私は櫂になりたい
漢字がむずかしい。
私は舟にはなれない
溺れるものに
手を差しのべてやることはできたとしても
救いあげて
あたたかい声をかけてやることができたとしても
きまぐれに 目にしたひとりだけをじゃなく
見まわして 視界にはいったすべてのひとに
手をさしのべて 救いあげて
おのれのうちに擁きかかえてやるような
広く 厚い船底を 私は持ってはいないのだ
とはいえ
いくら広く 厚い船底を備えた舟でも
このままでは いつか力尽きて沈んでしまう
せっかく助けられたものたちとの共倒れだ
力尽きるまえに そのものたちをおろしてやる
陸をみつけて いったん
舟はそこをめざさなければならない
だから
私は櫂になりたい
舟が沈んでしまうまえに 余力を残しているうちに
陸へたどりつくための
ほんのちいさなひと漕ぎで
溺れるものを救おうとする舟へと
わずかながらの私の力を役に立てるのだ
このひと漕ぎは水面に隠れていて
そのものたちからは見えないことだろう
そのものたちが感謝をささげるのは
身を寄せている広く 厚い船底だけに違いない
それでも かまわない
むしろ それでいい
私のような櫂の一本では
手をさしのべるように 目の前で浮いてやったところで
溺れるものひとりがしがみつくための
藁のひと束と変わりはしないのだから
ゆえに
私は広く 厚い船底に微力をあずけて
水面の下に隠れよう
私は櫂になりたい
舟にはなれない私でも
もし なにかになれるのだとしたなら
私は櫂になりたい
「オール」のほうがわかりやすいや。