第5話 早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろは、ばは、は
夜が来る。
小川と岸本は既に互いに身支度を済ませ、雑草が生い茂る空き地に車を滑り込ませた。まばらな街灯、家々の明かりもほとんどない暗い場所。昼間に訪れた時とは随分と印象が変わるが金品を前にした二人には倫理観などなかった。
「行くぞ」
気が急いているのか岸本が先をゆく。車はドアロックをせず、鍵だけ小川が持って空っぽにしたリュックやボストンバッグを手に一本道を二人は進む。その一本道の始まりに車を停めてあるので、もし見つかっても走って逃げれば誰も追えやしない。
田舎の夏、虫のさえずり、鳥の鳴き声。
草木が揺れる音、ただそれだけがある。
そんな中を二人は行く。手にはどこにでも売っている綿の手袋。買い取りの査定の時にさもホンモノの古物商のように見せる為の道具も今や押し込み強盗の為の道具になる。
彼らの悪意が、物の用途を変える。
女性には既に面が割れているがそんなの岸本にとってはどうだって良かった。
ヤバそうだったら、殺してしまえばいい。
それくらいの気概が無ければこんなこと、やっていられない。そして過去に岸本は傷害罪で服役していた。
悪事から抜け出せなかった、抜け出そうとしなかった男二人は昼間に訪れた大きな敷地を持つ家へと黙って向かう。
街灯はぽつぽつとついていたが民家そのものが少なく、見える範囲で明かりがついている家はない。
時刻は深夜、夏で雨戸を閉めて冷房を入れている家も多いだろうが小川は自分の体に滲むのがただの汗ではなく、脂汗のような粘つきを感じる。べたべたと、不快な汗。
「岸本さん」
「なんだ」
「い、いえ……」
稼ぐ前に、と堂々と入って行ったコンビニで買ったおにぎりが胃の中で消化不良を起こしているようだった。
この件が終わったら美味いモンでも食べようかと思っていたがこれは暫く胃を休めた方が良いかもしれない。
小川の足が止まる。
「いまさら怖気づいたか?これで儲けがデカかったらお前も幹部に上がれっかもしれねえんだぞ?」
上層部の管理は上手かった。
普通の会社組織の疑似的体験として岸本のような男に役割を与える。役職が上がれば良い思いが出来る、と。
そんな甘い待遇などあるわけないのに岸本は新興の詐欺組織に属し、今から強盗までしようとしている。
カネに困った末に個人が行う強盗とは違う今回の二人の行動はいわゆる『正常性バイアス』を含んでいた。
それこそが組織犯罪の重要な部分であり、集団に属しているせいで「自分は捕まらない」「守って貰える」と言う根拠もクソもない妄想に憑りつかれる。あるいは自分たちは彼らに「やらされていた可哀想な被害者の一人である」と本気で通せると思っているのだ。
人っ子ひとりいない夏の小さな集落の夜。
「こんなに遠かったでしたっけ」
小川が言う。
「ンだよ、うるせーな」
イラつく岸本に小川の口から溜め息が出る筈が突如、小川の食道を駆けあがった胃酸。吐く寸前のそれが喉を焼く。
やはり食あたりか何かを起こしているかもしれない。それならさっさとヤることを済ましてしまわないと岸本が面倒くさい。
ぐ、と胃酸を堪えた小川だったが岸本はそんな彼の体調不良など知らずに真っ直ぐな道を歩いてゆく。懐中電灯は持ってきているがそれはあくまでも家探しに使う為であり――とうとう二人は件の家へとたどり着く。
先ずは周囲を確認し、やはり離れた場所にある民家にも明かりがついていないことを確認する。
どこから侵入をするかは予めいくつか候補を絞ってきていた。堂々と玄関から侵入するか、それとも裏にあるであろう勝手口か。先に女性がどの部屋で寝ているのかを確認して……。
岸本の手際の良さについて行くしかない小川は女性が一人、常夜灯の下で例の桐箪笥がある部屋ではなく仏間と思しき場所で眠っているのを外から確認する。しかも、家のガラスサッシは開けられて網戸だけの状態。つまりどこからでも侵入し放題だった。
・・・
岸本は女性を殺しはしなかった。
深く眠っているようでまるで気がついていなかったのと、部屋と言う部屋が外と出入りし放題だったから。
「おい、小川」
先に桐箪笥を開けて手渡した古いジュエリーボックスの中身を検める岸本の声が弾む。
