第3話 侵入の同意
人の良い顔をして高齢女性に話しかけ続ける小川は女性が背後を気にしたのを見逃さなかった。
「今なら高額買取させていただきますので、ね!!何でも良いんです。掃除機とかでも良いし押入れとかにあったら私が運びますから」
侵入の了承を得ようと少し必死になる小川に女性はやはりしわがれた声で悩んでいるようだったがついには折れてしまった。
「おばあちゃん、上がらせて貰ってもいいですか?」
この言葉を最後に小川は見事、高齢女性の住まう大きな日本家屋への浸入を成功させる。これなら今日くらいビジネスホテルに泊まってベッドで眠れるかもしれない。
女性が招き入れてくれる前にもう、小川の足は靴を脱ごうとしていた。
そして手にしていたスマホで岸本に合図を送る。
外をぶらぶらと歩きながら次なるターゲットになりえそうな家を一人で物色していた岸本はその連絡に踵を返す。必然的に彼はまた集落の最奥へと向かうわけだがやはりその背後には黒い影と鋭い視線があり、ざわざわと音を立てて揺れる夏の青草の奥……小さな影は息をひそめながら日に焼けた中年の男を見つめていた。
片や、女性の家に上がり込むことに成功した小川だったのだが玄関の立派な引き戸から一歩、足を踏み入れた途端に昨夜のあの青臭いにおいを感じ取る。自分の嗅覚がおかしくなったのか、それとも古い家のにおいなのか……しかし女性は広い廊下を進み、ちらりと振り向いて小川が付いてきているかを確認したようだった。
「おばあちゃんち、中もすごく広いですね。ああ、軽くお仏壇に手を合わせても」
言った瞬間だった。
強く首を横に振る女性に小川の歩みも止まる。
入り込み過ぎたか、と一瞬焦りはしたが「気持ちだけで」と女性に言われて流石に返す言葉が無かったが案内された八畳間の隅に置いてある古びた扇風機に即、飛びついた。
「これ、レトロ家電ってやつで若い人に凄い人気なんですよ!!」
四角い物理ボタンの青い扇風機。昭和を代表するようなソレを見つけるや否や、調子の良い言葉を吐く小川に女性は頷きながら押入れの襖に手を掛ける。
押入れの中はそこまで物は入っていなかったが別に小川たちにとっては構わないのだ。
「ねえおばあちゃん、ついでだから使ってない指輪とかチェーンが切れちゃったネックレスとかある?街の方にまで売りに行くのやっぱり大変だし、一個だけでも全然構わないからさ。ペンダントトップなんかも若い人の間で流行ってて」
大嘘を幾つも重ねる小川は扇風機を人質に取るように廊下に出してしまうと女性に貴金属が無いかを問う。
すると女性の視線が一瞬だけ、古い桐箪笥へと向けられた。
「あ、もしかして着物とかもあります?あったら是非、買い取りさせて貰いたいです。専門で見られるのもウチにはいるのでそれは後日になっちゃうんですけどその間にも要らない物があったら出しておいて貰えれば私が一緒にお伺いするので」
会話が途切れた時に正気に戻られても困るので有無を言わせないように小川はマニュアルに書いてあった通りの言葉をポンポンと言って場を繋ぐ。
調子の良い小川の言葉に悩む素振りと言うか、この女性は言葉数が本当に少ない。
おしゃべりをしたがるタイプではなくとも小川とは口を聞いてしまい、挙句に家の中に上がらせてしまった。高齢者の中には「話だけでも」と言う言葉に騙されてしまう人も少なくない。
高齢者にとっては「せっかく来てくれたのだから」と言う理由でしかないのだが、そこが詐欺被害の入り口である。いくら家族や親類が話をしてはいけないと伝えても実際、小川のような口が回る人間を前にすると――――ガチャン!!ガラガラガラ!!!!と鋭い金属音が立つ。
女性はすぐに八畳間から出て廊下の向こう、音がした方を覗いた。
「ちょっと台所へ」
様子を見て来る、と言う女性に小川は案の定、家主が部屋からいなくなった瞬間に白い木綿の手袋をすると桐箪笥に手を掛けた。
(へへ……これは……)
鍵がかかっているかと思っていた場所は開き、その中には古いジュエリーボックスがあった。
(ったく、あるじゃねえか)
