぐイベントがあった。

 ネコスケの闇魔法を強化するには、実践あるのみだ。

 これからは、魔獣討伐も修行の一環にしよう。


 

 次の日から、私はネコスケを連れて魔獣を倒す修行を始めた。

 最初こそ手こずったものの、すでに一年近く修行を重ねある程度の成果が出ていた私たちにとって、魔獣討伐は順調に進んだ。


 ネコスケの闇魔法はどんどん強力になり、私の魔力も、以前に比べて格段に増えていった。

 森の奥深くに進むにつれて魔獣も強くなり苦戦することもあったが、ネコスケと二人で協力して、なんとか乗り越えていった。


 

 そして、五年後――

 私は、王立魔法学院の入学式に出席していた。


(……入学しないルートは結局無理だったわ……)


 この学院に入らなければ、聖女レンにも王子たちにも会わずに済む。

 そう考え、私は両親に何度も「行きたくない」と訴えたが、ことごとく失敗に終わった。

 公爵令嬢として、王立魔法学院に入学することは義務なのだと、両親に笑顔で諭された。


 眉間に深いシワを寄せながら、私は入学式の長いスピーチを聞いていた。

 これで、死亡フラグの第一段階に足を踏み入れてしまった……。

 そう思ってため息をついた、その時だった。


「キミはフランジール公爵家のイエーネだね」


 突然、耳元で声をかけられ、私はびくっと肩を震わせて振り返った。

 そこにいたのは、ゲームの中では私のことを「醜い悪役令嬢」と罵り、最後には私の顔を燃やした憎き人物。

 この国の第一王子、ファイラだった。


(出たわね、憎き第一王子!)


 私はゲームでのイエーネ・フラジールと真逆の態度を取った。


「……私に話しかけないでくださるかしら? 鬱陶しい」


 わざと冷たい声でそう尋ねると、ファイラ王子の眉間にシワが寄る。


「不敬な! お前、俺が誰だかわかっているのか?」


「もちろん、存じておりますわ。ファイラ王子」


「知っていてその態度は何だ! 俺に話しかける時は、もっと敬意を払うべきだろう!」


 これはいい手だ。

 ゲームの中では、私が王子たちに言い寄ってしまうことで、聖女レンと対立するきっかけを作ってしまう。

 だったら、最初から王子たちに嫌われてしまえばいい。

 そうすれば聖女レンと対立することもなく、平穏に過ごせるはずだ。これは名案だわ!


 それからも、私は立て続けに、第二王子ブリザー、第三王子ウィン、第四王子ロックに、徹底的に嫌われるような態度を取った。


 第二王子には「あなたの顔を見ていると、目が痛くなるわ」、第三王子には「あなたのような凡庸な王子は、私には釣り合いませんわ」、そして第四王子には「あなたのような不潔な人と話すのはごめんですわ」と、心にもないことを言ってやった。


 王子たちは、皆、私の態度に戸惑い、そして露骨に顔を歪めていた。


(完璧だわ! これで王子たちとの間に、決定的な亀裂が生まれたはず。)

 

 私は、心の中でガッツポーズをした。


 そして、最初の授業で私はついに光の聖女、レンと出会うことになる。

 ゲームの主人公であるレンは、この世界で唯一の「光の聖女」。

 彼女の放つ光魔法は、あらゆる闇を祓い傷ついた人々を癒やすことができる。


「私、レンと申します。よろしくお願いします、イエーネ様」


 緊張した面持ちで、レンは私に頭を下げた。

 ゲームの中では、レンは私に虐められてしまう可哀想なヒロインだ。

 だから、レンとも仲良くしないほうが無難だろう。

 

 そう思ったのだが……。


「か、か、か、かわぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 レンのあまりの可愛さに、私は思わず心の声が漏れてしまった。

 いや、ヤバい。これはヤバい。可愛さが異常すぎるし、尊すぎる!

 黒曜石のような大きな瞳に、ふっくらとした頬。ゲームのグラフィックよりもずっとずっと可愛らしい。

 尊すぎて、私の心臓が爆発しそうだ。


「……え? イエーネ様?」


 私の言葉に、レンは不思議そうな顔で首を傾げた。

 その仕草すらも可愛すぎて、私は悶絶しそうになる。


「何でもないわ! さ、さあ、授業が始まるわよ!」


 私は慌ててレンから顔をそむけ、席に着いた。

 心の中では、ネコスケが呆れた声で念話を送ってくる。


(イエーネ、口元が緩んでるぞ)


(うるさいわね、ネコスケ!)


 私はレンと距離を置こうと努力した。

 しかし、事あるごとにレンは私に懐いてくるのだ。


「イエーネ様、この魔法の呪文、難しくて……よかったら、一緒に練習しませんか?」

「イエーネ様、お昼ご飯、よかったら一緒に……」


 その度に、私は冷たくあしらった。

 しかし、レンはめげずに、毎日毎日私に話しかけてくる。


 そして、なぜか、私が嫌われるように冷たい態度を取っていたはずの四人の王子たちも、私に執着してくるようになった。


「イエーネ、少しは俺に興味を持てよ!」

「イエーネ様、そんなに冷たい顔をしないでください。何か気に召さないことが?」

「イエーネ、君のその顔、俺は嫌いじゃないよ」

「おい、イエーネ! 俺にだけは、その冷たい顔を見せるな!」


 いや、どうして!? 私、アンタたちに嫌われるように頑張っていたのに!

 ゲームとはまるで違う展開に、私は頭を抱えた。


(私……これ、死亡フラグ回避できるのーーーッッ?!)


 


 悪役令嬢イエーネの未来は、果たしてどうなるのだろうか。

 そして、愛する両親を守り、テロ事件を阻止することはできるのか。


 物語は、まだ始まったばかりだ。

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