「この指輪、24金だぞ」
小声であるが興奮しているのが分かる。
それに付き合うのすら面倒くさくなっている小川は頷いてやるだけで桐箪笥以外の洋箪笥の中身を漁り始めた。あの女性はもう腰が随分と曲がっており、手が届きにくい所に重要な物は置いていない筈。セオリー通りならば、と重厚な塗りの洋箪笥の下段、引き出しになっている所に手を掛け、まさぐる。
そこの段の引手の溝だけ、埃が被っていなかったのだ。
懐中電灯で照らした部分を他の溝と比べれば一目瞭然。
(あった)
古い防虫剤の臭いがキツイが数枚の衣類の下に男性物のセカンドバッグが一つ。明らかに現金が入っていそうな……岸本に見せる前にネコババしてやろうと小川は手早くファスナーを開けて中身を確認する。
開けた瞬間、小川が感じていた胃の不快感は吹き飛んでしまった。そこにはぎっしりと詰まった銀行ATMの備え付けの封筒の数々。一枚一枚は薄いが確実に数万ずつが入っていそうで……しかもそのバッグの重さたるや。適当に封筒の一枚を引き抜けば旧一万円札が三枚、それならこちらは、と引き抜けば今度は五枚。
このセカンドバッグ一つで何十万、いや三桁の現金が入っているかもしれない。
(こんなモン、少しくらい抜いたってバレやしないだろ)
見たところ明細は入っていなかった。咄嗟に幾つかの封筒を引き抜いて自らのストレッチパンツのポケットに捻じ込んだ小川は貴金属に夢中になっている岸本にセカンドバッグの中身を見せる。
そこからはもう、二人ともが無我夢中で部屋の中を荒らして回った。音だけは立てていなかったが人間の気配、空気の流れの変化に敏感な人ならば気づくくらいに。
途中、女性の様子を見に行った小川は彼女がタオルケット一枚で眠っているのを確認し――時間にして三十分も経っていなかったが粗方、金目の物をそれぞれ手持ちのリュックやバッグに詰め込んで家から出る。
上機嫌の二人は玄関から出ずに上がって来た桐箪笥のある部屋から外に出た。
その背後に少女が一人、立っているのも知らずに。
少女の瞳に光は無く、夜の暗さに瞳孔は獣のように黒く開いていた。
ずっと、ずっと、少女は二人の蛮行を見ていた。
一本道の草の影から、押入れの隙間から、天袋の僅かな隙間に、廊下の端から――高齢女性の資産を根こそぎさらって満足をしている二人の男のことをずっと、見ていた。
警告はもう、随分前からしていたのに。
「あ?」
先に敷地から出た岸本が声を出す。まだ喋らない方が良いのでは、と小川は思ったが彼の隣に居並ぶと一本道は草だらけ。まるでケモノ道のように夏の青草も枯れた草も一緒くたに古いコンクリートを割るように生えていた。
覚えている限り、と言うかここに来てまだ一時間も経っていない筈なのに。それでも自分たちはここから立ち去らなければならい。
小川と岸本は黙って草の生える道を真っ直ぐ突き進む。
それぞれのリュックとボストンバッグにはもう十分なブツが入っているのだ。構ってなどいられない。
「っ、は」
息が上がる。
それと共に、まるで近くに沼地でもあるように蒸し暑く……雨が降った後のような臭いを感じる。吸っても吸っても、その臭いは段々と濃くなっているようでついに小川は声を上げた。
「岸本さん、なんかおかしいッスよ!!」
先を行っていた岸本も絶対に同じ事を思っている筈だ、と同意を取ろうとしたが何故かその男は脇道の方に顔を向けた。
まばらな街灯と街灯の間、暗がりのせいか岸本の顔はよく見えない。
「こっちが近道だ」
「はァ?!」
そこは昼間、岸本が出て来たような細い農道。やはり昼間の印象とは変わっていて、そちらへ行ったらヤバいのではないのか、と小川は思うも「早くずらかるぞ」との声についてゆく。
「ちょ、ッと!!岸本さん!!」
小太りな割に身のこなしが軽い岸本は雑草を掻き分け、ときにつまづきそうになりながらもまるで“何か”に背を押されてでもいるように農道の、見知らぬその奥へと行ってしまう。
「こっちだ」
それでも小川が付いて行くのは後で殴られるのが嫌だったから。岸本■■■、ムショから出て来たその足で詐欺組織に属しているようなイカれた男。何をしでかすか分からない。
「おい、早くしろ」
早くしろ早くしろはやくしろはやく、はやく、は、ば、ば、や。