ちらっと開けて中身を確認し、ここは一先ず、と他の引き出しも浅く開けては中に着物やら立派な髪飾りなどが収められているのを確認する。
それは僅か数分の出来事である。
ぎし、と廊下の軋む音を耳ざとく聞きつけた小川は物色する手をやめて「大丈夫でしたか?」などとわざとらしく女性に問いかけた。
「重ねていた鍋が崩れたようで」
不安定な所にでも置いてあったのか、とその時の小川は気にすることなくまた「使ってない古いネックレスとかでもね、お金になるから」と言いながら女性自らに箪笥を開けさせようとするも……当たり前だが女性は出し渋る。
「あ、もしおじいちゃんとの思い出の品物とかだったら悪いですよね。私たちも強引な買い取りはしないようにしているのでそこだけは安心してください」
どの口が言っているのか。
さも故人に理解があるように言ってはいるが本心はどうでも良かった。纏まった貴金属さえ手に入ればいい。それに何となく、他の箪笥からもカネの匂いがする。銀行からも遠く、年金支給日にしか出向いて無さそうな……あるいは家族や第三者なりに下ろして貰ってきているか。
これ以上引き延ばしても外の岸本もやきもきする頃合いだ。
仕事は上手くいった。あとは岸本がどう判断するかにかかっている。
「じゃあおばあちゃん、今日はこの扇風機だけ買い取らせてください」
廊下に出しておいた古い昭和の扇風機もよく見ればとうに使っていないのかほこりをかぶっていた。広い板張りの廊下も、隅にはほこりが玉のようになって転がり、積もっている。
(まあ年寄りの家なんざロクに掃除なんてしねえか。これでもまだ綺麗な方だし)
その違いに気付くくらい、小川は短期間ながら高齢者の家に上がり込んだ実績があった。そして、不用品を……資産である貴金属をだまし取っていた。
「今、他のお宅に回っている専門のスタッフを呼んで来るのでそしたらお名前とか電話番号とか書いて貰うんですけど」
扇風機を玄関まで出す事に成功した小川がその辺で暇をしている岸本を呼びに行こうと間口から一歩、外に出る。
「え……は?」
外は初夏とは思えない蒸し暑さが続いているがとにかく、自分の鼻がおかしくなったのかと思うくらいにまた、あの水っぽい青臭さを感じとる。あたりは静かで、草刈りをしているエンジン音もしない。
しかし彼が感じたのは一瞬で、その臭いの発生源はまるで意思を持っているかのようにスッと引いてしまった。
これじゃあ岸本にぼやいたって馬鹿にされる。今はこの大きな収穫がありそうな家の事の方が大切だ。
「岸本さーん」
家まで一本道だったにも関わらず岸本の姿が見当たらずに小川は電話を掛けるがどうにも電波が不安定だった。一応、呼び出したので履歴さえ表示されれば岸本もすぐ気がつくだろう。どうせその辺の日陰にでも入ってゲームか競馬か、それとも艇か、だ。
「ったく、せっかくカモになりそうなバーサンがいるってのに寝てんのか?」
暑さのせいもあり、十分な収穫を携えていてもイラつき始める小川。そして彼の悪い性格が汗と共に滲み出るころ、やっとすぐそばの草が生い茂る脇道とも言えない場所から岸本が歩いてやって来た。
「ちょっと、どこいってたんですか?電波入らないしむやみやたらに探すのもって……って大丈夫ッスか?」
岸本の様子がなんとなく変だ。
「俺に仕事させといてまさか昼寝なんて」
「馬鹿言え、ションベンだよ……クソ、蚊に刺された」
小川の苦言にいつもの岸本に戻るが別に立小便なら茂み深くまで行かずとも良かっただろうにまるで本人は帰り道に迷ったような、やはり様子が少し変だったがこの際それは問わず、小川はすぐに来てほしいと岸本に言う。
「運よく台所で鍋が落ちたかで部屋からバーサンがいなくなって。その隙に桐箪笥の中を見たんですけど」
「お前マジか?!」
「流石に今すぐには引き出せないっぽいんですけど、納屋とかにはトラクターなんかもあるから間が良きゃ全部」
上手い事言いくるめられれば全て、自分たちのアガリとなる。
優良物件を見つけてしまった二人はまた、高齢女性宅へと向かったのだが……。
「おばさん、だめよ」
一人の少女が、玄関先に立っていた。




